第22話稽古で試し

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトとなった娘とも、正体がバレないように上手くしていた。

 今のところ学園生活は特に事件もなく順調に進行中。


 だが一人の少女がクラスに転入した。

 エルザ・ワットソン……国王の実子で本物のお姫様だ。


 なにやらオレに恩義を感じてくるが、適当に誤魔化しておく。

 学園生活では目立たないように過ごしたいのだ。


 ◇


「では、これから近接戦闘の授業を始めるぞ!」


 レイチェル先生の掛け声と共に、授業が開始される。

 今日の近接の授業は、いつもの訓練場とは違う場所だった。


 学園の敷地内にある大きなドームの中。

 どうやら、いつもの訓練とは違う様子だ。


「ここでの授業は初めてだと思うから、これから話す注意事項を、ちゃんと聞いておくんだぞ!」


 候補生に向かって、レイチェル先生から説明が始まる。


「今日はこれから“模擬戦闘”の訓練を行う!」


 模擬戦闘……学園では初めて耳にする内容だ。


「ここでの“模擬戦闘”では“あらゆる手段”を使っても構わない。実戦形式だ!」


 レイチェル先生の説明は、ひと言で終わってしまう。

 だが、“あらゆる手段”という言葉の中に、含まれた意味はかなり重い。


「おい……“あらゆる手段”だってよ……」


「禁止事項がないってことは……」


「ああ、これはヤバそうだな……」


 先生の説明の意味を理解して、候補生たちがザワつく。

 何しろ今までの稽古とは、一線を画すのだ。

 特に実戦に自信がない者たちは、軽く震えている。


 この過剰な反応も無理はない。

 今までの授業では、次のような決まりがあったからだ。


 ・稽古では訓練武器を必ず使う。

 ・近接戦闘の授業で魔法は禁止。

 ・逆に魔法の授業では、剣闘技の使用は禁止。


 だが今日の授業では“あらゆる手段”が許可されたのだ。


「“あらゆる手段”だから、剣闘技と魔法はガンガン使っていけ! 特殊な結界で覆ってあるから、魔法も最大でいけ! あと大怪我をしても医務の先生が治してくれるから、各々遠慮なく打ち込んでいけ!」


 レイチェル先生の視線の先には、数人の救護班が控えていた。

 回復魔法を得意とする職員たちだ。


「ここなでの説明で、何か質問がある者はいるか? 遠慮なく聞いてこい!」


「はい、先生! 今回のルールだと、前衛タイプの人が有利ではないでしょうか?」


 挙手をして質問したのは、後衛タイプの男子生徒。

 質問内容は前衛と後衛との有利不利について。


(たしかに後衛の生徒なら、その疑問は浮かんでくるよな……)


 何しろ魔法は高火力なものが多いが、詠唱発動するまでタイムラグがある。

 一方で剣闘技の方は詠唱も短く、発動する時間が短い。


 この訓練場の広さで戦うなら、前衛タイプが圧倒的に有利なのだ。


「いい質問だ! それなら先生から逆に訊ねよう。『もしも“後衛タイプなお前”が、たった一人で、魔族と目の前で対峙することになった』と仮定する。お前は、どう対処する?」


「えっ……?」


 レイチェル先生の質問に、男性生徒は言葉を失う。

 予想外の質問に、回答が口から出ないのだ。


「この中で誰か、答えられる者はいないか? 誰でもいいぞ?」


「「「…………」」」


 先生の質問に、他の候補生たちは口を閉ざす。


 何故なら危険な場所に向かう時、普通は数人でパーティーを組む。


 だから『近接戦闘が苦手な後衛タイプが、たった一人で魔族と対峙する』その状況を、誰に想定していないのだ。


「誰も答えられないか? それなら……ハリト。お前はどう考える?」


「へっ、オレですか?」


 いきなり質問が飛んできたので、変な声を出してしまった。


「どう思う? 勘でもいいぞ?」


 レイチェル先生は嫌らしい笑みを浮かべている。


 くそっ……こいつ面白がっているに違いない。

 オレの状況を知っていながら、答えられない質問をして遊んでいるのであろう。


 ここで答えないのも、なんか癪(しゃく)に障る。

 目立たないように、適当に答えておくか。


「えーと、オレは“前衛タイプ”の剣士なので、よく分かりません。でも私見でいいなら述べます。『もし後衛タイプが一人で、敵と遭遇した対応』は、状況判断が大切だと思います」


「ほほう? 状況判断だと?」


「はい、先生。“相手の数”と“強さ”を素早く把握。敵わない相手なら、『即座に退避すること』が一番大事……だと思います」


「即座に退避だと?」


「はい。“死なないように、全力で退避”です」


 これはオレの実体験からくる、持論の一つだ。


 何しろ後衛はパーティーの中で、最も重要な核を成す。

 たとえ前衛が全員戦闘不能に陥っても、後衛が一人でも生き残っていたら逆転は可能。


 だから戦闘では『後衛は希望を捨てず、必ず最後まで生き残る』ことが何よりも大切。

 そのためには退避の決断すら重要なのだ。


「ぷっぷぷ……『全力で退避』だってよ……」


「そうね、ダサすぎる答えよね……」


「さすが無能君だな……」


 聞いていた候補生から、失笑があがる。

 何しろ自分たちは勇者候補。

 女神から啓示を受けた勇敢なる戦士なのだ。


 そえなのに戦わずして逃亡などあり得ない……誰もが、そう思っているのだ。


「おい、お前たち! 笑っているが、今の答えは、間違ってはいないぞ!」


「「「えっ⁉」」」


 だからこそレイチェル先生の言葉に、誰もが自分の耳を疑う。

 何がどうなっているか、理解が追いつていないのだ。


「分からなのなら簡単に説明しておこう」


 候補生の反応に、先生は言葉を続ける。


「たしかに魔族を前にして退避するのは、勇敢に思えないかもしれない。だが人外である魔族との戦いでは、予想外のことも起こる。だかこそ、どんな状況にも臨機応変に対応する必要があるのだ! 分かったか、お前たち!」


「「「はい、先生!」」」


 レイチェル先生の言葉に、全員が納得して返事をする。


“臨機応変に対応する”……か。

 なるほど実に分かりやすい言葉だ。


 脳筋なレイチェルだが、こうして聞くと、人に教えるのは上手い。

 あまり理論的ではない分だけ、簡単な言葉で説明できるのであろう。


 実は教師という職も、彼女にとっては天職なのかもしれない。


「それでは説明が終わったところで、さっそく模擬戦を開始するぞ! 対戦相手はランダムで先生が呼び出す。敵わないと思ったから、場外に退避も有りだ。何事も臨機応変に対応するんだぞ!」


 説明の時間も終わり、さっそく模擬戦に移る。

 レイチェル先生は、二名ずつ生徒の名前を呼び出し。


「それでは……はじめ!」


「「うぉおお!」」)


 審判先生の開始の合図と共に、対戦者どうしがぶつかり合う。

 いよいよ模擬戦を開幕。


 他の者は周りの観覧席から、戦いの様子を見学する。


(何でも有の模擬戦か……)


 オレも観覧席から対戦を眺めていく。

 生徒同士の模擬戦は、実力差が関係なく組まれていた。


 基本的には前衛タイプ 対 前衛タイプ。

 後衛タイプ 対 後衛タイプ

 この二パターンの対戦が多い。


 だがランダムなので『後衛タイプ 対 前衛タイプ』の対戦もあった。

 相性的には前衛の方が有利。


 だが試合によっては実力差によっては、結果は覆ることもあった。

 後衛が上手く相手の足を止めて、そのまま攻撃魔法で勝つ生徒もいたのだ。


(ほほう……これは面白い授業だな……)


 同じレベルなら攻撃力は、後衛タイプの方が高い。

 だが強力な魔法になるほど、普通は呪文の詠唱と集中が必要となる。

 だからこそ一対一(タイマン)の模擬戦では、色んな結果が生まれるのだ。


(勝っても負けても、これは互いに勉強になる方式だな……)


 今回の体験を通じて後衛タイプの者は、前衛タイプの必要性を肌で感じている。

 また前衛タイプの者は、後衛タイプの長所と短所を身に知る。


 互いの長所と短所を知ることは、パーティー戦闘では必須。

 なかなか理に叶った模擬戦闘である。


(ん、次はサラか!)


 そんな中で愛娘サラの出番がやってきた。

 相手は大柄な男子の前衛タイプ。

 実力差も少なく、相性がかなり悪い。


 こうなったらサラが怪我をしないように、静かに祈るしかない。


 ――――と思いつつも、いつでも無詠唱で、サポート魔法を発動できるように準備しておく。


(ん⁉ おお! サラ! ナイス判断だ! おお、よかった!)


 だが心配は杞憂に終わる。

 サラは傷一つ被うことなく、模擬戦を終えたのだ。


(見事な撤退戦だったぞ、サラ……)


 サラは相手の実力差を、最初から計算していた。

 開幕から細かい術で、突進する相手の足を止め。


 その後も牽制と足止めの術を上手く使い、最後は自ら場外に退避したのだ。


(ふう……サラは無事だったか。さて、あとは寝ていてもいいかな?)


 まだ自分の番は回ってこない。

 生徒の情報収集も終わり、ちょっと飽きてきたのだ。


(ん? あれは……?)


 そんな欠伸(あくび)をしてういた時。

 あるクラスメイトに目が止まる。


 一人だけ別格の戦い方をする生徒がいたのだ。


(あれは、あのお姫さんか……)


 別格な戦い方をしていたのは、今日転入してきたばかりのエルザ姫。

 剣を得意とする大柄な男子を相手に、序盤から剣の打ち合いで圧倒。

 最後は高火力の魔法で、一気に勝負を決めたのだ。


(ほほう……あの戦い方、お姫さんは“万能タイプ”か?)


 万能タイプは剣技も魔法も、得意とする珍しい戦い方。

 遠近両用で苦手がなく、更に対応力も高い。

 かなり才能と努力を必要とするタイプだ。


(今のをパッと見た感じだと、お姫さんは現時点だと、クラス内でも断トツに強いな)


 ひいき目なしに見て、エルザ姫の実力は高い。

 間違いなくウラヌス学園の中でも、最上位。

 魔法と剣術のバランスも良く、戦い方の創造性も悪くない。


(でも、なんか“あと一つ”足りないな、この子は……)


 先ほどの戦い方を思い出す。

 たしかにエルザ姫の実力は高い。


 だが“真の勇者”になられるレベルには、大きな“何か”が足りないのもだ。

 それを何なのか説明するには、今は時期尚早。

 もう少し成長を見たら、原因も分かるであろう。


「おい、ハリト! 次はお前の番だぞ!」


「へっ、オレ?」


 レイチェル先生から名前を呼ばれて、思わず変な返事をしてしまった。

 模擬戦で自分の番が来ていたのだ。


「おっ、無能君がオレっちの相手? こりゃ楽勝だな!」


 対戦相手はチャラ男軍団の一人。

 名前は“ビブラーなんとか”だったはず

 とりあえず“チャラ男B”と心の中で呼んでおこう。


 相手は選べないので、オレは対戦場所に降りていく。


「こりゃ、女の子にオレっちのカッコよさを、アピールするチャンスだぜぃ!」


 チャラ男Bは早くも勝った気満々。

 オレに槍先を向けてきた。


 こいつとは乱取り稽古で、何回か対戦している。

 チャラ男軍団相手に勝つと、何かと面倒くさい。

 だから、最近は『適当に負けて』いる。


「では、はじめ!」


「きぇーい!」


 レイチェル先生の開始の合図と共に、チャラ男Bが攻撃を仕掛けてきた。

 前回の乱取り稽古に比べて、踏み込みは悪くはない。


 チャラ男なみに、こいつも多少は成長しているのであろう。


「よっ、と!」


 だがオレは軽く回避。

 槍先を受け流す。


 根本的な体重や筋力は、相手の方が強い。

 だから無駄に逆らわず、剣術の技でしなやかに受け流した。


「ちっ、無能君のクセに! 生意気な! だが、これでお終いだぜ!……剣闘技、【連続突き】!」


 チャラ男Bは、槍術系の剣闘技を発動。

 連続攻撃を仕掛けてきた。


「うーん、よっ! よっこらせ!」


 連続突きも無理に逆らわず、オレはしなやかに受け流していく。


【連続突き】は剣闘技の中でも、そこそこ威力がある。

 だが相手の技さえちゃんと見ていれば、対処は可能なのだ。


「くそっ! またマグレで回避しやがって、無能君のくせに! それなら、これはどうだ! 【蛇突き】!」


 ――――連続で攻撃が回避されてしまった!

 頭に血が上ったチャラ男Bは、更なる剣闘技を発動。


 蛇のようにしなる槍で、オレの動きを追跡攻撃してきくる。


「おっ、それは面白い動き。あら、よっと!」


 オレは【蛇突き】も受け流しながら回避。

 たしかに面白い剣闘技だが、精度がまだ低い。


 槍先にだけ捕らわれず、相手の手元を見ておけば、動きの先読みが可能なのだ。


「くそっ!」


「くそったれがぁ!」


「おらぁああ!」


 その後も、チャラ男Bの攻撃は続いていく。


 剣闘技を連発して、オレを追い詰めてこうとする。


 だがオレは変わらず対応。


「よっ!」


「ひょいっ!」


「どっこらしょっと!」


 反撃は一切せずに、受け流しの技術だけ躱(かわ)していく。


「……よし、時間切れ! 勝負はそこまで!」


 レイチェル先生から終了の声があがる。

 いつの間にか時間オーバーしていたのだ。


(あれ、もう終わっちゃったのか?)


 出来ればもった長く回避の練習がしたかった。

 でも時間切れは仕方がない。

 さて、オレも観覧席に戻るとするか。


 そんな時であった。

 対戦相手……チャラ男Bの様子がおかしい


「はぁ、はぁ、はぁ………………うっ……」


「おい、大丈夫か⁉」


「これはマズイ、医務室に運ぶぞ!」


 勝負が終わってから、チャラ男Bは真っ青な顔で気絶。

 意識を失い、医務室に運ばれていく。


 授業も中断されて、ちょっとした騒ぎになってしまう。


(あれは……酸欠と魔力欠乏症だな? あの程度なら少し寝たら、大丈夫だろう)


 そんな様子をオレは冷静に分析する。

 先ほどの模擬戦でチャラ男Bは、怒涛の連続攻撃を仕掛けてきた。


 そのため自分の体力や魔力が限界。

 自業自得としか言えない。


「おい、ハリト……ちょっと、こっちに来い」


「ん?」


 そんな時である。

 レイチェル先生が小声で話しかけてきた。


 周りに誰もいない場所に連れてきて、一体どうしたんだろう?


「お前、今の試合で……“何を”していた⁉」


「えっ、今の試合? 普通に剣術を駆使して、回避していただけど?」


 レイチェル先生の質問の意味が分からなかった。


 何しろ今の試合では、変なモノは使っていない。

 魔剣技はもちろん、【身体能力】などの魔法での強化も封印。

 剣闘技すら使わずに戦うようにしていたのだ。


「やっぱり何も使わずに、純粋な剣技だけ戦っていたのか……」


「うん、そうだね。せっかく鍛錬の成果を試せる機会だったかさ!」


 最近のオレは剣術の鍛錬にはまっていた。

 剣技の鍛えていくのは、予想以上に面白いのだ。


 毎日の鍛錬が、新たな発見との出会い。

 だから今日も魔法と剣闘技は使わずに、純粋に自分の素の剣技だけで戦ってみたのだ。


「それがどうかしましたか、先生?」


「いや、『それがどうかしましたか、先生?』じゃないぞ、ハリト! 冷静に考えてみるんだ……お前は何の強化魔法と剣闘技も使わずに、候補生とはいえ前衛の奴を完封したんだぞ!」


「あっ……そういうことか」


 レイチェル先生が慌てる原因が分かった。


 何故なら大賢者であるオレは後衛タイプ。

 根本的な身体能力は、前衛タイプに劣る。

 しかも肉体的に弱い十歳に転生中。


 それなのに前衛タイプのチャラ男Bに、オレは純粋な技術勝負だけ勝ってしまった。

 一切の魔法補助もなく。


「それに、あんな回避技術……いつの間に習得をしていたんだ、お前は? もしかして大賢者時代にも、剣術の修行を?」


「いや、剣術の修行は、この学園に入ってからだよ。正確にはレイチェル先生からの個人レッスンを受け始めてからかな?」


「アタイと個人レッスンを始めてから……って、まだ、そんな期間は経っていないのに⁉」


「いやー、剣術って、意外と面白くて、毎日ついつい熱中してたんだ」


 最近のマイブームは剣術の探求。


 ここだけの話、昔は前衛の戦い方を誤解していた。

 連中は力任せに、やみくもに剣闘技を発動して戦う脳筋ばかりだと。


 だが剣技を研究して分かった。

 実際に近接戦闘は、魔法と同じ位に奥が深い。

 合理的に反復練習を繰り返し、実戦では理論的に動かないといけない。


 ――――理論的と合理的なものはオレ、大好き。

 だから最近では魔剣技と共に、純粋な剣技の研究にのめり込んでいたのだ。


「そういえば最近、自由になる時間は全部、剣技の鍛錬につぎ込んでいるかな?」


 レイチェル先生との個人レッスンとは別に、一人でも自主練をしていた。

 色んな剣術の型を、密かに鍛錬していたのだ。


「なるほど……そういうことだったのか。だが熱中しただけで、この成長速度か……いや、マハリトおじ様のことだから、もはや驚くのは諦めよう……」


 レイチェル先生はため息をつきながら、頭を抱えてどこかに行ってしまう。


 原因は分からないが、教師しか分からない悩みでもあるのかもしれない。

 今はそっとしておこう。


「さて、今日も放課後は、自主練を頑張るとするか!」


 こうしてサラを見守りながら、オレは更なる剣技の向上に励んでいくのであった。

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