怪異なるものへのレクイエム

春川晴人

プロローグ

 おれは、ある事件のファイルを抱え持ったまま廊下を曲がろうとした。そこで、かつての上司だった牛丸うしまるさんとぶつかり、ファイルが混ざり合う。


辰宮たつみや、一時停止くらい教えたはずだろ?」

「牛丸さんだって、立ち止まらなかったくせに」


 牛丸さんの顔色はとても悪かった。なんでも満月の夜になると、この世のものとも思えないバケモノ――怪異なるものがあらわれて、それの対応に追われているらしい。


「辰宮のところも大変なんだろ? 連続女性失踪事件。戻ってきたのはほんの数人で、しかも失踪時の記憶はないときている」

「よく知ってますねっ。さすがは牛丸さんだ。彼女たち、みーんな美女なんですよ。でね、色々と調べさせてもらったところ、気になるところが一点だけあったんですよ」

「男性ホルモンの数値がやけに高かったってやつか?」

「あれ? なんで知ってるんです? 極秘情報のはずなんだけどなぁ」


 牛丸さんはそそくさとファイルを集めて立ち上がった。


「極秘情報とか言っておいて、身内がべらべらしゃべっているせいじゃないのか?」


 それはあきらかにおれを指しているわけで。くそっ。なんでおれは、牛丸さんに勝てないんだよっ。


「辰宮、悪いことは言わない。負けず嫌いなのは結構だが、そういう負の感情は制御すべきだ」

「はぁ? そんなんじゃないっすよ」


 本当に、食えない人だなと、心から思った。


 つづく

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