第13話実技授業

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトになった娘を、目立たないように見守っていく予定。

 本格的な授業が開始され、武器を使った実技の訓練の時間となる。


 オレたち候補生は教室から、室内の訓練所に移動。

 石造りのかなり頑丈そうな場所だ。


「それでは、これから実技の授業を始めるぞ!」


 実技の担当は大柄な男性教師だった。

 全身の至る所に、傷跡がある。

 おそらく元々は歴戦の戦士なのであろう。


「まずは各自、そこにある訓練用の武器の中から、好きなのを選べ」


 先生が指さした先にあるのは、訓練用の武器の数々。

 刃の部分は丸く加工してあり、殺傷力は下げられていた。


 だが金属製で重量は重い。

 当たり所が悪ければ、大怪我の可能性もある。


(これで訓練するのか……サラ……大丈夫かな?)


 か弱い愛娘のことが心配になる。

 何しろ幼い時から、こうした荒事は経験したことがないのだ。


 サラに視線を向けると、予感的中。

 娘も不安そうに武器を選んでいる。


 他の後衛タイプの生徒たちも、何人かは不安そうな顔をしていた。


「ちなみに近接戦闘の初心者は、あっちで型の練習からスタートする。だから安心しろ!」


 そんな不安な空気を感じ取ったのであろう。

 先生は今日の授業の細かい説明をしてくれる。


「近接戦闘に自信がない者は、あっちで型の練習。自信がある者は、こっちで“乱取り稽古”を行うぞ!」


 なるほど、そういうことか。

 初心者や後衛タイプは、最初は型の鍛錬からスタートか。


 説明を聞いて一安心。

 型の練習だけなら、サラも怪我をするは心配ない。


 当人に視線を移すと、サラもほっとした表情をしている。

 軽い細身の剣を手にして、奥の型の練習場へと向かっていた。


(さて、オレはどっちの授業を受けようかな……)


 授業中は出来れば、サラと少し距離を取りたい。

 何故ならあまり近い場所にいると、またサラは話しかけてくるであろう。

 そうなると正体がバレてしまう可能性が高いのだ。


 よし、それならオレは乱取り稽古の方にしよう。

 ここからなら、素振りをしているサラの横顔も、遠目で見ることが可能。

 一石二鳥のチョイスだ。


「よし、分かれたな! それでは、この場にいる者は乱取り稽古をするぞ! お前らも、早く好きな武器を選らんでおけ!」


 先生の指示に従って、オレも武器選びを始める。


「さて、どれにしようかな……」


 訓練武器は多種多様。

 片手剣や両手剣、槍、斧、短剣、ハンマーなど、色んな武器が揃っていた。

 さすがは国営の勇者学園、教育資材も豊富だ。


「よし、オレはこれでいいかな?」


 その中から片手剣を選ぶ。

 少し短めで片刃なので、軽くて持ちやすい。


 何しろ今のオレは十歳の子ども。

 基本的な腕力は弱く、あまり重いのは持つだけ疲れるのだ。


 まぁ【身体能力・強化】魔法を常時発動していけば、巨大剣でも問題はない。

 だが、あまり強力な魔法の常時発動は、サラに怪しまれてしまう。


 だから今の身体にあった、軽めの片手剣にしたのだ。


「おい、見ろよ!」


 そんな時であった。

 聞き覚えのある声の、三人組に近づいてくる。

 例のチャラ男軍団だ。


「おい、無能君が一人前に、剣なんか選んでいるぜー!」


「ぷっぷっぷ、ウケる!」


「だよなー! というか、このチビちゃん、前衛組だったの⁉」


「チャンバラごっこと、何か勘違いしているのかなー、ボクちゃんは?」


 三人組は相変わらずチャライ感じで、オレのことを嘲笑してきた。

 おそらくは昨日のサラのことを、根に持っているのであろう。


「…………」


 こういう輩は反応しないに限る。

 面倒くさいので無視しておく。


「それに、そんな弱そうな剣でどうするつもりなのかな、無能君は?」


「短いのウケる!」


「知ってる? 前衛組の武器っていうのは、こういうのが実戦向きなんだぜ、おチビちゃん?」


 チャラ男軍団は自分たちの武器を、見せびらかせてくる。

 三人とも大きめの武器を選らんでいた。

 種類は長剣と槍、大矛だ。

 大きさや重さはオレの倍近くある。


(ふん。武器はデカければいい……ってもんじゃなんだけどな。こいつら素人かよ)


 理論的に武器は大きい方が、破壊力は増す。

 だが比例して筋力やスタミナ、技術を要する。


 どう見てもチャラ男軍団の選んだ武器は、身の丈あってない代物ばかり。

 おそらく見栄えだけで選らんだのであろう。


「あっ、先生が呼んでるから、行こうっと!」


 チャラ男軍団は無視して、先生の方へと移動する。

 とにかく面倒くさい連中は、無視していく作戦だ。


「よし! 全員、武器を選んだな! こうして見るとなかなか精悍(せいかん)だな、お前ら! それでは、これより乱取り稽古の説明をするぞ!」


 全員が揃ったところで先生が説明を始める。


「ルールは簡単だ! 自分で対戦相手を探して、武器だけの乱取り稽古をしていくだけだ。相手を気絶させるか、『まいった!』と言わせた方が勝ち。二試合目は、勝った者同士と、負けた者同士でおこなっていくトーナメント方式だ!」


 なるほど、対人戦のトーナメント方式でやるのか。

 この方式なら実力の同じ者同士が、残っていく。


 単純だが理にかなった方式だ。


「ちなみに今日の乱取り稽古では、【剣闘技】は使っていいぞ! 魔法の方は禁止だ!」


 先生の説明している【剣闘技】は、前衛用の戦闘技術のこと。

 体内の魔力を練り上げることで、近接用の攻防技を発動するものだ。


 ◇


魔法と比較した時、【剣闘技】の《メリット》は次のような点。


 ・詠唱が長い魔法に比べて、短い詠唱だけで剣闘技は発動可能。


 ・魔法に比べて魔力消費が少ないので、長期戦に向いている。


 ・魔法のように複雑な術式を理解する必要がない。


 ◇


 逆に《デメリット》は次の点。


 ・基本的に剣闘技は近接用の技しかなく、遠距離戦は苦手。


 ・一撃の攻撃力の高さや、対応力は魔法の方が優れている。


 ◇


 こんな感じで短所もあるが、身体能力が高い者が使う剣闘技は、間違いなく一撃必殺といえる破壊力がある。

 近接戦闘を行う者は、必須の戦闘技術なのだ。


「あと、お前らが怪我をしても医務の先生が治してくれるから、各々遠慮なく打ち込んでいけ!」


 先生の視線の先には、数人の白衣の教員が控えていた。

 彼女たちは回復魔法を得意とする教員。

 かなり重症でも、この場で回復してくれるという。


(ほほう。回復魔法の担当医まで常駐しているのか、この学園は……)


 もちろん三十年前はこんなシステムはなかった。

 候補者同士の喧嘩……もとい、稽古の治療は、各々で行う必要があった。

 だから当時の候補者たちは、常に生傷が絶えなかった。


(だが、この担当医システムは、効率的には悪くはないかもな……)


 このシステムだと昔より、多くの鍛錬をこなしていける。

 模擬戦闘→回復→模擬戦闘→回復→模擬戦闘とループしてことが可能。

 ズブの素人を短期間で、ある程度のレベルまで引き上げることが出来るのだ。


(まぁ、それでも所詮は“模擬戦”だからな。実戦ではあまり役に立たないがな……)


 魔物や魔族は。人とは別次元の戦い方をしてくる。

 こうした訓練場での鍛錬は、あまり役には立たない。

 “真の勇者”になるために必要なのは、あくまでも“本当の実戦”なのだ。


(さて、とりあえず適当に流しておくか……)


 オレは仮にも大賢者と呼ばれた歴戦の英雄。

 今さら初級者に交じって、基礎稽古で熱くなれない。


 実戦授業では適当に流して、目立たないようにしていこう。


「それでは第一試合の相手を探して、スタートしろ!」


 先生の合図で、実戦稽古がスタートする。

 前衛組の候補生は思い思いの相手と、戦いを始めていく。


(さて、オレは誰とやろうかな?)


 まだクラスメイトで知り合いはいない。

 今のところ友だちのサラだけ。


 というか一人でウロウロしているのはオレしかいない状況だ。

 これはマズイ……一人(ぼっち)じゃ、乱取り稽古は出来ないぞ。



「おい、オレとやろうぜ!」


 そんな時、声をかけてきた救世主がいた。


「まさか、逃げないよな、無能君?」


 なんとチャラ男軍団の一人だった。

 名前はたしか“エーザイル”なんとかいうヤツだったような……長剣を選んだ奴だ。


「……うん、いいよ」


 少し迷ったが、OKを出す。

 何しろ実戦授業は流す予定だ。

 だから別に相手は誰も構わないのだ。


「えっ? 逃げないの、無能君⁉ ウケる!」


 いちいち反応が面白い男だ。

 チャラ男軍団はたしかに癇(しゃく)に障る連中。

 だが他にオレの対戦相手になってくれそうな人はいない。


 授業を進めるためにも、今は相手を選んでいる場合ではないのだ。

 とりあえず目立たないように、第一試合を終わらせてしまおう。


「それでは、よろしくお願いいたします」


 オレは頭を下げて挨拶をする。

 最初の礼節の挨拶は大事……先生から説明があったからだ。


「うぇーい! いくぜ! 無能君よ!」


 だがエーなんとか……チャラ男Aは挨拶を無視。

 そればかりか、いきなり長剣で斬りかかってきたのだ。


「きぇいいい!」


 奇声をあげながら、長剣を降り下ししてきた。

 腕力にいわせて、威力だけは十分ありそうだ。


 だが剣筋はかなり汚い。

 もしかしたらオトリの技なのか?


「おっと」


 とりあえず、ひょいっと横にステップして、オレは回避する。

 本当ならカウンター攻撃を喰らわせることも、楽勝で出来た。


 でも、いきなり一撃で決めてしまったら、目立ってしまう。

 だから、もう少し模擬戦らしいことをしてから、勝負を決めることにしたのだ。


「ちっ! 逃げ足だけは一人前だな、無能君のくせに!」


 まさか初撃を回避されると思ってなかったのであろう。

 チャラ男Aは苛立っていた。


「運のいい奴だなー。オレ様の必殺の一撃を回避するとはなぁ、無能君のクセによ!」


 驚いたことにコイツにとって、さっきのは必殺の一撃だったのだ。

 あまりにも雑なので、牽制技かと思ったよ、オレは。


「ちっ! 次で決めてやるぜ!」


 チャラ男Aは間合いを慎重にとりながら、二撃目のタイミングを計っている。

 そして動き出す。


「いくぜぇ、無能君! 剣闘技……【竜巻斬り】ぃいい!」


 チャラ男Aは剣闘技を発動して、斬りかかってきた。


【竜巻斬り】は長剣系の剣技の一つ。

 竜巻のように長剣を振り回すことによって、強力な威力を発揮する技。


 使い手によっては、城壁すら破壊する強力な技だ。


(これが【竜巻斬り】だと? 本気か、こいつ⁉)


だが、チャラ男Aの繰り出してきた【竜巻斬り】は、あまりにも稚拙すぎた。

 一応は技として発動しているが、精度が低すぎるのだ。


(しかも、こいつ、周りを見てないぞ⁉)


 チャラ男Aの技は暴走気味だった。

 このままオレが回避したら、他の候補生たちに被害が出てしまう。


「ちっ、仕方がないな……」


 無詠唱で【身体能力・強化】を発動。

 向かってくるチャラ男Aに立ち向かう。


(さて、どうやって、この馬鹿を止めるか?)


 オレもカウンター系の剣闘技を発動したら、一撃で止めることは可能。

 だが下手したらチャラ男Aが死んでしまうかもしれない。


 また魔法を使っても、簡単に止めることが可能。

 だが魔法を発動したら、どうしても目立ってしまう。


 どちらも難しい。


(ん? そうか! 魔法だと周りにバレないようにすればいいのか)


 ナイスアイデアは浮かんできた。

 先日の“あること”を思い出したのだ。


「上手くいくか分からないけど、とりあえずやってみるか……」


 意識を集中。

 魔力を高めていく。


 だが殺さないように威力は低め。


 よし、いけそうだ。


 ――――◆――――

《術式展開》


 剣に魔力を集中


 “雷”の属性


 “麻痺”の型


 《術式完成》


 ――――◆――――


「いくぞ! 痺(しび)れ飛べ……【雷痺斬(ライ・ヒ・ザン)】!」


 無詠唱で魔法を発動。

 雷をまとった片手剣を、一気に振り切る。


「ぎっ⁉ びぇええええええええ!」


 痺(しび)れる雷の斬撃を喰らい、チャラ男Aは吹き飛んでいく。

 声にならない悲鳴を出しながら、地面に落ちたと同時に気絶してしまう。


(よし! また、何とか上手く発動できたな……)


 放ったのは先日の“岩大熊”退治の時に、偶然放った斬撃。


 剣を触媒にして魔法を発動……と同時に斬撃を繰り出した技だ

同じ雷属性だが、今回は動き止める“麻痺”を加えてみた。


(やっぱり、これは今までと効果が違うな?)


 今オレが繰り出した斬撃。

前衛タイプが使う剣闘技でもない

また後衛タイプが使う付与魔法とも、種類が違う。


 ひと言で説明するなら『攻撃魔法と斬撃を同時に与える新攻撃』だ。


 名づけるとしたら……【魔剣技(まけんぎ)】かな。

 とにかく今まで存在しなかった新たな技なのだ。


 ざわざわ……。


「んっ?」


 一人、内心で興奮していた時だった。

 多くの視線があることに気がつく。


「い、今、彼、吹き飛ばされなかった⁉」


「まさか、あの無能生が⁉」


「いや違うだろう……無能生は棒立ちだったのに⁉」


「じゃぁ、どうやって……?」


 視線の主は他の候補生。

 いきなり吹き飛んだチャラ男A……その対戦相手だったオレを凝視しているのだ。


「えー、これはですね……」


 これはマズイ。

 とりあえず誤魔さないと。


「いやー、ビックリしたな。怖くなって片手剣を振り回したから、偶然カウンター攻撃が当たっちゃたなー」


 学園生活で目立つわけにいかない。

 対戦相手だったオレは、チャラ男Aが吹き飛んだ訳を説明する。


「なんだ、偶然カウンター攻撃が当たったのか?」


「そうだよね。あの無能生が、彼を倒せるわけないしね……」


「というか、自爆とかウケる!」


 なんとか候補生たちを騙すことに成功した。

 誰もがチャラ男Aのミスによる自爆……と勘違いしてくれたのだ。


「大丈夫か、キミ⁉」


 救護の先生がチャラ男Aを介護する。

 回復魔法で治療している。


「うーん? あれ? オレ、どうしたんすか、先生?」


 チャラ男Aは目を覚ます。

 だが状況がつかめていない。


「キミは【竜巻斬り】を繰り出して、自爆して頭を打ったんだ」


「えー、マジっすか。カッコ悪い、オレって……」


「とりあえず医務室に運ぶから、今日は安静にしていため」


 チャラ男Aは頭を打って意識が朦朧としている。

 大事をとって医務室に運ばれることになった。


 うん、あの分なら奴も大丈夫そうだな。


「それでは実戦稽古を再開するぞ」


 チャラ男Aが運び出されたことで、模擬戦が再開される。

 先生の合図によって、生徒たちは次の対戦相手と向き合うのであった。


(さっきの件もあるし、次からは気を付けていこう……)


 とりあえず魔剣技は封印。

 この日の授業は適当に戦うことする。


(魔剣技か……面白い技だったな。後で、少し研究してみるか?)


 そんな中でもオレの頭は新しい技……“魔剣技”のことで一杯だった。




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