第32話選抜戦、当日

 愛娘サラの後を追い、極秘で勇者学園に入学。

 娘との距離も、正体がバレないように適切にしている。



 そんな中、ウラヌス学園で大イベント【学内選抜戦】が行われることに。

 オレはサラとエルザの三人で、選抜戦に挑むことになる。


 ◇


 選抜戦の当日の朝がやってきた。


「これが選抜戦の会場か」


 学園の敷地内にある会場に、オレたちは到着。

 会場は円形状の闘技場を模した外観。

 街中にある巨大な闘技場を、コンパクトにした大きさだ。


「ここが会場。いよいよ、ですわね、ハリト様……」


「うわ……なんか、物々しい場所だね、ハリト君」


 一緒にやって来たエルザとサラは、会場の外観に声を上げる。

 エルザはかなり緊張した様子。

 サラはいつものように明るく元気だが、少しだけ緊張している。


「二人ともそんな緊張しなくても、大丈夫だよ! 今日まで特訓してきたから、あとはリラックスさえすれば大丈夫さ!」


 緊張する二人に自信を促す。


 選抜戦の張り出しがあった日から、オレたち三人は特訓を続けてきた。

 オレが考えた対人戦のメニューを、主として。


 平日の通常の授業の後に、寮の裏庭で基礎練習。

 日曜日は魔の森で、大規模な実戦訓練を積んできたのだ。


「そうですわね、ハリト様。あの地獄の特訓の後なら、何ともでなりそうな気がしますわ」


「本当に大変だったよね、エルザちゃん。お蔭で私たちも、少し強くなれたような気がするよね!」


 エルザとサラの緊張が解ける。

 二人ともこの一ヶ月、本当に頑張ってきた。

 オレの課したトレーニングに一切の不満を口にせず、必死で付いてきれくれたのだ。


「それじゃ、さぁ、中にいこうか」


「うん、そうだね、ハリト君!」


「では、いざ出陣ですわ!」


 全員の息が合ったところで、会場の中に入る。

 生徒専用の入り口から、案内に従って進んでいく。


 長い通路を進んだ先に、明るく開けた場所に出る。


「うわー! 中も広いね!」


「ですわね。あの中央の部分が、試験場かしら?」


 会場の中もコロッセオを模していた。

 周りには観客席にあり、中央部に闘技場が見える。


 独特の空気感。

 まさしく戦いの場に相応しい場所だ。


「見て、ハリト君! お客さんがいるよ!」


「あっ、本当だ。先生にしては多すぎるな。誰だ?」


 観客席には、けっこうな人数の大人たちがいた。

 格好や雰囲気は様々で、商人風や騎士風、貴族も団体もいる。


 ここは一般人が入れない場所。

 あの人たちは一体?


「ハリト様、見たところ。あれは勇者学園の関係者やスポンサーの皆さんですわ」


 王女であるエルザは、人脈関係に知識がある。

 観客席に知った顔でもいたのであろう。


「スポンサーか……なるほど、そういうことか」


 エルザの説明を聞いて納得する。


 勇者候補は世界を救うために、大陸各地の学園で育成されている。

 だが勇者学園の設立と運営には、莫大な金額がかかっている。


 主に出資しているのは国だが、それだけは足りない。

 だから大商人や貴族連中にも、出資させているのであろう。


 そして観客席の“視線の質”で、彼らの目的を察する。


(つまり今回の勇者候補の“質”をお披露目する、品評会みたいなもんか、この選抜戦は……)


 観客席の顔つきは、余興を見に来た感じではない。

 彼らは投資者として、この場に来たのだ。


(品評会であり、オレたちを見定める権利か……)


 投資者には優遇して、リターンを渡す必要がある。

 そのための一つがこの『勇者候補者同士のガチの選抜戦の閲覧権利』なのであろう。


(なんか気に食わないけど、昔も似たようなモノがあったからな……)


 オレが現役時代の時は、公開の選抜戦などない。

 だが有力者を前にして、候補者同士の決闘はザラにあった。


 理由は援助を受けるため、

 何しろ魔王を倒す旅には、莫大な金と権力的な援助が必須なのだ。


(まぁ、気にしないでおくか……)


 だからあまり観客席の俗世な視線は、気にしないおく。

 サラとエルザも大丈夫そうなので、影響はないであろう。


(それより、気になるのは、あの集団だな……)


 観客席の中で、異質な集団を見つける。

 人数は二十名ちょっと。

 全員が白い法衣を纏(まとい)い、顔をローブで隠している。


 なんだ、あの連中は?


「ハリト様、あの方々は“勇者教団”の皆さまですわ」


 オレの視線に気が付いたエルザが、そっと耳打ちして教えてくれる。


「“勇者教団”? 何、それ?」


 初めて耳にする言葉。

 オレが現役だった時は、聞いたこともない宗教だ。


「今から十七年前ほど前に設立された、新興宗教でございます。勇者学園の創設を機に、起こされた団体。今では各国の王家の支援を受けている、信頼のおける団体ですわ」


 エルザの説明を聞きながら、知らないことに納得。

 十七年前といえば、オレが辺境の塔に引き籠りを開始した時。

 それなら全く聞いたことがないのも納得できる。


(“勇者教団”か……なんか“嫌な感じ”がする連中だな)


 こっそり【鑑定】してみるが、害意のある集団ではない。


 だが“なんか嫌な感じ”がするのだ。

 言葉では上手く説明できないが。


「では、そろそろ候補生の皆さんは、中央の闘技場に集まりください!」


 そんな時、会場のアナウンスが流れる。

 風の魔法の一種で、拡声の魔法。

 司会の男性教師から、案内がされていく。


「これから開会式を行った後に、すぐに選抜戦を行います! 候補生の皆さんは迅速な行動をしてください!」


 今日のスケジュールが発表される。

 簡単な開会式の後に、一試合目がスタートだという。


「いよいよだね、ハリト君!」


「いよいよですね、ハリト様」


「ああ、そうだな。とにかく悔いないように、三人で頑張ろう」


 この後、開会式が何事もなく終わる。

 選抜戦がスタートするのであった。


 ◇


 ウラヌス学園の選抜戦がスタート。

 戦いは既に幕を開けていた。


(始まったか……)


 試合が後の方だったオレは、観客席で情報収集。

 サラとエルザは控え室で、アップ運動をしている。


(最初から、みんな飛ばしているな……)


 今回の選抜戦は三人一組で、一対一で戦う方式。

 使う武器は、いつもの刃を潰した訓練用の武器。


 だが魔法や剣闘技の制限は、訓練とは違い無い。

 魔物すら葬る剣技や魔法で、候補生同士が真剣勝負をするのだ。


 そのため一回戦から、激戦が繰り広げられていた。


「「「おお⁉」」」


 候補生同士の本気の真剣勝負に、観客席から歓声があがる。

 魔法や剣闘技が炸裂するたびに、闘技場が大きく揺れていた。


 候補生はまだ成長中。

 だが女神の加護を授けられた戦闘力は、腕利きの騎士や魔法使いを、既に超えているのだ。


「「「おお!」」」


 戦いのたび、闘技場に歓声が響き渡る。

 攻撃魔法の爆炎や剣闘技の激音が、歓声を打ち消していく。


(おっと、魔法の誤射か? 今のは観客も危なかったな……)


 ちなみに選抜戦を行う中央の闘技場は、特殊な結界が被われている。

 先生の話では女神から授かった“神具”の一つ。

 かなり強力な攻撃魔法でも、防ぐことが出来る結界。


 だから観客も安心して観戦できるのだ。


「そこまで! 勝負あり!」


 聞きなれたレイチェル先生の声が度々、響き渡る。

 今日、先生は審判役。

 二代目勇者として、公平な審判を行っている。


「勝負止め! おい、止まれ、馬鹿ども!」


 宣戦は戦いを途中で、止める時もあった。

 何しろ生徒たちは真剣勝負のあまり、かなりの興奮状態。


 死人が出ないように審判役の権限で、勝負を決する場合もあるのだ。


「救護班! 急いで治療を!」


 負傷者は学園の医務係が、いつものように応急措置にあたる。

 高位の回復魔法を使えるので、重症でも回復してくれであろう。


(でも、今の戦い方じゃ、二回戦に響くな、アイツは……)


 回復魔法は傷を塞げても、スタミナまでは急な回復は出来ない。

 勝ち抜いてもダメージが大きい場合は、次の試合に影響が残る場合もあるのだ。


(なるほど。勝ち抜いていくために、戦い方も、重要だな、これは……)


 選抜戦は勝ち抜き戦のトーナメント方式。

 勝利者は今日一日で何戦もこなしていく必要がある。

 勝つだけなく、スタミナ配分も重要な肝になるのだ。


「「「うぉ!」」」


 そんな感じで、エキサイトに試合が進んでいく。

 一試合あたりの時間はそれほど長くない。

 闘技場中央部は、それほど広くはないので、短時間で勝負が決まることが多いのだ。


「では、“ハリト団”の皆さん、準備してください!」


 会場の司会者からアナウンスがある。

 いよいよ出番がきたのだ。


 オレはサラとエルザと合流。

 闘技場の下の待機場所に向かう。


 選抜戦は三人一組で、一対一で戦う方式。

 闘技場の上に登るのは、戦う者一人だけ。


 ここまで来たら、もう引き返すことはできない。


「さぁ、準備はいいか? いくぞ、サラ、エルザ!」


「うん、ハリト君!」


「もちろんですわ、ハリト様!」


 二人とも戦闘準備は万全。


 先鋒を送りだす前に、三人で円陣を組む。

 全員のテンションを上げる儀式だ。


「それじゃいくよ、サラ、エルザ……『ハリト団、ファイト!』」

「「「おー!」」」


 事前に決めていた気合入れをする。


 かなり恥ずかしいが、これもサラの提案。

 大事な娘の提案だから、オレも頑張るしかない。


「それでは次の試合を始めます。“ハリト団”の一人目の選手は、開始位置に上がってください」


「ええ、いくわ!」


 オレたちの先鋒は金髪の女剣士……エルザだ。


(頑張れ、エルザ……)


 こうしてハリト団として選抜戦が幕を上げるのであった。

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