第45話新たな地へ(1章最終話)

 七魔将アザライドを討伐してから翌月になる。

 今日はハリト団にとって特別な朝。

 王都留学へ出発する日なのだ。


「それじゃ、荷物はこんな感じかな?」


 オレは男子寮の自室で、荷物の最終確認を終える。

 背負い袋に勉強道具や着替えが軽く入っていた


 他にも必要な研究道具など荷物は沢山ある。

 それらは【収納魔法】でこっそり持ち歩くから問題ない。


 というか【転移門】があるので、いつでも自宅の研究室に移動可能。

 荷物の用意はあくまでも、サラたちにバレないための名目上だ。


「よし、それじゃ待ち合わせ場所にいくか」


 少し早いが待ち合わせ場所である寮の玄関に向かう。

 サラとエルザはまだいない。

 二人とも準備が終わったら、やってくるはずだ。


「お待たせ、ハリト君!」


 少し経ってからサラがやってきた。

 可愛いリュックを背負っている。


(あれは……オレがプレゼントした……)


 サラの背負うリュックに見覚えがある。

 娘が十歳の誕生にオレがプレゼントしたもの。


(そうか……ここに来るときに持ってきてくれていたのか……)


 あの時は喧嘩別れして、サラは家出同然で飛び出していった。

 まさか父親であるオレのプレゼンを使ってくれていたとは。

 思わず感慨深くなる。

 ああ、ダメだ。

 涙がこぼれ落ちそうになる。


「どうしたの、ハリト君? 泣いているの?」


「いや……目にゴミが入って、ほら、今日って風が強いし」


「無風のような気がするけど……相変わらずハリト君は面白いね!」


 何とか誤魔化すことに成功。

 あ、危ない……今度からは感慨深くなるタイミングも気を付けないとな。


「お待たせですわ、二人とも!」


「あっ、エルザちゃん。私もちょうど今きたとこだよ!」


 エルザがやってきて、サラの意識がそっちにいく。

 ナイスタイミングだ、エルザ。

 今のうちに涙を拭いておこう。


「あら、お二人とも、荷物はそれだけですか?」


「ああ、オレは男だから、最小限の荷物でいいんだ」


【収納魔法】は普通の候補生は使えない。

 適当に誤魔化しておく。


「私はこの中に、着替えとか結構入れてきたよ!」


 サラはリュックの誇らしげにエルザに見せる。


「えっ……こんな小さなリュックの中に⁉ も、もしかして、これは【収納】の魔道具ですか、サラ⁉」


「収納の魔道具? よく分からないけど、小部屋分くらいのに荷物なら、この中に全部入るんだよ!」


「小部屋一個分も⁉ そ、そんな貴重で高価な魔道具をいったどこで入手をしたのですか?」


「えっ……十歳の誕生にパパ……お父さんに、貰ったんよ。これって、そんな貴重なの?」


「当たり前です、サラ! 【収納】が付与された品は、王家でも欲しがる魔道具なのですよ! しかも小部屋分の要領となると……大きな屋敷が買えるほどの金貨でも買えないと、爺やに聞いたことがあります……」


 あっ……しまった。

 やってしまった。


 そうだ……収納魔法が付与された品は、一般的に貴重品とされていたんだ。


 研究材料として我が家には沢山あったから、感覚的にマヒしていた。


「えっ……そんなに貴重だったんだ、これ」


「そうですわ! まさかサラの家は、とんでもない大貴族だったのですか?」


「えー、うちは小さくてボロい家だよ!


 たしかに我が家は古い塔。

 でもサラ、聞いてくれ。

 あの塔はすごく貴重な素材で作っているから、本当は超高価なんだ。

 それこそ貴族の屋敷や城よりも予算はかけあるんだぞ。


「あと、すっごい田舎にあるし!」



 たしかに我が家の周囲には村すらない辺境にある。

 だがサラ、それには海よりも深くて理由が……。


「辺境にある小さくて古い家なのに、超貴重な収納袋があるサラの家……お父さまは、いったいどんなお仕事をしている方なのですか?」


「えっ、うちのお父さん?」


 なっ⁉


 まさかの話題に話が切り替わる。

 口から心臓が飛び出そうになった。


(これはマズイ!……とりあえず【聴覚遮断】! あと【精神防御】!)


 無斉唱で隠密をかけながら魔法をとっさに発動。

 二人の会話を聞こえないように完全防御。

 あと胸が大爆発しそうなので、無理やりに安定させる魔法を!


(サラ……オレのことを……なんて言うんだろう……)


 オレは娘と喧嘩別れしたまま。

 サラの口から、どんな言葉が出てくるか予想もできない。


 とにかく二人の会話を聞かないように瞑想も開始だ!

 なるべく呼吸もしないで、深い世界に現実逃避しかない。


 ◇


「えーと、うちのお父さんはね、いつも……家にいて、なんか難しい本を読んだり、ブラブラしていたよ」


「本を読んだり、ブラブラ……もしかしたら職が無い方とか?」


「そうかも。うちはお母さんもいないし、生活も楽ではなかったの……だから私が頑張って“真の勇者”になって、世界を平和にして、お父さん暮らしを助けてあげたいの」


「そうだったのですか、サラ……そんな家庭の事情が……それなら、二人で頑張って“真の勇者”になりましょう!」


「ありがとう、エルザちゃん。そうだね、そのためには王都の留学でも、立派な成績を収めないとね!」


「そうですわ、サラ。私たちはウラヌス学園を代表して、出発するのですから」


「そうだね、エルザちゃん! ハリト君と三人で王都でも力を合わせていこうね! ねぇ、ハリト君? あれ、ハリト君の顔が真っ青⁉」


「本当ですわ! 息もして無くて、眼も開いていないですわ! ハリト様! 大丈夫ですか、ハリト様!」


 どうやらオレは精神ブロックを強化しすぎて、あやうく天に召される寸前だったらしい。

 二人の救助の甲斐もあって、何と現実世界に戻ってくることが出来た。


 ◇


「いやー、二人ともありがとう! 考え事をしてたら、息するのを忘れてたよ。あっはっは……」


 とりあえず適当に誤魔化しておく。


「息するのを忘れたって……相変わらずハリト君は面白いね!」


「私は本気で焦りましたわ、ハリト様」


「心配させて、ごめん。じゃぁ、そろそろ出発しよっか!」


 玄関にいたら、また実家トークが花開いてしまう。

 次に父親話になったら、心臓が破裂しない自信はない。

 一刻も早く王都に向かいたい。


「そうだね、そろそろ出発しよ!」


「ですわね!」


 三人の荷物を最終確認して、出発することにした。

 もしも足りないモノがあっても、王都で買い足せばいい。


 さて、いくか。

 オレたちは寮の玄関から、学園の校門へと歩いていく。


 遠目には校舎が見えてきた。


「なんか、寂しいね」


「そうですわね……」


 通い慣れた学び舎を目にして、サラとエルザは感傷的になっていた。

 次からは王都学園に通うことなる。

 年頃の少女にとって、思い出の地を離れるのは辛いことなのだ。


「ん?」


 その時であった。

 校舎の一室から、何かの叫び声が聞こえてきた。


「あれは皆?」


 教室から顔を出してきたのは、クラスメイトたち。

 まだ授業中だというのに、全員が外を向いてきた。


「エルザ様! 頑張ってください!」


「王都学園でも負けないでください!」


「サラちゃんもファイトだぜ!」


「オレたちウラヌス学園の代表として、頑張ってくれよ!」


 そして皆は叫んできた。


 ウラヌス学園の代表者であるオレたちの背中を、激励という声で押してくれたのだ。

 そしてそんな中にチャラ男三人組の姿も。


「おい、ハリトっち、お前も頑張れよ!」


「王都のエリート連中に、無能君なんて呼ばせるじゃないぜー!」


「オレたちの分までアゲてこいよ!」


 驚いたことに三人は、オレのことを激励していた。

 あいつらは選抜戦以降は、急に仲良くなった気がした。

 本気で剣を交えて、特待生を倒したことによって、いつの間にか仲間として見ていてくれたのだ。


「アイツら……授業中だというのに……」


 おそらく全員、後で先生に怒られるであろう。

 だが、叱られるのを覚悟までして、皆は激励してくれたのだ。


「まったく馬鹿というか、若いというか……まったくだぜ」


 思わず胸が熱くなる。

 こんな想いは数十年ぶり……“真の勇者”として戦った時以来の胸のアツさだ。


「さて、アイツ等の分まで頑張ろうぜ!」


「そうだね、ハリト君!」


「ですわね! クラスの皆さんの想いを胸に!」


 もはや三人とも感傷的にはなっていない。

 仲間たちから託された想いと声援を受けて、覚悟を決めていたのだ。


「それじゃ、出発前にハリト君、例のアレをやろうよ!」


「えっ、アレを?」


「ですわね! 景気づけに頼みましたわ、ハリト様!」


 いつもだったら恥ずかしいが、今だったらやれる気がする。

 三人で円陣を組む。


「そうだな、やるか。それじゃいくよ……『ハリト団、ファイト!』」

「「「おー!」」」


 こうしてオレたち三人は新たな地、王都に向かうのであった。

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過保護すぎる大賢者、娘が心配すぎて勇者パーティーに紛れ込む ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka

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