第2話 満月の夜
満月の夜、怪異なるものがあらわれるようになったのと、連続女性失踪事件が起こり始めたのはほぼ同じ時期。と、すると……。
「牛ちゃん、またこわい顔してるぅー。もぅー、もぅー!!」
これが今の上司。『生活安全活性課』では、隠密に怪異なるものの捜査、及び殲滅をしている。
人ならざるバケモノがあらわれたと知れたら、人はすぐパニックを起こす。警察が仕事をしていないせいだと言われる前に動く。いわば初動捜査であり、ネットで拡散されないための最終手段だった。
おそらく秘密裏に作られた『生活安全活性課』とは、そんな汚れ仕事をするために作られた。めんどくさい人間が送り込まれる墓場のような場所だ。
「牛ちゃーん。牛若丸ちゃーん」
「その呼び方はしないでくださいよ」
女性もののスーツをそつなく着こなす上司の若林に釘をさす。どうやら若林はおれに気があるらしく、牛若丸なんて奇妙な呼び方をする。
「今わかっていることと言えば、怪異なるものが水まわりからあらわれることと、満月の夜に活動することくらい。あたしたちにできるのは、港の見回りってことだけ」
そんなわかりきったことを、さもさも重要案件のように言い放つ若林は、おれの机に栄養ドリンクを置いた。
「知ってると思うけど、今日は満月だから、よろしくぅー」
ってか、なんで『生活安全活性課』なんて大層な名前の部署なのに、二人しかいないんだっ!? この人に襲われたら迷わず投げ飛ばすからなっ! こんなナリしてるけど、性別上は男だからな、この人。
「うっふふっ。そう気負わないの。この部署にはねぇー、まだまだお仲間がいるのよーん」
「へぇ? だれです? どんな奴です?」
「牛ちゃん、こわぁーい。どんな仲間かって? そんなの、秘密に決まってるでしょう? だって、極秘任務なんだから」
そうだけど。仲間かどうかを見極めることもできないのか。まったく。
「じゃあ、そろそろ港の見回りに行って来ます」
「はぁーい、牛ちゃん、がんばってもぉー!!」
いちいち牛の鳴き声を真似しなくていいんだけどな。おれは後頭部をかじって、背広のポケットに手を入れた。まずい、資料忘れた。
そうしてあわてて手相占い『レディ・S』の館に到着すれば、さっきのような始末でこれまた神経をすり減らした。
正美、今どこでなにをしているんだ? 死んだとは思いたくない。その確証もない。
『あたしね、
それは、なんだったのだろう?
『あたしね、スーパーヒロインになるのが夢だったんだ。へーんしーんってね』
笑いながら戯れた日々が、今では懐かしい。頭の中では、いつも笑顔の正美がいてくれる。おれの仕事を理解して、常に陰で支えてくれた。
『でも、それは彼女の本当姿だったのかしら?』
ふいに澄子に言われた言葉が脳裏をかけめぐる。知っていたのか? 豹変する正美を。親から愛を与えられなかった彼女なりの、精一杯の防御である自己否定を。いや、あんな薄汚い占い師の言葉なんて、信用するもんか。
『鈴木 澄子。だからレディ・Sなの』
今にして思えば、なぜあのタイミングで館の二階が開いていたのか、なぜ澄子はなにもかも知っているような仕草をするのか、ひょっとしたらすべてが罠だったんじゃないかとすら思えてくる。
夜の空気が満月を振動させる。
港に着いたおれは、ノートパソコンを開いてUSBメモリを取り込んだ。
怪異なるものがあらわれるのは、満月の夜、水辺の近く。おなじ場所にはあらわれない。
パソコンに記された地図は、同志と思われる者からの情報。印がつけられた場所に怪異なるものがあらわれる確率が高いという。
残念ながらおれは、まだ怪異なるものに一度も遭遇したことがない。
一体どんなものなのか。腕に覚えはあるものの、素手で戦える相手なのか?
額にじわりと汗が浮く。
そんなおれの目の前に、ぼんやりと蜃気楼が浮かび上がる。
――違う。こいつは、怪異なるものだっ。
つづく
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