3話 はじめて手をつないだ夕暮れ

【3-1】 こんなタイプの学級委員もいたんだ…

<出会いの小6>




 あたし、佐伯千佳にとって、原田はらだ結花ゆかちゃんは親友であり戦友であり、そして妹といってもいい関係だった。


 あたしたち二人が出会ったのは、もう10年前になる。小6で父親の転勤都合で引っ越してきた初めての土地。


 小学校6年生ともなると、1年生からずっと一緒のチームなんてのもいるから、教室内にはある程度のグループ分けが出来ている。


 そんな環境に突然転校してきても、なかなか親しい友達が出来ることもないだろうと思っていたし、中学になるまでは我慢だとさえ思っていた。


「佐伯さん、学級委員の原田結花です。よろしくお願いします」


 緊張でカチカチの自己紹介が終わって、一番最初に声をかけてくれたのが、横の席に座っていた結花ちゃんだった。


 名札のところに付いている委員のバッジでそれは分かる。


 でも彼女はあたしの知る限り、これまで経験したり想像してきた学級委員のイメージを根底からひっくり返した。


「6年生で引っ越しと転校なんて、大変だったよね。中学生になるのを待ってというならよく聞くけど……」


 なんだろう、このふんわりと柔らかく包まれるような感覚は。


 高学年の学級委員ともなると、それなりに中途半端なリーダーシップとやらを発揮して、自分に従わせるような場合も多く見てきた。


 このクラスの学級委員長である結花ちゃんは誰に対しても絶対にそんな素振りを見せなかった。


「原田さん! チョークなくなってるよ!」


「はぁい。すぐ持ってくるね。ごめんなさい」


 休み時間、黒板に落書きしている大柄な女子グループから言われても、結花ちゃんは嫌な顔ひとつせず、廊下のチョーク置き場から新品を持ってきて彼女たちに渡し、さらに授業用にセットしていく。


 チョークを何本も持ってくれば手だけでなく服だって汚れてしまう。


 その服装だって、他の子とは違う。


 小学生では汚れることが前提だから、ふつうの日はお洒落に着せてこない家庭が多い中で、彼女はアイボリーのブラウスにリボンタイ。焦げ茶色のアーガイルチェックのカーディガンと、グレーの膝丈キュロットスカート。あたしから見れば良家のお嬢さまスタイルだ。


 クラスの誰を並べてみても、間違いなく結花ちゃんの方が年上に見えるだろう。


「平気。チョークの粉なんてすぐに取れるから心配しないで?」


 穏やかな顔で袖口の粉を取っている様子を見ていたあたしは、何故か怒りすら湧いてしまった。


「なんで?」


「だって、クラス委員の仕事だし。鈴木さんたちに言われたら断れないよ」


 それを見ていた同じクラスの子に聞いても、「いつものこと」という感じで肩をすくめてしまった。


「マジか……」


 もやもやとした物が心の中に湧いている中、チョークの粉の処理を終わった結花ちゃんがハンカチをスカートにしまっている。


「忘れちゃってた。失敗失敗」


「委員じゃないと取って来れないの?」


 席に座った結花ちゃんに質問をしてみる。


「そんなことないよ、気づいた人誰でもいいんだよ」


 やっぱりそんなことはどこにも書かれていないじゃないか。


 そんな。6年生の学級委員ともなれば、みんなの代表としていろいろと役目を果たしてくれているってことなのに。授業で先生が使う分ならまだしも、自分たちの落書きのために命令するなんて。


「だったら自分で持ってくればいいのに……」


「ううん、これが私のお仕事だもん」


 「いまどき、本の中に出てくるような子が本当にいるんだ」が、彼女に対するあたしの第一印象だった。

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