ネタバレ注意!

春夏あき

ネタバレ注意!

『次ノ予定ハ宇宙開発局局長カーン氏トノ会食デス』

「わかった、そこへやってくれ」



 返事をすると、先ほどまで停止していたエア・カーがぎゅんっと加速した。ベルトが自動的に腰に装着され、程よい加速感で背中が座席に引き付けられた。

 俺は座席に腰かけたまま、で今日の予定の確認を始めた。右手でいつも通りのジェスチャーをすると、ブンッという音がして俺の側頭骨辺りに埋め込まれているマイクロコンピュータが起動した。途端に情報の奔流が神経細胞を伝って、マイクロ秒単位でネットワークを構成する。視神経に紛れ込んだ微弱な電気信号は俺の視界内だけに存在するディスプレイを作り出し、ニューロンを繊細につなぎ合わせた細胞回路は普段機能していない大脳の一部分を活性化させた。

 こうなれば、脳は最早一つのデバイスだ。大量の容量を持ち、生まれながらにして複雑な演算を可能なそれは、人類が平等に持つコンピュータなのだ。

 しかし、そのままではコンピュータとしての使用はできない。いくら素晴らしい臓器だと言っても性能はスーパーコンピュータには劣る。そこで開発されたのがこのマイクロチップというわけだ。一度手術で脳へ埋め込めば、あとは決められた動作をするだけで勝手に脳をコンピュータへ作り変えてくれる。脳は普段一部の機能しか使われていないという研究結果があったが、これはそれを解決してくれる。チップから放たれた微弱な電気信号は脳を駆け巡り、神秘的なその臓器の秘めた力を最大限解放してくれるのだ。そうなればもう、脳はスーパーコンピュータと同等かそれ以上の働きをしてくれる。

 昔は一部の人間しかこの力を味わうことができなかったが、数年前からは誰でも無料で手術を受けられるようになっていた。そのかいもあり、現在地球上の98%の人間は脳にチップを埋め込んでいる。残りの2%ですらも、体力的に手術ができない人や、チップへのアレルギーを持っている人という状態だ。



「12時から会食、14時には本社に戻って、16時から会議への出席。……今日は忙しい一日だな」



 そのお陰で、人類はこれまでにない飛躍的な進化を遂げた。元々技術革新がすさまじかった人類は更なる技術革新を起こし、今や地球全体が技術的な飽和状態になっているのだ。様々な病気への特効薬。SDGsのような地球規模での問題。資源や宗教、仲たがいから起こる戦争。そしてエネルギー。これらのような問題は、チップによって活性化された脳によってすでに解決され、地球には安泰が満ちていた。

 エア・カーは、眼下に広がる街並みを捉えながら、空をグングン進んでいく。他にも数台エア・カーが走っていたが、渋滞になる程度ではなかった。このままだと早く着きすぎてしまうかもしれないなあと考えながら、俺は座席に腰かけていた。

 しかし、その順調な歩みは突然終わりを告げた。エア・カーのエンジンが切れてしまったのか、突然ガクンと停止してしまったのだ。そうなればあとは重力に従うのみで、フロントガラスを正面にして真っ逆さまに落下していく。あっという間に窓からビルが見える高さまで落ちてしまう。「危ない!」と思った時には緊急装置が作動して、トランクからパラシュートがばさりと展開された。

 エア・カーはふらふらと落下を続け、オフィス街のど真ん中に落下した。他のエア・カーも似たような状態で、空には何台かがパラシュートにつられてふらふら浮いていた。俺は一体何が起こったのかと、慌てて右手でジェスチャーをした。ニュースサイトにログインして、何かしらの情報を探るためだ。

 しかし俺は、情報を探ることができなかった。ジェスチャーをしたのにも関わらず、コンピュータが作動しないのだ。それは周りの人も同じ状態らしく、個人に割り当てられたジェスチャーを繰り返しながら、不思議そうな顔をする通行人が何人もいた。どうやら俺個人の問題ではないようだった。



「一体何なんだ?」



 ネットワークの問題なのだろうか。確かに地球上に網のように張り巡らされたネットワーク回線は、時々遅くなることがある。けれどもそれは、大抵が1000分の1秒単位で修復されるような問題だった。こんな風に何秒も通信ができないというのはありえない話なのだ。

 いつの間にか道路には人が増えていた。ビルの中にいた人たちも繋がらないのか、そこかしこの入り口からわらわらと出てきている。彼らは同じような人影を見つけるとそこへ歩み寄り、今の状況を話し込んでいた。四六時中ネットが使える状態だった人間にとって、ネットが使えない今の状況はたまらなく不愉快なのだ。俺もその一人で、彼らのグループにでも混ざろうかとエア・カーのハッチを開けた。

 その途端、頭の中に異音が響いた。黒板を爪でひっかくような、鉄板に針で傷をつけるような、形容しがたい不快な音が脳みそいっぱいに響いたのだ。俺はたまらなくなって座席へ転がり落ちた。頭をかかえてぎゅっとうずくまる。それでも音は消えず、額に脂汗を滲ませながらじっとその状態で耐えるしかなかった。

 音は相変わらず鳴り響いていたが、それは変化していた。ラジオのチューナーをひねるかの如く、徐々に音が落ち着いていく。そしてそれは次第に意味を持ち始めた。声だ。今や頭に響いているのは騒音ではなく、意味のある言葉だった。



『失礼しました、地球語への変換に手間取ってしまったもんで。私は遠い星からやってきた……あなた方の言葉で言うところの宇宙人です。以後お見知りおきを』



 第一声はそれだった。正直俺は信じられなかった。何かのいたずらだろうと思った。だがチップは脳に内臓するデバイスということもあり、ネットワークは非常に強力になっている。腕の立つハッカーであろうと、政府の管理しているこの防御壁は絶対に越えられないはずなのだ。それに仮にそれを超えたとして、やるのがこんな些細ないたずらなのだろうか。やはりこれは本物の宇宙人なのかもしれない。と、そこまで考えたところで、彼(彼女?)は話を再開した。



『今日はですね、地球を侵略しにきたんですよ』



 あまりにも簡単に言うもんだから、俺はポカンとしてしまった。それは周囲の人も同じようで、皆あっけにとられたような顔をしていた。



『ああ、安心してください。別に物理的な破壊をするつもりはありませんよ。そんなことをすれば、我々が地球を利用するときに困りますからね。今回は新兵器のお披露目も兼ねていますから、喜んでいいんですよ?』



 彼の話によると、どうやら人口の増加で星が手狭になり、新しい移住先として地球を見つけたというのだ。それでもにわかには信じられないことだった。いきなりやってきて先住民に出ていけというのは我々の得意技ではあったが、いざされる側に回ると途端にどんな反応をすればいいのかわからなくなったのだ。



『どうせすぐ後に絶滅する運命ですから、私がこれから使う兵器について話しましょうか。その正体はですね、あなた方の言葉で言うところのスーパーコンピュータです。……ああ、どうかがっかりしないでください。我々のものはあなた方のもののように、貧弱なものではないのです。これを使えば、無間の底の深さですら求めることができるのですよ。

つまり何が言いたいのかと言いますとね、あなた方の研究は間違っていたんです。粒子は確かにマクロ的には量子的振る舞いをしますが、更なるミクロの世界では位置や状態は固定されているんです。これは四次元空間への干渉やスーパーポジション等々から説明ができるのですが……詳しいことは省きましょう。これらのことから、粒子一つ一つの情報が分かれば、その後の動き、つまり未来を予測することができるんです。



 ビル風が辺りを吹き抜ける。先ほどまで混乱していたはずの人々は不気味なほどに静まり返っていた。恐らく地球上の全員がこの声を聞いているのだろう。



『我々は更なる次元への干渉を可能にしました。それにより、上位次元から三次元の粒子を観測することは容易になったのです。さすがに宇宙全体はカバーしきれませんが、地球程度ならすぐにできましたよ。

これだけ言っても信用できないでしょうからね、なにか例を言いましょうか。

……そうだなあ。例えばアメリカでは、今年中に何らかの影響で死ぬ人間が1,139,078人います。本当にこの通りですよ。多くも少なくもなく、きっかりこの人数だけが死にます。それから、今年の夏、日本には台風が四つ上陸します。その内二つは九州に甚大な被害を与え、一つは関東に猛威を振るい、最後の一つは北海道まで上陸してきます。気圧はそれぞれ「925hp」「910hp」「983hp」「977hp」です。こちらもきっかり同じです。今言ったとおりの気圧が出ます。

まあこれが正しいか確認できることはないんですがね。私が今から、あなたたちに人類の行く末を教えてあげるからです。

小説はなぜ面白いのでしょうか?それは結末を知らないからです。

ゲームはなぜ面白いのでしょうか?それは結末を知らないからです。

まだ見ぬ結末を求めて、人々は娯楽を娯楽として享受します。ワクワクドキドキしながら先へ進み、まだ見ぬ結末を暗中模索するのです。ならもしも、完結する前に結末を知ってしまったらどうなると思います?

私は今から、あなた方に人類史の結末をネタバレするのです。勿論道中もしっかりとね。ああ、拒否することはできません。あなた方が装着しているチップを通して、脳に直接記憶を植え付けるからです。それでは皆さん、さようなら』



 途端、頭の中に膨大な記憶の奔流が流れ込んできた。年号と出来事。事件と事故。技術革新と人々の暮らし。植物と気候変動。新聞はパラパラ漫画のようにめくられ、ニュースは倍速で流れる。金色に輝くそれは脳にどうどうと流れ込み、チップによって拡大された記憶領域にしっかりと結びつけられた。ある種サヴァン症候群のようなこの状況は、人類に決して消えない記憶を植え付けた。人類は、何かが剝落していくのを感じた。

 その後、地球は瞬く間に荒廃していった。我々が向かうところを知ってしまった人類にとってもはや生きることは意味を無くし、日夜ひたすらに閉じこもることしかできなくなってしまったのだ。少なからず以前と同じように動こうとした者もいたが、焼け石に水で全く意味がなかった。経済はみるみるうちに崩壊し、社会は壊れてしまった。食べることも飲むこともせず、人々は次々に餓死で死んでいく。より絶望が深い者たちは自ら命を断ち、地球全体の死者数は加速度的に増加していった。そしてとうとう最後の一人が死んでしまった時、地球は究極的な静寂に包まれた。鳥や獣は物珍しさに街へ出てきたが、新たな支配者を見るとすぐに森へ帰って行った。

 こうして、1億8千万年にわたる人類史は幕を閉じた。それも強力な兵器などではなく、たった一台のコンピュータによって。

 地球は相変わらずきらびやかに光っていたが、その光は、以前とは少しだけ違うように見えた。

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