第3話禁呪

 家出した愛娘サラのために、“ある作戦“を思いつく。

 実施するため、我が家の地下に降りていく。


「我ながら厳重な結界システムだな、ここは?」


 目的地まで五重の結界をくぐり抜けていく。

 我が家の地下は、大陸でも一、二を争う厳重な警備の場所。


「ふう。ようやく着いたか。ここに来るもの久しぶりだな」


 目的の場所である最下層に到達した。

 特殊な金属の作った扉が、目の前にある。


「元気にしているかな、あいつは?」


 今回の作戦のためには“ある人物”の力が必要。

 協力を仰ぐために、ここにやって来たのだ。


「さて、中に入るとするか」


 何重もの扉の結界を解除。

 薄暗い部屋の中に入っていく。


 中はそれほど広くはない。

 部屋の真ん中に、大きな結晶が置かれているだけだ。


『ん? 誰じゃ?』


 結晶の中から人の声……幼女の声がする。

 今回オレが会いにきた人物の声だ。


「久しぶりだな、エギド。元気にしていたか?」


『その声は、マハリトか? 久しぶりじゃのう』


 声の主は “時空の魔神エギド”

 オレが約二十年前に倒して、ここに封印した魔神の一柱。

 見た目は角が生えた可愛い幼女だが、その力は強大。


 今は特殊な封印の水晶の中に閉じ込めているので、特に害はない。

 ちなみに魔神は、魔王と魔族とは別の存在だ。


 まぁ、今は、そんなことを説明している暇はない。

 とにかく交渉をして作戦を実行しないとな。


「お前に頼みがある」


『頼みじゃと? ところで、その姿はなんだ、マハリトよ? 前に見た時よりも、かなり若さを失っているが?』


「前にきた時から二十年近く経っているからな。人の加齢としては普通だ」


 魔神族の時間の流れはゆったりとしている。

 人にとっては長い年月も、こいつらにとっては一瞬のことなのだ。


『ふむ、人族というのは短命で不便な生き物じゃのう。それより妾(わらわ)に何の用じゃ? まさか雑談に来たわけではあるない?』


「だから、頼みがあるんだ。具体的には力を借りに来た。ほら、エギドは【時空魔法】は得意だろう?」


 “時空の魔神エギド”は、その名の通り時空の魔法を得意とする。

 人族や魔族では会得できない特殊な魔法を、魔神族は固有で使えるのだ。


『ほほう? 時空魔法じゃと? もちろん、妾(わらわ)の得意とする術じゃぞ!』


 エギドはドヤ顔で答えてきた。


 時空魔法は直接的な破壊力はない。

 その代わり世の中の摂理を書き換える強力な力がある。


 対象者に永遠の命を与えたり、死なない身体にしたり。

 この世界でもエギドだけが使える特殊な固有魔法だ。


「妾(わらわ)の一番のオススメは【完全長寿秘術】! これは最盛期の力と姿のままで、永遠の命が手に入るのだぞ!』


 エギドは【完全長寿秘術】を進めてくる。

 全盛期の姿と力を保持したまま、永遠の寿命を得ることが可能という。

 まさに人族の誰もが喉から手が出る、夢の禁呪なのだ。


「いや、それはいらない。永遠の命とか特にいらないから」


『な、なんじゃと? 相変わらず欲のない男じゃのう、オヌシは? それなら、どんな術が望みなのだ?』


「オレが望むのは【逆行転生の秘術】だ。ほら、自分が望む年齢に戻せる術があっただろう、お前には?」


【逆行転生の秘術】……今回、これがオレの作戦の要の術。エギドが使えることは、過去の研究で判明した。


「【逆行転生の秘術】じゃと⁉ オヌシは馬鹿か⁉ あれは欠陥だらけ術だと、オヌシも知っておるじゃろう!』


「デメリットがあるのは知っている。だが、それでも構わない」


【逆行転生の秘術】は任意の年齢に若返ることが出来る転生術の一種。

 だがデメリットも多い。


 一番は弱体化してしまうこと。

 肉体や魔力放出量が、未熟だった年齢に戻ってしまうのだ。


『オヌシは大馬鹿ものか⁉ 大賢者と呼ばれ、その力は魔王すら凌駕(りょうが)して、魔神である妾(わらわ)すら打ち倒した、オヌシの力が失われてしまうのじゃぞ⁉ 本当にいいのか、マハリト⁉』


「ああ、構わない。今はそんなものよりも“大事なこと”があるかなら」


 エギドの熱心な説得に応じるつもりはない。

 オレの目的は“当時の自分”に戻ること。

 そのために弱体化など、些細な問題なのだ。


『くっ……どうやら意思は固いようじゃのう、マハリトよ?』


「ああ、早くしてくれ。こっちは急いでいるんだ! 契約しただろう、前に?」


 早く準備を終えて、サラを追いかけないといけない。

 こんな所で油を売っている暇はないのだ。


『そうじゃったの……それなら、オヌシとの契約により妾(わらわ)の力を行使する……【逆行転生の秘術】を発動していくから、自分の望む年齢を思い浮かべるのじゃ、マハリトよ』


「わかった。年齢は……オレが十二歳……いや、十歳だったな、あの時は」


 頭の中で指定の年齢を思い念じる。

 今から三十年以上も前の昔の自分の姿……イメージとして思い浮かべる。


『時空の座標は定まったぞ、本当に覚悟は良いか、マハリトよ⁉ 本当に後悔はないか⁉』


「ああ、大丈夫だ。早くしてくれ」


『いくぞ! 妾(わらわ)の名は時空を司るエギド……魔神族の禁呪を今こそ発動する……』


 エギドから凄まじい魔力が放出。

 オレの肉体に注いでくる。


 おお、これは……大賢者であるオレですら初めて体験する、不思議な感じだ。


『いくぞ、【逆行転生の秘術】!』


 エギドが術を発動。


 オレは眩しい光に包まれる。


 目の前が真っ白になり、身体の感覚が消滅。


 ◇


 ――――しばらくして感覚が戻ってきた。


『ふう……成功したぞ。気分はどうじゃ?』


「そうだな。すこしクラクラするが悪くはない」


 今のところ全体的に脱力感があるが、不快感はない。

 むしろ術が成功して、達成感の方が大きい。

 これで作戦の第一弾が成功したと。


 どれ、本当に若返ったから確かめてみないとな。


「【鏡面(ミラー)】!」


 生活魔法で全身鏡を設置。

 ついでに魔法で明かりも灯して、部屋を明るく。

 自分の全身を確認してみる。


「ほほう、これは凄いな。本当に昔の自分に若返っているな」


 自分の姿に、思わず声を上げる。

 鏡に映っているのは、間違いなく若かりし頃の自分。

 年齢は予定通りの十歳なのであろう。


「はっはっは……昔のオレって、こんなガキっぽかったんだな」


 鏡の見ながら苦笑いする。

 何しろ幼い自分が鏡に映っているのだ。


 身長も小さいし、ひげも無くない。

 顔も幼くなっていて別人のようだ。


 あと、手足も細くて小さい。

 さっきまで着ていたローブは、ぶかぶか。

 なんか変な感じだ。


「あと、魔力も弱くなっていないか、これ?」


 先ほどから発動させる術の魔力が弱い。

 特に魔力放出量の調整がおかしいぞ。


『ふん、だから言ったじゃろう。今までの記憶あっても、オヌシが子どもの頃に戻ったんじゃ!』


「そうか、そういうことか、どれどれ……調べてみるか」


 自分自身の能力を確認していく。


 ――――◇――――◇――――


 ・筋力や生命力など肉体的な能力は、大人の時に比べて十分の一に減少


 ・魔力放出量は五分の一に減少


 ・魔力蓄積量は半分に減少


 ・今まで極めてきた術は覚えているが、魔力放出量が減少したために、上位魔法より上の階級は“使用制限中”となっている。


 ――――◇――――◇――――


 ざっと確認してみたところ、こんな感じで能力ダウンしていた。


 特に戦闘能力に関しては、大人の時に比べて大きく弱体化。


「これくらいなら、まっ、いっか」


 だが普通に生活していく上では、この程度の弱体化は問題ない。

 魔法も中位まで使えるから、ある程度の自由は利く。


 何より逆行転生は成功していたのだ。

 よし、これで準備は整ったぞ。


「サンキュー、エキド」


『それほどまで弱体化して喜ぶとは、相変わらず変な奴じゃのう、マハリトは』


「そうか? アレ、口調が?」


 肉体が若返って、口調まで昔に戻ってきた。

 これも“逆行転生の術”の影響か?


 まぁ、子供の身体で大人口調よりも違和感はない。

 少し変な感じがするが、慣れていくしかないな。


「じゃあ、行ってくる。エギド、またそこで寝て」


『ああ、そうさせてもらう。ところで、そんな姿になってまで、どうするつもりじゃ?』


「これからか? それは……」


 エギドには禁呪を使ってもらった恩がある。

 今回の壮大な作戦を教えておこう。


「答えはコレだ」


 オレの右手の甲を見せる。

 浮かんでいたのは、サラと同じ聖刻印。


 これこそが今回の逆行転生で、どうしても手に入れたかったものなのだ。


『それは、勇者候補の聖刻印か? まさか、オヌシ⁉』


「ああ、もう一回、勇者養成所……今は“勇者学園”だっけ? そこに通ってくる。じゃあな!」


 たとえ禁呪を使ったとして聖刻印さえあれば、勇者候補として見られる。

 つまり娘と同じ勇者候補に入学出来るのだ。


「サラ……待っているんだぞ!」


 こうしてオレの壮大な作戦……『勇者候補となった娘を、近くで見守る大作戦』はスタートするのであった。


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