【14-3】 そんな…あの笑顔の裏には…




 結花が帰ってくると喜んだ2カ月前、偶然に結花のお母さんに会うことがあった。


 その時に、彼女のお母さんは、「今度こそ無事に生まれてくれるといいね」と言ってきたんだ。


 あたしがきょとんとしていると、少しばつが悪そうに、「千佳ちゃんだから、話しても結花も許してくれるわよね」と場所を移して小声で打ち明けてくれたんだ。


 結花は前年の春先に流産を経験してしまったのだと。


「そんな……」


 アメリカに行って、もうすぐ2年となるときに、結花が妊娠したと実家に伝えられた。初孫妊娠の報告に両家の実家とも大喜びだったそうだ。


 しかし、それはしばらくして悲報に変わった。わずか3カ月目で流産の診断を受けてしまった。


 病院で処置を受けて退院した結花は、食事も会話すらできないほど落ち込んでいたという。


 旦那さんでもある小島先生は、そんな結花を実家で休ませるために一時帰国をさせることにしたらしい。


 成田空港の到着ロビーで結花を出迎えたご両親に、結花はその場で泣き崩れて謝ったという。


「そんな! 結花に落ち度なんてないですよ!」


「そう。あの子に落ち度なんてないのよ。謝ることなんてないって」


 妊娠3カ月頃の流産は珍しいことではない。結花の体を検査しても、赤ちゃんにも見た目には異常は無かったそうだ。


 原因が分からないけれど、その子は空に帰ることを選んでしまった。


 約1ヶ月の最初の内、結花は毎晩泣きながら過ごしたと聞いた。


 赤ちゃんを守れなかった、母親失格だと自分を責めていたと。


「結花……、なんでも自分が悪いって……。昔からひとりで背負い込むから……」


「さすが千佳ちゃんね。そう、あの子はそういう子だから……。妊娠は本当にどの時期にもリスクがあるわ。結花自身も早産だったし、生まれる前に何度も危ないときがあった。それを教えてこなかった私たちにも責任はあるのだけれどね」


 そうだったんだ。結花にも本当は上にお兄さんがいて、でも生まれてくることができなかったと初めて知った。結花から聞いたこともない。


 ご両親と一緒に、そのお兄さんをとむらったお墓にお参りしたそうだ。


「結花……」


「『お兄ちゃんに会いたい』って聞いたときは、正直ヒヤリとしたわ……」


 それ以上は言葉を濁したけれど、あたしは直感で、結花が自分で命を絶とうとしたことがあると悟った。


「そのとおりよ……。時期は違うけどね。まだ小島先生にも話していない。でも今回その心配は無用だった。妹から空のお兄さんに、自分の娘を導いてくれるようにお願いをしていたの。いつの間にかあんなに強い子になっていたのね……」


 その次の日から結花は心配をかけたと周囲にお詫びをしながら立ち直ったという。


 きっと、無理をしていた部分もたくさんあったのではないかとお母さんは当時を振りかえっていた。


 そして、休日を利用してアメリカから迎えに来た先生と一緒に出国していった。


『次は頑張るよ』と泣きそうな笑顔で最後に言い残して手を振りながら……。


「千佳ちゃん、もし結花の様子が変だと思ったら、すぐに私たちにも連絡をしてくれる?」


「分かりました」


 お母さんはあたしの手を握って頭を下げたんだ。

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