札巫女と巫女守人

 札巫女ふだみこ? 巫女守人みこもりびと? 何を言ってるんだろう。

 詳しいことは城で説明するというので、行ってみようか。


「俺も聞きたいことがある。俺が持っていた札は何じゃ?」


『恋人たち』のカード。裸の男女が並び、その間に太陽が昇り天使がいる絵柄だ。楽しむことや愛情そのもの、二つを一つに調和させる、または重要な選択を意味する。


 九一郎さん自身に関係するカードらしく、答えたら彼はスッキリした様子。ずっと気になっていたそうで、お礼を言われた。


「では山を降りる。そなたを城に迎えよう」


 いつの間にか周囲の人垣も減り、イベント終了の空気感だ。

 私はかかとまで覆うスリッパを履いていたので、何とか歩けた。それを泥だらけにして、体感30分ほどで下山。もちろん、鎧を着た人に囲まれながら。

 山を降りると九一郎さんの前に横向きで乗せられ、馬で移動。「馬は歩きでもわりと揺れるんだ」と、夢のリアルさに感心した。ただ、揺れるたびに九一郎さんにくっついてしまうのもリアルで、少し恥ずかしかった。


 そして、城に着いた。城と言っても、山を切り開いて大きな柵で囲った集落のように見える。城といえば、白い城壁に天守閣というイメージだったので、「夢にしては夢がないような」と呟く。

 それを耳にした九一郎さんは、「真に夢と思っておったのか」と面白そうに笑った。


 屋敷では、九一郎さんのお父様で、この奥高山城おくたかやまじょうの主だという中年男性に会った。

 貫禄があって、九一郎さんとは違う目の輝きがある。でも話す言葉は理解不能で、九一郎さんがそばで通訳してくれた。

 ちなみに、私の言葉は他の人に通じているようだ。


 名前を聞かれたので、漆山紗奈うるしやますずなと名乗った。年は十七歳。


 これから札巫女として、斉野平城主に仕えてほしいとお願いされた。神に仕える神社の巫女とは違い、斉野平さいのひらが治める領民、強いては斉野平家を、占いで災害予知し守るのが仕事みたいだ。


 災害。そんなに多いんだ。タロットカードでどこまで占えるものなんだろう。

 でもこんなに夢の中で話が作れるものかな? 時代劇に興味がなかった分、違和感しかない。だんだん夢ではないような気がしてきた。


 彼らに尋ねてみると、『日本にほん』も知らないし、『鎌倉幕府』も『室町幕府』も知らないと言う。過去の戦国時代でもないみたいだ。じゃあ、何なのかな、ここは。


 そして、どうしても聞きたいことがあった。


「あなた方が私をこの世界に呼んだんですよね? 九一郎さんしか言葉がわからないなんて、不便です。何故ですか?」


「斉野平は巫女を呼んではおらぬ。悪さをせぬよう先祖が呪術で縛っておる」


 この人たちは私を呼んでいない? 悪さをって……何? 何で?





 それからの九一郎さんと城主さんの話をまとめてみた。


 この世界では、古来より何度も札巫女が転移して来ているそうだ。

 その度、権力者などに美貌や占術の力で取り入り、私腹を肥やし、逆らうものをたくさん殺してきた。


 これは古代の占術・呪術師で、広大な地を支配していた大和津国ヤマトツクニの国主・火ノ巫女ひのみこが、転生の秘術を使っているからだと言う。資質のある人間を異世界から転移させ、その体に蘇るということ。実際はよくわかっていないらしいけれど。


 悪事を働くとはいえ占術の力は本物。斉野平家のご先祖は、何とかその力を活かしたいと考えたらしい。呪術が得意だった斉野平家のご先祖は、何でもわかってしまう札巫女の力を呪術で縛り、災害だけ占えるようにした。

 そして札巫女の監視兼護衛役として、巫女守人一人だけ言葉が通じるようにしたという。


 人心を惑わせる過度な『札巫女依存』を防ごうとしたんだろうとのこと。


「この地の民は災害に苦しんでいる。どうか力を貸して欲しい」と、九一郎さんの口を通して、城主さんから改めて頼まれてしまった。


「人助けと思えばいいですけど、会話の縛りは何とかなりませんか。私は火ノ巫女じゃないし、タロットカード占い歴も半年しか……何かの間違いじゃないですか」


「呪術の解き方は残されておらん。いくさが続き、斉野平の呪術は廃れ、先祖の力が残るのは邪気祓じゃきばらいができる一族のみ。すまぬ。我らが先祖の行ったこと、解けるものなら解いてやりたいが──」


 九一郎さんの本心らしく聞こえる。

 呪術を受けた札巫女は、火ノ巫女の意識と切り離されている。でも、高い占術の資質を持っているため、徐々に占術を上手く扱えるようになると言う。


 ──いまいち状況がわかってない気もするけど、わかったことはこんな感じ。


 元凶は火ノ巫女で、火ノ巫女がこの世界に私を呼んだ。『私に乗り移るため』ってことだよね。

 でも斉野平家のご先祖が私に呪いをかけて、それを阻んでいる。

 その呪いで、災害以外のことをタロットで占えないようにした。そして、九一郎さん以外の人の言葉を理解できないようにした。

 占術の力と人々との交流を制限することで、影響力を抑えるため。万能すぎる力で悪いことをするようになってしまっては意味がないから。


「なんてややこしい……」


 しばらく床を見つめながら、小声で頭と気持ちの整理をする私。

 見かねてか、九一郎さんが「生活については心配するな」と声をかけてきた。食事つきで女中さんや部屋も用意してくれるらしい。


「それは……このお城の中で暮らすと言うことですか」


左様さよう。蒸し風呂も使えるぞ。何より城の外よりもはるかに安全じゃ」


 蒸し風呂ってサウナみたいなものらしい。


 うーんと、それは……考えてみるととても助かる気がする。だって、この世界で言葉もわからずどうやって生きていけるか、想像もできない。それに九一郎さんが護衛をしてくれるって言うんだし、この世界で生活も安全も保障してくれるってことだ。


 毎日の占術で報酬が衣食住、予知で貢献できたら報奨金をもらえると。


 私はこの奥高山城の城主である斉野平のお殿様、紫微しび様に仕えることにした。あとは、息子である巫女守人の九一郎さんに色々教えてもらうってことになった。


 そんな訳で、城内の屋敷の一室に住むことになり、翌朝からタロットカード占い師もとい札巫女の生活が始まった。

 タロット占いはまだまだ素人だけど……求められる仕事をこなせるように頑張ろう。



 しかし──甘かった。

 私はこの世界のことをまだまだ知らなかったんだ。





◇◆◇◆





「山追いって何ですか」


 翌朝、私の部屋にやってきた袴姿の九一郎さん。彼に占う災害について聞いたときだった。聞きなれない単語だ。


「山神が荒ぶり山が動く。それを追うことじゃ」


 詳しく聞くと「やっぱり夢でしょ、これ」と言いたくなる話だった。

 つまり、本当に山が移動するらしい。それにより、水源も変わるし国防も変わる、村が潰れる、獣は山から逃げ出し、物の怪も出てきて近隣の村を襲う、と。

 ちなみに、物の怪は山追い以外でも出るらしい。人の他、貴重な牛や馬も襲われたり、建物を壊されたりするので、困っているとか。


 天変地異。神話やおとぎ話のようになってきた。昨日の呪術とかの話からおかしかったけど。

 神様や物の怪が暴れることも、災害なんだなあ……。


「山を追い、獣や物の怪を狩る。その後も諸々もろもろ骨が折れる。可能な限り予知で事前に抑えたい」


 山神が荒ぶるのは、邪気が山に集まるためなんだとか。

 昨日言っていた邪気祓いのできる一族がその山に入り、邪気を祓う。神社仏閣じんじゃぶっかく祈祷きとう祈願きがん調伏ちょうぶくということをして、山神をしずめるらしい。ほ、本当に……?


「それで、防げるんですか」


「全てではないがな」


 すごい。皆で協力して神様抑えちゃうんだ。


「そなたが現れた双鷹山そうようざんも山追をしていた。先代の巫女が亡くなる前。十五年前に予知していた。双鷹山そうようざん動くとき、その頂きに次代の巫女現わると」


 先代の巫女は十五年も前に予知。タロットカードでそんなことできる? タロットは、そんなに長期間先のことを視る占いじゃないって、本にあった。

 でも、この世界なら違うのかもしれない。タロットまで違うと言うなら、面白そう。


 先代巫女は、死後十五年程の災害予知も残していたとのこと。でもさすがに時が経つほどズレが大きくなったと言う。

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