第5話 未来の蓮くん、格好いいじゃない


 二階建の古びた文化住宅。

 それがれんの初めて見た光景だった。


「……何て言ったらいいのかな。中々趣のある建物で」


 隣にあるコインランドリーの窓ガラスで、自分の姿を確認する。

 制服姿だった。


「ま、まあ、これはこれで……10年後のれんくんへのご褒美ということで」


 そう言って苦笑いを浮かべる。

 その時、ミウの声が聞こえた。


「無事到着したみたいだね」


「ミウ? よく分からないけど、ここが10年後の未来なんだよね。今とあんまり変わってない感じだけど、まあ10年ぐらいだったらこんな物なのかな」


「それもあるんだけど、説明してなかったね。ここでのれんちゃんの目的は、あくまでも未来の君たちを見ること。だかられんちゃんのいる時代になかった物とか、変わってる物。そういうのは自然と受け入れられるようにしてるんだ。例えば携帯電話とか、かなり変わってるよ。でもれんちゃんは、それを当たり前に使うことが出来る。その方が、目的を果たす上でいいと思ったからね」


「そうなんだ。色々気を使ってくれてありがとね。それでミウ、今どこにいるの」


「僕のことは気にしないで。さっきも言った通り、僕はずっとれんちゃんを見守っている。困ったことがあったらサポートもする。でも基本、れんちゃんの前には現れないつもりだから」


「そうだったね。私ってば、もう忘れてたよ」


「あははっ。それとれんちゃん、僕と話す時、声を出す必要はないからね」


「そうなの?」


「うん。僕の声、れんちゃんの頭に直接響いてると思うんだ。れんちゃんも僕と話す時、頭に思い浮かべるだけで大丈夫だから」


「……またすごいことを聞いたような……でも分かった。ミウがそう言うんならそうするね」


「ありがとう、れんちゃん」


「それでミウ、ここはどこなのかな。私の街じゃなさそうだけど」


れんくんと会いたいって言ってたからね、一番早く会える場所に連れて来たんだ。ほら、そろそろ来るよ」


「え……」


 ミウにそう言われ、れんの胸の鼓動が早まってきた。

 れんに会うのは、キスをしてから初めてだ。

 そう思うと、急に緊張してきた。





「……」


 細い一本道を歩いてくる男。

 れんの頭一つ分ぐらい背の高いその男は、少し猫背気味で鞄を肩から下げていた。

 口元から時折息が漏れている。疲れている様子だった。

 彼はれんの姿を認めると立ち止まり、うつむき加減だった視線をれんに向けた。


「……久しぶり、だね」


れんくん……」


 両手を口に当て、頬を紅潮させたれんがそうつぶやいた。


 黒木蓮司くろきれんじ。大好きな彼氏の、10年後の姿だった。





「汚い所でごめんね」


 鉄製の階段を上り、二階の一番奥の部屋に。

 鍵を差し扉を開けた蓮司れんじが、申し訳なさそうにそう言った。


「気は使わなくていいからね、遠慮せず入って」


「は、はい。ありがとうございます」


 いつも軽口をたたいてる幼馴染なのだが、今目の前にいる彼は、自分より10歳も年上なんだ。そう思うと、思わず敬語になってしまった。

 そんなれんに穏やかな笑みを向け、蓮司れんじが靴を脱いで中に入っていく。


 古びた電灯にぶら下がっている紐を引っ張り、電気をつける。


「適当に座ってて」


 そう言うと蓮司れんじは鞄を下ろし、台所に向かった。


「おじゃま……します」


 恐縮した面持ちでそう言うと、れんも中に入り、丸テーブルの前に腰を下ろした。


「麦茶でいいかな」


「は、はい、大丈夫です」


「ははっ。だから、そんなに緊張しなくていいよ。君から見ればおじさんなんだろうけど、僕らは幼馴染の間柄だろ? 普段通りにしてくれた方が嬉しいよ」


 台所から麦茶を持って来た蓮司れんじが、グラスを差し出しそう言った。


「……ありがとうございます」


 れんくん、10年経ったらこんなに大人っぽくなってるんだ。それに……こんな優しい笑顔を向けてくれるんだ。

 れんが照れくさそうにうなずき、グラスを受け取った。


「今の僕が呼び捨てで呼んじゃうと、少し乱暴な感じになってしまう。だから君のこと、れんちゃんって呼んでいいかな」


「は、はい」


れんちゃんは10年前の過去からやってきた。そういうことでいいんだよね」


「はい、そうです。れんくん……ごめんなさい、私もれんくんのこと、蓮司れんじさんって呼びますね。蓮司れんじさんは今の状況、どこまで理解されてるんですか」


「仕事から帰ってる途中で、急に頭の中に色んな情報が入って来たんだ。中々面白い感覚だったよ。しかもそのことを拒絶出来ず、全部受け入れてしまう。精霊の力、思い知ったよ。

 君は10年前のれんちゃんで、精霊の力でこの世界にやってきた。目的は、未来の僕たちがどうなってるかを見ること。

 そしてれんちゃんは、僕と花恋かれんにしか認識出来ない存在」


「はい、そういうことです。と言うか、花恋かれん?」


 自分のことを花恋かれんと呼ぶ蓮司れんじに、れんは違和感を感じた。


「ああ、うん……大学に入ったぐらい、だったかな。名前で呼び合うようになったんだ」


「そうなんですか……」


 れんが少し残念そうな顔をした。

 お互いに「レン」と呼び合うの、結構気に入ってたのにな。そう思いながら、麦茶を口にする。


「でも、ははっ……何て言うか、自分たちがどうなってるかを見たくて、わざわざ時間旅行タイムトラベルしてくる。やっぱりれんちゃんは面白いね」


「そうでしょうか」


「うん、面白いと思う。そんなれんちゃんだから、僕は好きになったんだと思う」


 そう言って微笑む蓮司れんじに、れんは赤面してうつむいた。


「あ、あのその……蓮司れんじさん、髪、切ったんですね」


「え? ああ、髪ね……就職活動の時にね」


 れんは子供の頃から、ずっと長髪だった。肩に届くほどの長さで、耳が見えたことが一度もなかった。

 前髪も長く、よくれんから「そんなに前髪があったら、視力が落ちるよ」とからかわれていた。

 しかし今の蓮司れんじは、両サイドが刈り込まれ、前髪も額が見えるほどに切り揃えられていた。

 長髪のれんのことも好きだったが、髪型のおかげでどこか陰のある雰囲気があった。

 しかし今の蓮司れんじを見ていると、覇気の無さは残ってるものの、れんをしっかり見つめる視線に力強ささえ感じられる。


「就職活動の時に」


「うん。でも全然うまくいかなくてね、大変だったよ」


「今のお仕事って、その」


「今は工場で働いているんだ」


「そうなんですか」


 意外な答えに、れんが驚きの声を上げた。


「うん。昔ながらの工場でね、夏は暑いし冬は寒いし大変だよ。ヘルメットもずっとかぶったままだし、まあそういう意味でも切っておいてよかったと思ってる」


「そうだったんですね……でもその髪型、いいと思います。ちょっとだけ、その……男らしいって言うか、格好いいです」


「ははっ、高校時代のれんちゃんに褒められるなんて、僕も嬉しいよ」


 小さく笑い麦茶を口にする蓮司れんじ

 そんな蓮司れんじを見るれんの中に、一つの疑問が生まれていた。



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