第24話森へ

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトとなった娘とも距離を置き、正体がバレないように上手くしていた。

 今のところ学園生活は、事件もなく順調に進んでいた。


 だが、ある日、サラから相談された勢いで、二人で森に出かけることになってしまった。


 ◇


「ふう……いよいよ今日か……」


 約束の日曜日の朝がやってきた。

 寮に自室で準備を終えて、オレは待ち合わせ場所に向かう。


「あっ、おはよう、ハリト君!」


 寮の共用広場、サラが先に待っていた。

 約束の時間よりも、早く来ていたのだ。


「お、おはよう、サラ」


 自然を装って挨拶を返す。

 何しろ逆行転生してから、娘と二人きりで出かけるのは初めてのこと。

 怪しまれてはいけないのだ。


「あっという間に、今日が来ちゃったね。実は私、緊張して、今朝は早く目が覚めちゃったんだ……エヘヘヘ」


 サラが緊張しているのも無理はない。

 今日はこれから魔の森に鍛錬に向かう。

 娘にとっては初の魔物狩り。

 昨夜はあまり眠れなかったのであろう。


「心配しなくても大丈夫だよ。ほら、先生にも、この許可証は貰ってきたから!」


 心配しているサラに、安心の言葉をかける。

 今日はレイチェル先生のお墨付きだと。


 勇者学園には『候補生は許可なく魔物狩りに出かけてはいけない』という校則がある。

 だが先生の許可さえ有れば、自由に街の外に出て、戻ってくることが出来るのだ。


「なるほど、それが本物の許可証なんだ。よくレイチェル先生から許可が出たね、ハリト君?」


「あー、そうだね。ほら、レイチェル先生って鍛錬には寛容だから、『オレ、魔物退治して強くなりたいです!』って言った、分かってもらえたんだ!」


「へー、そうんなんだ。勉強になるね!」


 サラは感心しているが、先生に申請したのは本当のこと。

 昨日の個人レッスンの時に、レイチェル先生から許可証を貰っておいたのだ。


 まぁ……そのお蔭で、先生からのハグの時間が、いつもより長くなってしまったけど。


「じゃぁ、準備はいい、サラ?」


「準備は大丈夫だけど……恰好は、この制服で大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だよ。勇者学園の制服は特別製だからね」


 オレたちが着ている制服は普通の服ではない。

 女神の特殊な加護のある繊維で、作られているのだ。


 そのため伸縮性に優れ、汚れにも対応し、防御力も高い。

 その辺の安い革鎧や金属鎧よりも、防御力に優れている。


 だから学園の実戦訓練でも、生徒はいつも制服で戦っているのだ。


「そういえば、そうだったね」


「よし、大丈夫なら、出発しよう、サラ!」


「うん!」


 こうしてオレたち二人は学園と飛び出し、魔物のいる森へと向かうことにした。


「まだ、朝も早いから、街の中は静かに進むよ、サラ」


「うん、わかった!」


 ひと気のない早朝の街の中を、駆け足で進んでいく。

 街の城門で許可証を見せて、ウラヌスの外に出る。


 目の前には広大な草原と、遠くまで伸びた街道が広がっていた。


「よし、サラ。せっかくだから、ここからは鍛錬しながら駆けていこう。【身体能力・強化】の魔法は使えるよね?」


 魔の森までは結構な距離がある。

 オレは【飛行】魔法を使えるけど、サラには内緒にしておきたい。


 授業で履修済みの【身体能力・強化】なら、サラも使えるはずだ。


「一応は大丈夫だけど、【身体能力・強化】は、あんまり自信ないかも、私……」


 サラは後衛タイプで、素の身体能力もあまり高くない。

 だから強化系の魔法も自信がないのであろう。


「そっか。それならオレが“コツ”を教えてあげるよ」


「えっ、コツ?」


「そう。まずは【身体能力・強化】の呪文を唱える前に目を閉じで、“自分の身体”を意識してみて」


「目を閉じて、意識を集中? うん、わかった」


 サラは素直に従う。

 目を閉じて、意識を集中。

 娘の体内の魔力が高まっていくのが、オレにも感じられる。


「おお、上手いね、サラ。今度はその魔力の流れを、自分自身の手足に意識してみて」


「えっ、魔力を手足に? うん、やってみる……」


 サラは目を閉じながら想像していた。

 自分の手足に魔力が集まっていくイメージを。


 おっ、これは?

 我が娘ながら、いい感じでセンスがあるな。

 あと少しで、到達できそうな域だ。


 よし、ここから先は少しだけ、手助けてやる。


(無詠唱……【魔力線・解放】!)


 心の中で呪文をこっそりと発動。


 対象は、サラの体内の“魔力線”……魔力の流れを司る血管だ。


 直後、サラの身体が光を帯びる。


「えっ? これって……?」


「よし、今だ。【身体能力・強化】を発動させてみて!」


「うん、わかった…………【身体能力・強化】!」


 呪文を詠唱して、サラは魔法を発動。

 全身の光が収束していく。


「えっ……これは……?」


 直後、サラは自分の身体の異変に気が付く。

 今までと明らかに違うのだ。


「これ凄いよ、ハリト君! 身体が羽のように軽くて、でも、頼もしいくらい強く感じるよ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて、サラは大喜びする。

 自分の手足で、色んな動きを試していた。


「でも、ハリト君、どうして、こんなに身体が軽くなったの? さっきの集中の感覚はなんだったの?」


「あー、あれね。えーと、あれはレイチェル先生に教えてもらったんだ、【身体能力・強化】のコツを」


「えっ、レイチェル先生に? でも今までの授業では、こんな感じはなかったけど?」


「それは……あっ、そうだ。オレも最初は苦手だったから、先生に個人的に相談して、教えてもらったんだ。でもサラも上手くいって良かったよ!」


「ハリト君も最初は、そうだったんだ。私もこんなに上手く【身体能力・強化】が発動出来て、嬉しい……」


 サラは感動していた。

 身体能力強化が苦手だったことも、今までの悩みの一つだったのであろう。

 心の靄(もや)が晴れ渡ったような顔をしていた。


「よし、サラ。それなら、このまま向こうの森まで駆けていこう! 行けるかな?」


「うん、分かった! 身体がうずうずしているから、私いけそうな気がしてきた!」


 今までにない効果の【身体能力・強化】に、サラは興奮していた。

 普段は真面目な性格だけど、こういったところは年ごろの女の子だ。


「よし、オレもいくよ。えーと…………【身体能力・強化】!」


 オレもわざと詠唱して、同じ呪文を発動させる。

 本当は無詠唱で常時発動も可能。

 でも今はサラの前では、ワザと長々と詠唱をしておく。


「よし、いくよ、サラ!」


「うん、ハリト君!」


 強化した身体で、城門前から出発。

 二人とも、かなりのスピードが出ている。


 森の近くまでは街道が走っているから、ある程度速くても安心。

 念のためにオレが先頭を駆けて、後ろをサラが付いてくる編成だ。


「す、凄いよ、ハリト君……こんなに速く……風の様の走れるなんて……夢みたい……」


 駆けながらサラは感動していた。

 今見せたことないくらいの笑顔だ。


(良かった、こんなに喜んでくれるなんて)


 思わずオレも嬉しくなる。


(それにしてもサラの魔力の上昇率が、予想以上だな? もしかしたら元々“魔法”の才能があったのかな?)


【魔力線・解放】の魔法は、当人の魔力の伝導率が上昇させるだけの術。

 つまり今のサラの【身体能力・強化】の強さは、元々彼女が秘めていた強さでもある。


(小さい時から大事に育ててきたから、オレも気がつかなったな……)


 才能とは突然花開く瞬間がある。

 サラの場合は女神の啓示を受けてから、勇者学園に入学してからかもしれない。


 父親として嬉しい反面、なんか寂しい不思議な感情だ。


(まぁ、でも、こんなに笑顔なんだから、オレも嬉しいな)


 複雑な感情のままオレは、サラと街道をひたすら駆けていく。

 かなりの長距離移動だが、【身体能力・強化】はスタミナもアップしてくれる。

 問題はない。


 しばらく駆けていると、前方に深い森が見えてきた。


「あっ、サラ。あそこだ」


「えっ、もう着いたの?」


 学園にある地図上では、街と森はかなりの距離があった。

 予想以上の短時間さに、サラは驚いている。


「サラも頑張って駆けていたからね。よし、あの辺から森に入っていこう」


「わかった。ハリト君に付いていくね」


「あと森に入る前に、止まって準備をするよ」


「うん、わかった」


 開けて障害物のない街道とは違い、森の中は危険が多い。


 森の入り口の前で一時停止。

 魔物狩りのために、準備を整える。


「うわ……これが“魔物の森”……すごいところだね……」


 魔物の森は普通の森とは違い、薄暗くて深い場所。

 目の前に広がる光景に、サラは息を飲んでいた。


「この奥に……魔物や魔獣がいるんだね……」


 同時に緊張もしている。

 恐怖はないが、かなり緊張しているのだ。


「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ、サラ。森の浅い所には、弱い魔物しかいないから」


「弱い魔物? でも、どのくらいかイメージが掴めなくて……」


「イメージか。そうだな……弱いも魔物は、うちのクラスの男子よりも、かなり弱い感じかな」


「えっ、クラスの人より?」


「そう、そうだ。だから授業の模擬戦と同じような感覚で大丈夫さ」


「そっか……それなら少しだけ勇気が出てきたかも」


 サラを安心させるために、方便を使っておく。


 魔物の強さはピンからキリまである。

 本当の雑魚な魔物は、農具を持った農民でも倒せる。


 だが森で強い魔物……“大地竜(アース・ドラゴン)”クラスになると話は別。


 あのクラスの上位魔物を倒すのは、今のクラスの候補生ではまだ無理。

 もう少し修行を励まないといけないのだ。


 だが、今回はオレが同行している。

 この森程度なら、どんな魔物に遭遇しても対応は可能なのだ。


「よし、まずは授業で習って【探知・魔】を使ってみて、サラ」


「うん、分かった…………【探知・魔】!」


 呪文を詠唱して、サラは【探知・魔】を発動する。


【探知・魔】の呪文は初級魔法の一つ。

 魔物や魔獣だけを探知できるが、候補生はあまり広範囲までは探れない。


 ちなみに、いつもオレが使っている【探知・全】は、これより更に上位の魔法。

 どんな相手でも探知することが可能。

 しかも魔の森程度の広さなら、全部の範囲をカバーできる。


 とりあえず今回は森の浅い部分が目的。

 サラの【探知・魔】でも何か見つけることが出来るであろう。


「ん……これは? ハリト君、この先に何か感じるよ? なんか小さく光っているような感じ?」


 サラが何かを探知していた。

 一番近い魔物を見つけたのであろう。


「その光の強弱が魔物の強さの、一応の指針になるから。覚えておいてね、サラ」


「これが指針に……」


 探知系の魔法は光の強さで、色んな情報が得られる。

 もう少し精度が上がっていくと、光の色や形で、多くの情報も入手可能。


「よし、覚えた。この明るさと大きさを基準にして、いこう……」


 今のサラなら、光の強弱だけ覚えるだけでも勉強になる。

 魔法は奥が深い。

 何事も焦らずに地道に進んでいくのが最良なのだ。


「よし、相手に気が付かれないよう、いくよサラ」


「うん、わかった!」


 こうしてサラの初の魔物狩りが始まるのであった。

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