秋を生きよう

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秋を生きよう

 飽きた……今の季節が秋だから、なんて事ではなく。本当の意味で、この物語に飽きてしまった。主人公がそのクラスごと、異世界へと飛ばされる話に。そこで無能の捺印が押され、クラスの連中からも追いだされてしまう話に。周りの連中はどうか分からないが、俺自身は少なくても「つまらない」と思ってしまった。


 毎回、毎回、同じようなパターンが繰りかえされて。こう言う話には独創性、「書き手の想像力が足りない」と思った。こう言う話がただ、「流行っている」と言う理由だけで。俺が求めているのは、(主人公も含めた)全員がちゃんと輝く話だった。こんなスマホの画面では映しきれない壮大な物語、正真正銘の異世界ファンタジー。そこでは、その登場人物達がキラキラと輝く筈だったが……。


 俺達(厳密にはたぶん、俺の)の異世界召喚はどうやら、その反対側だったらしい。例の如く現われる召喚者、その召喚者に「」と言われるクラスメイト達。クラスメイト達は召喚者(と言う名の精霊)に優秀な特殊技能を与えられて、例の如く「俺達(私達)が、この世界を救うんだ!」と意気込んでいた。


 そう言う話に飽きていた一男子生徒、たった一人の例外を除いて。彼等は「英雄」と「天職」、「異世界の非現実性」に浮かれて、本来なら怖がる筈の心理、「冗談じゃない! 元の世界に帰せ!」と言う心理もすっかり忘れていた。

 

 俺は、その光景に溜め息をついた。その光景をもう、何千と見てきたからである。これから起こるだろう事、(今回の主人公を俺とするならば)主人公の俺に起こるだろう悲劇も。それは理不尽でありながら、その特異性を認める免罪符でもあったが。俺の場合はどうやら、それがちょっと……ばかりではない。かなり違うようだった。

 

 とても申し訳なさそうな顔で、俺の顔をじっと眺める精霊さん。彼女はこう言う話では珍しい性格、とても誠実な性格であるようで、本来は飛ばされない筈の俺までここに呼びだしてしまった事、俺からは何のスキルも感じられない事、無能ではない平凡な少年である事を伝えただけではなく、今回のお詫びとしても、俺には貴族と同等の位を与え、その生活自体も「私が、保障します」と言いはじめた。「貴方の級友達は、別ですが。。魔物と戦う術のない貴方を」

 

 俺は、その言葉に戸惑った。言葉の意味としては分かるが、その真意がやはり、ね? 何だかこう、複雑な気持ちになる。「一般人を戦わせられない」と言う厚意自体は嬉しいが、それがやはり悔しかったし、それによってクラスメイト達からも大なり小なり笑われてしまったからだ。「アイツ、だせぇ」と言う風に。無能系主人公よろしく、つまりは嘲笑の的になってしまったからである。


 これには、俺も流石に「カチン」と来てしまった。「いくら知りきった場面」とは言っても、自分の自尊心を傷つけられたら堪らない。彼等が冒険の世界に旅立った時はしなかったが、その背中が見えなくなった後には、彼等に対する罵詈雑言をつい漏らしてしまった。


「まったく、良いよな? 優秀な奴らは、お気楽で?」


 精霊は、その言葉を遮った。その言葉にたぶん、胸を痛めたのだろう。彼女は俺の前に歩みよって、俺にまた「ごめんなさい」と謝った。


「私の所為でこんな。貴方には、不快な思いをさせてしまいましね?」


 俺は、その言葉に押しだまった。その言葉がウザかったからではない。それから察せられる彼女の真意に胸を痛めてしまったからだ。彼女も好き好んで、今の状況を作ったのではない。彼女は本当にどうしようもない事情から、余所者の俺達を呼びだし、俺達(一人の例外を除く)に特別な力を与えて、世界の未来を託したのだ。この手の召喚者達が大体、そうであるように。彼女もまた、そんな被害者の一人だったのである。彼女が被害者の一人である以上、それを責める事はどうしてもできなかった。


 俺は目の前の彼女に頭を下げて、それから「気にしないでください」と微笑んだ。


「誰にだって、間違いはあります」


「で、でも!」


「大丈夫です。それにちょっと、嬉しい事もあったし。俺はただ、アイツ等が帰ってくるのを待っているだけです。『アイツ等が帰ってこない』とたぶん、俺も元の世界に戻れないんでしょう?」


「はい、誠に勝手な話ですが。皆さんには、その全員に召喚魔法を掛けたので。彼等が一人でもここに帰ってこなければ、貴方も元の世界に戻れません」


「そうですか。でもまあ、大丈夫でしょう。アイツ等は、俺と違って優秀ですし。俺がここに残っている以上は、誰かしらが人類の敵を倒してくれる筈です。たとえ、がいなくても。俺はただ、文字通りのスローライフを楽しむだけです」

 

 精霊は、その言葉に微笑んだ。それにたぶん、ホッとしてくれたらしい。俺が彼女に笑いかえした時も、嬉しそうに「有り難う御座います!」と喜んでくれた。彼女は「ニコッ」と笑って、俺の異世界生活に必要な手続きを進めてくれた。


 俺は、その厚意に甘えた。それが精霊の厚意でもあったが、俺がここで生きるための手段でもあったからだ。特別な力など一切ない、ごく平凡な俺が生きるための。平凡な俺が異世界で生きていくには、相応の立場も必要だったし、それに伴う財力もまた必要だった。必要な物は、躊躇わずに貰う。いや、貰わなければならない。ここには俺の親類はおろか、知り合いのそれもいないのだから。精霊の力がどうしても要る。

 

 俺は精霊から授けられた地位、財、家、使用人達を使って、普通の高校生には似合わない生活を送りはじめた。現実世界の人達が思いえがく、あの素敵な生活を。豪華絢爛な生活を。「精霊のお墨付き」を貰っただけで、それを手に入れてしまったのである。

 

 俺は彼女に怒られない(と思う程度)、都の人々からも怒られない(と思う程度)で、貴族の生活を楽しんだ。だが、なぜだろう? その生活も、すぐに飽きてしまった。生活のそれ自体に不満はなかったが、流石に同じような事がつづくと、最初は感動いっぱいだった食事や綺麗なお姉さん達との関わり(色々な意味で、大人になれました)、異世界特有の文化や風習もつまらなくなってしまった。館の人達はみんな、親切だったけどね。

 

 俺は自分のすべてが満たされた世界、自分の願いが何でも叶うような世界は、「案外つまらないモノだ」と思いはじめた。でも……まあ、仕方ない。その感情もまた、自分に課せられた試練なのだから。「アイツ等がここに戻ってくるまで、この世界に留まらなければならない」と言う試練。「世界の問題さえなくなれば、元の世界に戻られる」と言う試練。それらがある以上は、今の状況にも甘んじなければならないのである。

 

 俺はせめてもの抵抗として、学問の世界に打ちこんだ。学問の世界は、面白かった。「国語」や「歴史」などは流石に違っていたが、「数学」や「物理」と言った自然科学は、現実のそれとほとんど変わりなく、教本の中に載っている内容もまた、現役高校生が学ぶのに充分な価値があった。


 俺は自分が本来ある姿、普通高校の生徒として、ここの自然科学を黙々と学びつづけた。またそれだけではなく、「体育」の代わりに武術も学びつづけた。現実世界でも使えそうな武術、剣術や体術なんかも。専門の武闘家や騎士などに頼んで、それらを教えてもらったのである。


 俺は現実世界の高校生とあまり変わらない、(貴族の身分でこそあったが)ごく普通の生活を送りつづけた。そんな中で知らされたのは、アイツ等の動き。特に「戦果」や「功績」と言った情報の類だった。アイツ等は俺の事などすっかり忘れているらしく、精霊から授けられた力を使っては、得意げな様子で人類の敵を次々と討ちやぶっていた。

 

 俺は、その報せに落ちこんだ。その報せが妬ましかったからではなく、それが無性に悲しかったからである。俺は机の上に「それ」が書かれた羊皮紙を置いて、部屋の窓にそっと歩みよった。窓の外には、都の町が広がっている。


「アイツ等は、たぶん」


 調子に乗っている。調子に乗って、自分の存在を示している。「自分達は、精霊に選ばれた人間である」と、そう得意げに示しているのだ。おそらくは、敵のすべてを薙ぎたおして。彼等は授けられた力に酔い、授けられた力に喜び、授けられた力に狂っているのだ。そう考えると、やはり悲しい。彼等は親から欲しいオモチャを与えられた子どもと同じ、あるいはそれ以上に喜んで、ここの危険性をすっかり忘れていたのである。


 俺は、その想像に思わず震えあがった。「自分の力に酔いしれた者がどうなるか?」と、そんな想像に思わず固まってしまったのである。特別な力に溺れた者は、碌な目に遭わない。それがすべての物語に言えるわけではないが、この情報から察せられた光景は、彼等が高校生の凶暴性を見せて、普段は大人しい奴ですらも荒くなる、そんな感じの光景だった。


 俺は、その光景に怖くなった。怖くなったから、ベッドの中に潜りこんだ。「自分も一歩間違えたら、彼等と同じになっていただろう」と、そして、「その可能性が、自分にもあったのだろう」と。「異世界に呼びだされる」と言うのは、それだけ危ない事なのである。俺は自分の境遇に幸運とも不幸とも言えない感情を抱いて、今の待遇に思わず「ありがとう」と漏らしてしまった。


 それからどれくらい経ったのか? その正確な時間は忘れてしまったが、俺にある不幸が知らされた。クラスメイトの一人がどうやら、死んでしまったらしい。彼女は周りの空気を読んで、敵の囮になったらしいが……。周りの仲間は、それを見すてた。級友の死があまりに衝撃すぎて、その場からすぐに逃げだしてしまった。彼女は、その光景に狂って……。「くっ!」


 俺は、自分の頭を掻きむしった。ついに起こってしまった。恐れていた事態が、現実になってしまった。「自分のクラスメイトが死ぬ」と言う現実が。俺は「それ」に狂って、例の精霊に「お願いします!」と頼んだ。


「こちらの事情も分かりますが。元の世界にみんなを、クラスの連中を戻してください! アイツ等がこのまま」


「分かっています、それは充分に。でも」


「なんです! 『これが、異世界の決まり』とかなしですよ? そんなのは、穴だらけの理論だ! 俺達のような高校生を呼びだして」


「ただ、呼びだしたのではありません。スキルとの相性を考えた結果、それに合ったのが貴方達だっただけです。貴方達だけが、私の力と合った。この世界では誰一人、それに合わなかったスキルと。貴方達は私が数多の世界を調べて、そこから選びぬいた精鋭なのです。それが一か八かの賭けでもあったので」


「その手違いも、起きてしまった?」


「それは、本当にごめんなさい。ですが!」


 精霊は、目の前の俺に頭を下げた。自分が守っている、ごく平凡な少年に。


「分かってください、彼等を戻すわけにはいかないんです! 彼等が元の世界に戻れば、この世界も滅んでしまう。私は、彼等の力にすべてを賭けているんです!」


 俺は、その言葉に押しだまった。そう言われたもう、何も言えない。目の前の彼女を「ふざけるな!」と怒鳴る事も。彼女はやはり、心優しい被害者だった。



「はい?」


「死んだ人は、もちろん」


 生きかえれない。何らかの理由で死んでしまったらもう、その命も蘇られないのだ。「命が蘇らない」と言う事はつまり、「元の世界にも戻れない」と言う事。自分の魂がずっと、「この世界にさまよいつづける」と言う事だ。本人の意思とは、無関係に。魂のそれ自体が、閉じこめられてしまうのである。


 そうなったらたぶん、アイツ等もおかしくなるだろう。クラスの纏め役であるイケメン君がいる以上は、その精神も何とか保てるだろうが、それも「前のようにはいかなくなる」と思った。戦いの端々に恐怖を感じて、その冷静さを失ってしまうかも知れない。最悪の場合は、その旅自体がつづけられなくなる事も。「ううっ」

 

 俺は改めて、異世界の怖さを感じた。異世界の怖さが起す事件も、そして、それが引きおこす悲劇も。その一瞬に感じてしまった、だけではない。そこから覚えた予感もまた、その予感通りに起こってしまった。


 俺は、その予感に打ちのめされた。


「また、死んだ」


 クラスメイトの男子が一人、怪物の餌食になってしまった。最初に死んだ女子生徒と同じ、周りの仲間達から見殺しにされて。彼は敵の囮にされたわけでも、自分が囮になったわけでもなく、「自分が戦えなくなった」と言う理由だけで、周りの仲間から見すてられてしまった。


 俺は、その報せに眉を寄せた。


「こんな事が、許されるわけがない! 『ただ、戦えなくなった』と言う理由だけで」


 だが、それが現実。これからも起こりつづける、恐ろしい現実だった。彼等は人類の敵を次々と落としていく一方で、その冒険に耐えられなくなった者、敵との戦いに狂ってしまった者、全体の意思に従えない者を容赦なく切りすててしまった。


「ふざけている。こんな事」


 本当にふざけている。精霊の加護を受けている俺が言えた事ではないかも知れないが、それでもやはり許せなかった。目的のために平気で仲間を見すてられる、アイツ等を。そんな奴らを従えている、あのイケメン野郎を。


 俺は恨めしい顔で、奴らの事を憎みつづけた。


「最低だ。こんな時に何もできない、も」


 俺は自分の非力さを呪ったが、それもすぐに消えてしまった。俺がそんな気持ちに悶々としている間、アイツ等が人類の敵を倒して、この都に戻ってきたからである。アイツ等はたった一人の生き残り、そのリーダーであるイケメン野郎だけを残して、今回の冒険を見事にやりとげた。


 俺は、その姿に胸を痛めた。最初はあんなに自信満々だった姿が、今ではすっかりやつれている。


 俺は「それ」が悲しくて、彼の前に思わず歩みよってしまった。


「笑える?」


「ワラエナイ」


「泣ける?」


「ナケナイ」


「元の世界に」


 そう言いかけたところで、その言葉を「ごめん」と飲みこんだ。これ以上は、彼にとっては地獄でしかない。ごく普通の高校生である彼とっては。彼は自身の力に溺れ、自身のリーダーシップに酔って、自身の罪に苛まれているのだ。


 そんな彼に一体、何を言えるのだろう? 


 彼と一緒に旅すらしていない俺が一体、彼に何を言えるだろう? 


 そんな言葉すらあるかどうかも分からないのに。


 俺は「それが分からない」と言う顔で、精霊の横顔に視線を移した。精霊の横顔もやはり、目の前の彼を憐れんでいる。


「あの?」


「はい?」


「彼の事」


 それを遮った、彼の声。その声には、彼の苦痛と苦悩が込められていた。


「ヤメロ、止めてくれ! オレは、帰れない。カエリタクナイ! 元の世界に帰ったら、オレは……」


 彼は苦しみの頂点に達したようで、その場に泣きくずれてしまった。


「う、うううう」


 俺はその声に眉を細めたが、やがて精霊の顔に視線を戻した。精霊の顔は今も、彼の事を憐れんでいる。


「すいません。彼の事、ここに残してくれませんか? 貴女が俺にくれた物、彼に全部あげていいので」


 精霊はその言葉に戸惑ったが、最後には「分かりました」と言ってくれた。彼女もやはり、「そうした方がいい」と思ったのだろう。今の状況を作りだした責任者として。


「分かりました。それじゃ?」


「はい。元の世界に戻るのは、俺だけでいいです。他のみんなはもう、死んでしまったし」


 精霊は、その言葉に涙を浮かべた。「それが自分の責任でもある」と、そう内心で思ったのかも知れない。彼等の命を奪った責任者として。彼女もまた、彼と同じ罪人だった。


 精霊はアイツ等への謝罪を述べて、それから元の世界に俺を戻した。



 俺は……。「眠っていたのか?」


 あそこに呼びだされる前はまだ、外の風景も明るかったのに? 今は夕焼けの色だけが見えて、学校の中もしんと静まりかえっていた。


 俺は、その静けさに目を細めた。それの伝える真実が、あの出来事は「現実だった」と知らせたからだ。遠くの方から聞こえてくる、パトカーの音。「テレビの関係者」と思われる、女性達の声。それらが伝える情報が、今回の事を「世にも不思議な事件」と語っていたからである。「公立高校の生徒達が、突如として消えてしまった」と、そして、「彼等の行方は、今もまったく分かっていない」と、そんな情報が飛びかっていたが……。

 

 俺は、その声を無視した。「その声を聞いても仕方ない」と思ったからだ。彼等の憶測をいくら聞いたって、過ぎ去った時間は戻らない。失われた命も帰ってこない。彼等がどんなに強く、世間の人々に訴えても。俺達の味わった不幸は決して、何をやっても癒やせないのだ。


 俺は真面目な顔で、窓の外を眺めた。窓の外には、秋の夕焼けが広がっている。


「秋を生きよう。この周りに広がる世界を、俺の生きる現実を。歯を食いしばって、生きていこう。俺の生きる現実は、たった一つしかないんだから」


 俺はアイツ等の命を背負う覚悟で、この果てしない世界を眺めつづけた。

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