第28話身分差を

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 色々あってサラとお姫さんエルザを、鍛えてやることに。

 三人でパーティーを結成することになったのだ。


「ふぅ……今朝もいい天気だな」


 赤大蛇を狩った翌日。

 男子の寮の自室で朝の準備をして、オレは学園の教室へ向かう。


「さて、今週も頑張りますか、そこそこ」


 今日からまた候補生として、一週間が始まるの。

 教室に入ってすぐ、一番後ろの席に座る。

 ここは入学当時からの指定席。

 目立ちたくないオレにとって、絶好の場所なのだ。


 さて、授業が始まるまで、魔剣技についてこっそり研究をしていく。


(まずは昨日の使った【極氷斬(ゴク・ヒョウ・ザン)】か……アレは、なかなか汎用性が高いかもな?)


 赤大蛇に対して、新たなる魔剣技【極氷斬(ゴク・ヒョウザン)】を実戦投入してみた。

 結果は良好で、火属性の大型魔獣に、かなりのダメージを与えることが出来た。


【極氷斬(ゴク・ヒョウ・ザン)】は相手の体内の体液や水分を、斬撃と当時に凍結させて砕く内部破壊系の技だ。


 欠点は特にないが、あげるとしたら【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】や【豪炎斬(ゴウ・エン・ザン)】に比べて、破壊力が若干劣ること。


 あと体内に水分を持たない魔物……例えばゴーレムやゴースト系に対しては、それほど有効ではないという二点だ。


 だが大きな利点もある。

 内部破壊系のため、派手な発動エフェクトも少なく、他人にバレにくいこと。


 これは普通の剣士のフリをしているオレにとっては、かなりメリットが大きい。

 今後も要所で活躍してくれそうだ。


(もっと色んなパターンの魔剣技を、試していきたいな……)


 よし、今日も授業を聞いているフリをしながら、魔剣技の研究に励んでいこう。


「あっ、ハリト君! おはよう!」


 そんな時、良からぬことを考えていた時。

 銀髪の少女が声をかけてくる。


「おはよう、サラ!」


 笑顔で教室に入ってきたのはサラ。

 今日も天使のような笑顔と、お姫様のように可愛い制服姿だ。


「ハリト君は、今日も、この席なの?」


「うん、そうだね。ここが一番授業に集中できるからね」


 もちろん、これは嘘も方便。

 まさか『授業を聞かずに、他の研究をしています!』なんてサラには言えない。


「そっか。ハリト君は、いつも勉強熱心だよね」


「そうかな? でも、この間のテストは、サラの方が上だったよね?」


「えっ、そうだったっかな? たまたまだよ」


 謙遜しながら照れているサラは、頬を少しだけ赤くしている。

 その姿はまさに天使級。

 あまりの尊さに、オレの心臓は朝から止まりかる。


(ああ……この笑顔が見られただけでも、学園に入って……本当に良かった……)


 色々とデメリットもあるが、逆行転生して良かった。

 改めて過去の自分の決断に、土下座で感謝。


 あと、禁呪を掛けてくれた“時空の魔神エギド”にも、一応は感謝。

 今度、ウラヌスの銘菓でも、あいつに買っていってやろう。


「あっ、おはよう!」


 そんな時、教室に入ってきた少女に、サラが挨拶する。


「おはよう、サラ」


「おはよう、エルザちゃん!」


 入ってきたのは金髪の少女エルザ。

 クラスメイトであり、正真正銘の王国のお姫様だ


「あっ、エルザちゃんの、そのリボン可愛いね!」


「ありがとう、サラ。これは王都で流行しているブランドなのよ」


 昨日のことで、二人は気軽に話し合う仲になっていた。


「王都で流行っている……素敵だね」


「もう一個あるから、サラにもあげるわよ?」


「えっ、本当⁉ でも、そんな高そうなもの……」


「それだったら、サラのリボンと交換しましょう?」


「えっ、本当⁉ うん、今度、交換会をしよう!」


 他愛のない女子トークをしながら、二人は楽しそう。

 終始サラは満面の笑み。

 エルザは王女という立場もあるので、気をつかって上品に笑っている。


(エルザ、本当に良い顔になったな……)


 上辺だけの笑みは、すでに消えていた。

 十三歳という年頃の少女らしい、心の底から笑っていた。


 それにしても二人とも、一気に仲良しになったものだ。

 横から見ていて本当に感心してしまう。




「あのー、エルザ様。少しよろしいでしょうか?」


 そんな、ほのぼのしている時だった。

 二人にある一団が接近してくる。

 クラスの令嬢軍団だ。


「私たちの聞き間違えでなければ、その庶民の子が、恐れ多くもエルザ様に対して、不敬な口をきいていませんでしたか?」


「もしもよかったら私たちの方から、その子に厳しく注意しておきましょうか?」


 二人の会話に口を挟んできたのは、クラスメイトの令嬢数人。

 エルザ姫の取り巻きを、勝手に自称していた連中だ。


「サラさん、でしたか? あなた、お気をつけなさい! このエルザ様、あなたとは住んでいる世界が違うのよ!」


「そうよ、クラスメイトだからといって、変に勘違いしていませんか、サラさん?」


「あら、サラさん。もしかしたら、あなた庶民の出だから、敬語も使えないんでしょう? 今回は見逃してあげるけど、気を付けないさい!」


 令嬢たちは一斉に、サラに向かって口撃を開始する。

 別にエルザの了承を得た訳ではない。


 こうやって身分の低い者を陥れることによって、王女であるサラのご機嫌を取ろうとしている。

 貴族の面倒くさい世界では、よくある光景の一つだ。


(こいつら! だが、この場合は、どうしたもんか……)


 大事な娘が、心無い口撃されている。

 親として、黙って見ている訳にはいかない。


 だが今のオレは転生して、身分を隠している。

 令嬢どもを黙らせるには、何か策を出さないといけないのだ。


「いえ、皆さま。結構でございますわ!」


 そんな悩んでいる時だった。


 令嬢たちの口撃を、エルザが制止する。

 王女として威厳のある声だった。


「あと、皆さんに紹介するのを送れましたが、こちらのサラさんは、昨日から私の“大事な友だち”になりましたの」


 サラの隣に立って、エルザは宣言する。

 大事な友だちであるから、王女に対しても不敬罪は適用されないと。


「えっ、エルザ様のお友達⁉」


「ですがエルザ様。その子と貴方様とは、身分が違いすぎます!」


「そうです、エルザ様。ご存知ないかもしれないと思いますが、その子は“庶民出”……エルザ様とは釣り合いがとれませんわ!」


 令嬢たちは必死で弁明する。


 何故なら王女であるエルザは、クラス内でも圧倒的なカーストのトップ。

 それなのに庶民のサラが、エルザの一番の友だちになってしまう……このままだと自分たちのクラス内での地位が、グッと下がってしまうからだ。


 貴族子息令嬢にとって、クラス内のカースト順位によるプライドは、何よりも優先されるものなのだ。


「お黙りなさい、皆さん!」


 しかしエルザは黙っていなかった。

 威厳のある声で、凛とした態度で、令嬢たちを黙らせる。


「庶民出? それなどうかしたのですか? 皆さまはお忘れではなくて? 私たちは勇者候補生として女神様に選ばれた身。その英知を高めるべき学園内において、生まれの身分など関係ありません! 必要なのは人々を守るべき“真の勇者”となるための、日々の努力と研鑽ではありませんか⁉」


「「「うっ……」」」


 エルザの言葉に、令嬢たちは言葉を失う。

 誰も一言も弁明できない。


 何故ならエルザの言っていることは、勇者学園の理念にもある一文。

 それに王女であるエルザに、これ以上反論することは有益ではないのだ。


「あっ、もちろん皆さまも、私にとって大事な学友でございます。今後ともよろしくお願い申し上げまわす」


 そしてエルザは口調を和らげる。

 軽く会釈をして、令嬢たち手をとっていく。


「エ、エルザ様が、そこまで申してくれるなら……」


「そ、そうですわね……」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします、エルザ様」


 血の気が引いていた令嬢たちは、顔色を取り戻す。

 エルザに許されたことによって、生き返ったのだ。


(ほほうて……ただのお姫さん見えて、けっこう肝が据わっているな、エルザは……)


 そんな様子を見ながら、オレは感心していた。


 エルザは一見すると、プライドが高く、強さだけ求めいたお姫様。

 だが人心掌握(じんしんしょうあく)術もなかなか。


 最初にプライドの高い令嬢たちを叱咤(しった)して、震えさせておく。

 でも最後には、ちゃんと場の空気を収めていた。


 今のエルザのやり取りのお蔭で、サラを個人攻撃してくる令嬢は、今後は激変するであろう。

 見事なまでのエルザの言動だった。


「おーい、授業を始めるぞー。全員、席に着けー!」


 そんな時、レイチェル先生が教室に入ってきた。

 令嬢を含む生徒たちは、一斉に各々の席に座りだす。


「サラ、お騒がせしました。それでは、近くの席に座りましょうか?」


「大丈夫だよ、エルザちゃん。そうだね!」


 友だちになった二人は、近い距離の席に座る。

 学園は自由席なので、どこに座っても大丈夫なのだ。


「って……何で、オレの隣に座るの? しかも、オレを真ん中にして⁉」


 なんと二人はオレの両側に座ったのだ。


 真ん中のオレが、ちょうどサンドイッチみたいに挟まれる状態。

 教室は三人用の長椅子なので、二人ともけっこうピッタリ密着してくる。


「えっ、ハリト様? 何を言っているのですか? 私たちは昨日から同じパーティー……つまり勉学の席も近くしなくては」


「いや、でも、たしかに同じパーティーだけど、何でも授業中まで……」


「エルザちゃんの言う通りだよ、ハリト君。ハリト団は、どんな時も一緒だよ!」


「でも、サラ……」


「サラの言う通りですわ、ハリト様。ハリト団はいかなる時も一心同体ですわ!」


「…………」


 もはや反論することも敵わない。

 何しろ授業が始まってタイムアップ。


 それに口での言い争いでは、女子には勝てない。

 オレが諦めるしかないのだ。


(やれやれ……『どんな時も一緒』って……嬉しいような大変なような……)


 こうしてハリト団としてのオレの平日は、二人の少女に挟まれてスタートするのであった。

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