第4話 若林の部屋

 たまたまこの港から近いから、という理由で若林はすぐ近くのアパートを借りていた。それは、昭和のドラマなんかでよく見かけるような、とても質素な造形のアパートだった。


「壁薄いから、あんまり大きな声で話さないでね」


 若林がドアを開けると、あまりにも整然とした部屋になぜか落胆する。


「あ、今なんか汚い部屋を期待していたんでしょう?」

「バレたか」

「別にいいわ。あたし、こんなんだし、常に偏見の目で見られて生きているから。そういうのに慣れっこになっちゃった。でもね、仕事が仕事だから、なにがあってもいいようにって、部屋は常に綺麗にしているの」


 若林はおれをその辺に座らせておいて、救急箱を持ってきてくれた。


「上着、脱げるかしら?」

「いってぇ」


 怪異なるものに触れられた部分が溶けてしまっている。さいわい、体の皮一枚焼かれたような状態だったので、傷は浅くてすんだ。


「はい、とりあえずこれで。明日病院か署のお医者さんに診てもらってね」

「なんでなんです? 人から奇異な目で見られるってわかっているのに、わざわざその……」

「女装してるのかって? 言いたい人には言わせておけばいいの。あたしはあたしとしてしか生きられないから、笑われても平気」


 それに、と若林がつづける。


「人間には言霊ことだまってのがあるのよ。人のことを悪く言うやつには、自分のところに跳ね返ってくる宿命があるの。だから勝手に笑わせておけばいいの。あとは神のみぞ知るってね」


 一度脱いだ服を着終えたおれに、さみしそうな顔で若林さんが笑う。この人も、こんな顔するんだな。


「それで? なにから知りたい? わかっていることなら、話してあげてもいいわ」

「そうだ、おれほぼ丸腰で、あんたおれがアイツに喰われたらどうするつもりだったんです?」

「その前に助けるつもりだったわ。それに、ためさせてもらったの。牛丸ちゃんにアレが見えるのかって。もし見えていたのなら、牛丸ちゃんに、話を聞いてもらいたかったんじゃないかなって」


 はぁ? とおれは顔をしかめた。


「ああそうだ。警棒持ってりゃよかったんだ」


 私服だと、つい色々忘れることがある。はたして警棒がアイツに効いたかどうかまではわからないけど。


「そうね。あたしも牛丸ちゃんが本当に見えるのか半信半疑だったから、油断してたわ。どうせなら、武器の一つも持たせておけばよかった。これは、上司であるあたしのミスだわ。ごめんなさい」

「いや、その。っていうか、さっきから見えるとかなんとか、それってアレのことですよねぇ?」

「そう」


 と言って、唇の動きだけで怪異なるものと伝えてくる。やたらに言葉にしてはいけないということか。


「アレはね、見える人にしかおそいかからないの。話を聞いてもらいたいのよね。つまりね、あたしには見えないアレが、あなたには見えた」


 なんだって? 若林には見えてないだと?


「じゃあ、黒装束は? アイツには見えていたのか?」


 どこかで聞き覚えのある中性的な声が頭をよぎる。まさか、な。


「そうね。あの子たちはちょっと特殊なのよ」


 そう言うと、若林はキンキンに冷えた缶ビールをおれの前に置いた。


「ねぇ、地球外生命体の存在って、信じる?」


 答えはもちろん、ノーだ。


 つづく

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