第12話授業開始

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 普通の生徒のフリをして、娘を遠くから見守っていく作戦だ。

 だがトラブルから助け出したことで、サラと友だちとなってしまった。


 入学式も終わり、次の日になる。

 今日から本格的な授業が開始だ。


「あっ、おはよう、ハリト君」


 朝一に教室へと入ると、明るい声で挨拶される


「あっ うん……お、おはよう、サラ!」


 挨拶してきたのは銀髪の小柄な少女……愛娘サラ。

 昨日の一件で友だちになったオレを見つけて、笑顔で近づいてくる。


「いよいよ今日から本格的な授業が始まるね。なんか緊張するよね、ハリト君!」


 サラの友だちは、今のところオレ一人だけ。

 楽しそうに、何気ない日常の会話をしてくる。


「そ、そうだねー。なんか、緊張するよね」


 一方でオレは緊張どころではない。

 “超緊張”しながら、ボロを出さないように会話していたのだ。


 何故なら極秘裏にオレは学園に入学している。


 サラにだけは正体を知られる訳にはいかないのだ。


「そういえば、ハリト君は、夜はちゃんと寝られたかな? 私、緊張しすぎて、今朝は日の出前に起きちゃったんだ!」


 一方でサラは自然体で話をしている。

 でも、いつもの家の口調とは、少し違う。

 おそらく娘は気をつかいながら会話しているのであろう。


「あと朝ご飯の場所も間違えて、寮母さんに怒られちゃったの。えっへへ……」


 だがサラの可愛さは相変わらずだった。

 ちょっとしたことで笑顔を見せてくれる。


 その姿は窓から注ぐ朝日に輝いていた。

 まるで天使のような朝の笑顔だ。


(うっ……サラ……)


 あまりの尊(とうと)い笑顔に、オレは心臓が止まりそうになる。

 家で一緒に暮らしていた時のサラも、たしかに可愛いかった。


 だが学園でのサラは、それ以上。

 制服を着てとにかく一生懸命。

 健気で可愛らしさが、何倍にも増しているのだ。


(この笑顔の破壊力は、やばい……)


 このままではオレは“尊すぎ死”をしてしまう。

 尊さのあまり、心臓が苦しくなり、呼吸も止まりそうだ。


「えー、授業の時間になりました。皆さん、着席してください!」


 そんな時であった。

 担任の教師……カテリーナ先生が教室に入ってくる。

 立ち話をしていた生徒たちも、自分の席に戻っていく。


「あっ、じゃぁ、またね、ハリト君。頑張っていこうね!」


 授業が始まるので、サラは前の方の席に向かう。

 一番前の席で、真面目に授業を受ける心構えなのだ。


(ナイスタイミング、先生……)


 一方でオレは、一番後ろの席で息を整えながら、カテリーナ先生に感謝。

 貴女が来てくれなかったら、今ごろオレは死んでいたかもしれない。

 命の恩人だ。


(サラ……少し遠いけど、授業中はこのぐらいの距離がいいかもな……)


 一番前のサラと、一番後ろな席のオレ。

 少し離れてしまうのは悲しいが、距離を取れたのは良い。


 何しろ、あまり距離が近すぎると、オレの方がボロを出してしまう。

 正体がバレてしまう危険性があるのだ。


(さて、いよいよ、授業が始まるのか……)


 学園は三クラスに別れて、このクラスは全部で三十人くらい。

 男女は半々。

 オレ以外の全員が、先生の方を注目している。


「では、これから勇者候補としての授業を開始していきます……」


 教壇に立った先生は、黒板に今日の授業の内容を書いていく。

 あまり興味はないが、とりあえず最初は聞いていこう。


「まずは勇者候補としての心構えを、きちんと覚えてください……」


 最初の授業は知識的な部分であった。

 心構えは次のような内容だった。


 ・候補生として今後、どのように学習して鍛錬を積んでいけばいいのか。


 ・候補生として特に気をつけなければいけない法律は何があるのか。


 こんな感じで、内容は常識的なものから、法律の専門的なものまであった。

 先生は教科書と照らし合わせながら、説明をしていく。


(ふむふむ。随分と真面目な内容が多いな。でも、勇者候補の特典を考えたら、用心深くなるのも仕方がないか……)


 勇者候補に選ばれた者は、いきなり尋常ではない“力の器”を与えられる。

 一番大きいのは“圧倒的な成長力”。


 聖刻印を発現させた者は、通常の数倍の速度で成長してく。

 常人なら数年かかる技の会得を、候補者ならたった一ヶ月で会得も可能。


 そんな加護の力もあるから、勇者候補は魔王を倒せる可能性があるのだ。


(だが急激な力の会得は、人を悪く増長させてしまうからな……)


 “強力な力”は人を迷わせ、時には横暴にさせてしまう。

 オレが十歳の時も、勇者候補としての力を、悪用しようした奴らもいた。


 そのために最初の授業は、こうした精神的な心構えを教えているのだろう。


「ここまで何か質問はありますか?」


 一通り説明を終えて、先生が訊ねてくる。

 かなり難しい内容なので、どんな些細な質問で受けてくれるという。


「はーい、先生! もしも勇者候補の力を悪用したら、そいつはどうなるっすかー?」


 質問したのはチャラ男軍団の一人。

 少し悪ふざけした感じで挙手している。


「良い質問ですね。では答えましょう……」


 カテリーナ先生はこういった輩には慣れているのであろう。

 特に気にすることもなく答えていく。


「意図的に力を悪用した候補生は、王国軍によって捕えられて、厳重な処罰が下されます。もしも逃亡した時は、犯罪者として家族や関係者も処罰の対象となります。場合によっては一族みな処罰の場合もあります」


「「「えっ……」」」


 先生の口から出た答えは、かなり厳しいものであった。

 予想以上の厳しさに、候補生たちは声を上げる。


 何しろ自分の行動一つで、大事になる。

 大事な家族や親類まで、重い処罰を受けてしまう危険性があるのだ。


(なるほど、そう答えてきたか……なかなか面白いな……)


 唯一、オレだけは感心しながら聞いていた。

 たしかに強力な力を持つ勇者候補を、捕えて処罰を与えるのは難しい。


 だが家族たちには普通な力しかない。

『自分の大事な者が、国家総動員で犯罪者とされてしまう』それだけで候補生たちには、かなりの抑止力になる。


なかなか考えられた抑止力だ。


「そんな怖がらなくても大丈夫ですよ、皆さん。もちろん、普通に授業を受けて、常識的な生活をしていけば、処罰の対象にはなりません。それに、ちゃんと成果を出していった候補生には、国から恩賞もあります」


 教室内の雰囲気を察したのであろう。

 先生は恩賞に関して説明していく。

 恩賞システムは次のような感じだった。


 ・学園生活を無事にクリアできた候補生には、国から報奨金が支払われると。


 ・更に実家にも対応した恩賞が、国から支払われると。(例えば庶民の家なら、家族が一生不自由なく暮らしていける保証金。貴族なら金銭に加えて、名誉賞など)


 ・特に成績優秀者には更なる恩賞があると。


「「「おおー!」」」


 恩賞の話を聞いて、候補生は歓声を上げる。

 ここまで歓声を上げてしまうのも無理はない。


 何しろ恩賞のケタが普通ではない。

 しかも自分だけではなく、家族にも大きな金銭と名誉が与えられるのだ。


(なるほど、“アメとムチ”か……)


 先ほどの処罰とは正反対の内容。

 これで候補生の中で犯罪行為を行おうとする者は、いなくなったであろう。


(上手い人心掌握の技術だな、これは……)


 豪華な校舎と宿舎を用意して、生活費や学費は全て免除してやる。

 一方でこの処罰のように、違反者に対しては徹底的な厳しさを植えつける。


 人の心理を上手く理解した“アメとムチ”、の使い分けが、実に見事な塩梅だ。


(これを考えのはかなり頭のキレる奴だな……もしくは性格の悪い奴……学園のシステムを考えた奴は……)


 カテリーナ先生は教本を読みながら、生徒に説明しているだけ。

 システムを考えている大本は、他にいるのであろう。


「おい、恩賞だってよ……」


「ああ、これでウチも裕福になるぞ……」


「オレん家も、これで貧乏貴族から大逆転だ……」


 女教師の説明を聞きながら、候補生たちはなだザワツいている。

 かなりテンションがあがり、モチベーションも上がっていた。


 そんな中で、静かにしていた少女がいた。


(ん、サラ? どうしたのかな?)


 娘は下を見ながら、何やら呟いている。


(何を呟いているんだ、サラ? 【聞き耳】……)


 無斉唱でこっそり魔法を発動。

 誰にも気がつかれないように、サラの言葉を聞いてみる。


『恩賞か……それだけのお金があったら、うちも“普通の家”を建てることが出来るのかな……街にあるようなオシャレで可愛い家に……』


 サラもこっそり喜んでいたのだ。


 それにしても家に関することが、多いような気がする。


(そうか……やっぱり我が家が嫌だったのか……)


 我が家は、辺境にある石造りの塔。

 外見はかなり薄暗く、普通の家に比べて華やかさは全くない。

 年頃の女の子のサラは、不満を隠していたのだ。


(でも、あの家は普通じゃなんだけどな……)


 我が家の素材は、普通の石ではない。

 全てが魔力の込められた貴重な岩石によって、建設されていた。


 内部にも色々な仕組みが盛り沢山。

 現代魔術と建築技術の極意が込められているのだ。


 金額で換算したら、普通の屋敷のどころでない。

 王国貴族が住むような広大な屋敷よりも、我が家の塔にはお金がかかっているのだ。


(でも、年頃の女の子には、ちょっと恥ずかしいのかもしれないな……)


 だが所詮、見た目は古びた塔。

 サラは本当に恥ずかしかったのであろう。


(よし……いつか新しい家を建ててやるか!)


 大事な愛娘のために、一大決心をする。

 新しい我が家の建設作戦だ。


 まず建てる前に、学園生活の中でサラの好みを把握しておこう。

 卒業前にこっそり建設。

 戻って来たサラは、きっと大喜びするに違いない。


「それでは他に質問がなければ、この授業は終わりますが……」


「「「ありません!」」」


 面倒くさい教科が終わり、候補生たちはほっとしていた。


「そうですか。では、今日のこの後は、対人戦の近接戦闘の実技訓練があります」


「「「実技⁉ やったー!」」」


 そして歓声があがる。

 力を持て余した若者が大好きな授業……実技の授業があるのだ。


(実技か……、今度こそは、目立たないように気を付けないとな……)


 こうして気を使う授業の場所へ向かうのであった。

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