【14-2】 帰国は嬉しい知らせだった




 あの日から2週間後、あたしは結花と横浜市内の駅で待ち合わせた。


 そこからバスに乗って終点にある団地が結花たちの新しい住まいだという。


「ここからなら、先生もバスで1本だからね。実家からも1時間あれば来られる範囲だし」


 団地というと、あたしにはよくテレビなどでニュースになる老朽化した建物を想像してしまうけど、ここは違っていた。


 全面リフォームされていて、住民も若い世帯が多いように思えた。


 公園の遊具も新しくされているようで住みやすそうな街づくりになっている。


 後で聞いて分かったのは、リニューアルのモデルケースとして大規模に再開発をされた一画だということ。


 子育て世代に優しい地区としての実験的住宅街ということだ。子育て世代をベースにしておけば全世代に応用が利くということなのだろう。


「一昨日ようやく全部の家電とか家具が揃ったんだよ。むこうに行くときに、私はまだ実家だったし、先生の荷物もみんな処分しちゃったからね」


 鍵を開けて部屋に入ると、まだ新品の匂いがした。


 注文は帰国したあとにすぐお店に行ったけれど、それが全て整うまでしばらくかかったと。それまでは、先生はこの部屋で暮らして、結花は先週までは横須賀の実家で過ごしていたんだって。


 その間に先生は生活の準備をしながらも、冷蔵庫がない不便な生活を強いられてしまったのは少々気の毒な話だ。


 それを心配した結花に、近所のドラッグストアがお総菜なども扱ってくれているので助かると話していたらしい。


 それでも、あたしが小学6年で横須賀に転校するまで過ごしていた団地よりは段違いに過ごしやすそうだ。


「結花、この部屋って入るの難しかったんじゃんじゃない?」


「うん、条件あったけど、たまたまそれに当たってたから」


 そうだ、この地区は子育て支援地区。それが前提だから、子どもがいなければならない。


 そのとき、あたしは先日から気になっていたことを確かめたくなった。


「結花、ごめんちょっと立ってくれる?」


「うん?」


 結花が立ち上がる。今日は丸襟のブラウスに、ライトグレーのジャンパースカートをゆったりと着ている。


 昔からワンピース姿が多かった結花だったけれど、その時以上に服のラインがゆったりしていた。


 アメリカでの生活で太ったわけではなさそうだ。それなら、顔や腕を見れば分かる。


 胸も3年前に比べれば少し大きくなっているようだし。


 探るようなあたしの表情を結花は優しく笑ってくれた。


「ちぃちゃん……」


 あたしの右手をそっと取って、結花は自分のお腹にそっと当ててくれた。


「結花……、やっぱり? ほんとに?」


 やっぱり間違いない。先日の再会のときに結花のお腹が少しだけど膨らんでいたのに気づいた。新しい命が育っている証だといいなと密かに思っていた。


 結花はテーブルの上に置いてあったトートバッグから、薄い本を取り出した。母子手帳と印刷された表紙をめくった最初のページには、父親に小島陽人、母親には小島結花と書いてある。


「頑張ったねぇ、結花ぁ……!」


 あたしも自分のことのように嬉しい。


 高校生の時に、卵巣の片方を摘出する病に患った結花は、もしかしたら子どもは厳しいかも知れないと覚悟していたのをみんな知っているから。



 それに、結花はあたしの知らないところで悲しみから再び立ち上がっていたんだもの。

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