その3 誰が何と言おうと、私は推しの味方だから


※多分7割超のかたが「あぁ、アレだなw」と思うと思いますが、生温い目で読んでいただければ幸いですw



*****


 

 それは、社会現象ともなったSFロボットアニメ『革命世紀エヴァンジハード』。

 愛梨と私は再び同じアニメを好きになり。

 そして、全く違うキャラを好きになった。


 この作品は、どこにでもいる普通の少年が戦争に巻き込まれ、自分以外に操縦出来ないロボットで戦いながら、仲間と共に生き延びようとする物語。

 愛梨はジャスミンと似たようなタイプの、黒髪でちょっと内向的な主人公・イツカに。

 そして私は――

 イツカの友人の一人であり、後にオペレーターとなる眼鏡君・チヒロに惚れ込んだ。

 今までの推しと比べても美形だったし、そして性格も真面目でひたむきで、しかも聖人級にいい奴で、みんなのまとめ役。


 しかし例によって例の如く、世間の人気はイツカと、彼の幼馴染でありながら敵として立ちはだかる飛鳥に集中し。

 いい奴であるがパイロットの能力は全然で、直接戦いに参加出来ないチヒロは、完全な脇役だった。

 まるで、ちょっと前のジャスミンとノビィ君を同じ画面で見せられているようで、私はすごく複雑な気分だった。


 でも、チヒロが地味で空気な脇役として認識される程度なら、まだ良かった。

 問題は――



 チヒロたち仲間を守らなきゃならないせいで、イツカは飛鳥と一緒になれない。

 チヒロたちが無能なせいで、イツカは常に足を引っ張られ、命を削られている。

 そんな意見が、イツカファンの間から毎回のように噴出していたこと。

 酷いのになると、チヒロはいい人のふりをして偽りの友情をふりかざし、イツカを縛っている偽善者だとも。



 私からすればチヒロは、戦争に巻き込まれながらもただただ友達のイツカを見守り、時には戦いの手助けもしようとする、すごくいい奴にしか見えないんだけどね。


 話が進むにつれて、イツカとチヒロの間には冷たい空気が漂うようになり。

 そしてチヒロを叩く風潮は、次第に強くなっていった。

 愛梨も堂々と私の前でチヒロの悪口を言うようになり、そのたびに私はキレて口喧嘩が始まっていたが――



 やがて、イツカとチヒロの間で、決定的な事件が発生してしまった。

 チヒロの彼女がイツカに寝取られた上、それを責めたチヒロはイツカに容赦なくぶん殴られたのである。



 この話を見て、当然私は一気にイツカが嫌いになったが。

 そこに至っても愛梨は、必死で抗弁していた。


「だって恵梨、考えてみてよ。

 イツカは戦いで追いつめられまくって、身も心も極限状態だったんだよ?

 そこまで追いつめたのは誰だと思ってるの? チヒロたちの偽善でしょ!

 無力なチヒロたちを守る為に、イツカはこうなっちゃったの!」

「だからって、愛梨!

 友達の彼女寝取るのはどう考えてもクズのやることでしょ。しかも開き直って力でねじ伏せるなんて! 主人公としてありえなくない!?」

「あれは、あの女の方からチヒロを振ってイツカに近づいたんだから仕方ないでしょ! 

 悪いのはイツカじゃない、あの女だってば。

 家族を殺されたその怨みで、イツカを戦いに追い込んで殺そうとしてるあいつが!!」

「誘惑に乗ったイツカだって悪い!

 子供も見てる時間帯にエロシーンなんて、マジ気持ち悪いし!!」


 こうして私と愛梨の喧嘩は、完全にガチの口論へと発展してしまった。

 今までも散々小さな口喧嘩はあったけど、さすがにここまでのものはなかったというレベルに。


「違う!

 イツカを追い込んだ奴らがみんな悪いの、彼はいつも懸命に心を削って戦ってきたんだよ? 

 それを理解もせずにのこのこついてきて、仲間ヅラするチヒロみたいな偽善者の方が最悪!」

「あんた、そればっかり……

 イツカについていかなかったら、チヒロたちは絶対どこかで死んでたでしょ。

 自分たちはイツカの力がなきゃ生きられない。それを理解してるから、チヒロだって必死でオペレーターの仕事を……」

「恵梨は何も分かってない!

 その偽善が、さらにイツカを追い込んだんだってば!」

「じゃあナニ? 追いつめられたら友達の彼女寝取ってもいいわけ?

 多分話が進んだら、追いつめられたら大量殺人してもいいって理屈になるんじゃないの?

 どれだけ弁解しようが、あんたの大好きな可愛い可愛いイツカ君が、クズ行為をはたらいたって事実は変わらないからね」


 激しく頭を振りながら、愛梨は叫ぶ。


「違う違う!

 生きのびたいが為にイツカを利用してるチヒロの方がクズでしょ!

 あいつはいい人のふりして、イツカを戦わせて飛鳥との仲を滅茶苦茶にして、自分は安全地帯でのほほんと笑っているサイコパスよ!

 彼女の一人や二人、イツカに捧げて当たり前じゃないの!!」



 愛梨がこの言葉を口にした瞬間――

 私は思わず、結構な力で愛梨をひっぱたいていた。

 小さな頃からじゃれて引っかきあったりはよくあったけど、本気で愛梨を叩いたのは初めてだった。

 驚愕のあまり何も言えなくなった彼女を見下ろしながら、私は言い放つ。



「愛梨。今だから言うけど――

 あんたが前推してたジャスミン。

 私、とっくの昔に推すのやめてたの」

「え……?」

「彼の性格、行動、全てが今のイツカと似てて、自分勝手で気持ち悪かった。

 被害者ぶって人を傷つけるあたりも、結構似てるよね。

 昔から思ってたけど、愛梨。あんたホントに、そういう奴ら好きだよね。

 変に強がってるけど芯がへにゃへにゃで、本当の意味でクッソ弱い奴らが」


 頬を押さえながら、呆然と私を見上げる愛梨。

 それでも何とか意地で言葉を紡ぎ出す。


「だって……

 そういう子たちって、母性本能を刺激されない?

 私が何とか守ってあげなきゃって、思わない?」

「それは否定しないよ。

 でも私なら、そいつらのわがままで傷ついたキャラたちこそ守らなきゃって思う。

 自分が置かれた環境にめげず、凹むことがあっても負けずにひたむきに生きようとするキャラたちを、守りたいって思う」


 今度こそ、愛梨は何も答えられない。

 私はさらに言う。


「誰が何と言おうと、私は推しの味方だから。

 チヒロは、私の推しは、どこまでも真面目ないい奴なの。

 それを、これ以上サイコパスだの偽善者だの言うつもりなら――

 あんたでも許さないからね」



 **


 そしてそれ以降、私も愛梨も、滅多にエヴァンジハードの話はしなくなった。

 話の展開がどうなったかというと――

 なんだかんだでイツカと飛鳥は真の友情とやらを取り戻し、愛梨たちの望む展開となった。

 そのかわり、チヒロの影は物語上でどんどん薄くなり、裏方で必死に頑張っているはずなのにその姿がろくに描かれもしないまま、物語は終わった。

 どうやら制作者自体、イツカ好きのチヒロ嫌いだったらしい。


 イツカとチヒロの寝取り事件については、ネットでも大炎上し、あちらこちらで議論が交わされたが。

 作中でどんどんチヒロの存在感が薄れていったこともあってか、次第にイツカ側の意見、つまりチヒロが悪いとされる意見が多数を占めるようになった。

 愛梨が言い放った、チヒロが偽善者のサイコパスという言葉が、ネットのあちこちで見かけるようになった。

 そしてイツカや飛鳥のグッズはどれもこれも飛ぶように売れたが、チヒロはグッズどころかポスターにすら、ろくに出してもらえないままだった。

 昔から私の推しは愛梨の推しに比べ、扱いが酷いことが多かったけど、劇中でもそれ以外でもここまで酷い格差がついたのは珍しい。



 でも、愛梨自身はもう、決してチヒロを悪くは言わなくなった。

 内心でどう思っていたかは知らないけど、少なくとも私の前では。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る