秘め事 【勇騎視点】

「……はぁ、はぁ、くくっ、なぁ先生よぉ? もうそろそろしんどくなって来たんじゃねぇの? 汗でシャツがびしょびしょじゃねぇか」


「……はぁ、はぁ、はっ、筋肉んこそ。タンクトップがすごい事になってるけど? 降参するなら今のうちだぞ?」


「へっ、ぬかせ。オレはまだまだ余裕だっつーの」


「……お、俺だって、まだまだ余裕だし……」



 ……あぁ、嘘だ。

 実はもう体力の限界が近い。


 俺と筋肉んが打ち合い始めてから……あれから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか?

 そんな時間の感覚すらわからなくなるくらいには俺も筋肉んも体力を既に消耗しており、喉は渇き汗も滝のように滴り落ちていて、足下もおぼつかないような状態だった。

 しかしそんな状態でも俺達は未だに一歩も引かず、互いにその武器えものを振り続けていた。


 汗と汗が激しく飛び散りあう……そんなむさ苦しい光景を周囲はまるで男と男の真剣勝負、熱き決闘者デュエリスト同士の戦いだとでも言わんばかりに固唾を飲んで見守っている。


 ……いや、確かに俺が調子に乗って一人で斬り込んだのがそもそもの原因だけどさ。

 そろそろお爺さんぐらいは手伝ってくれてもいいんじゃないだろうか?


 俺と筋肉ん……今のところ互いのスピードがほぼ互角である以上、後は体力勝負になるのは必然な訳だが……筋肉んの方が有利なのは誰の目から見ても明らかだ。


 そもそも俺はあれ以来、たまに近くのコンビニに行くぐらいしかしていないほぼ引きこもりニートだったのだから。

 だから例えこの刀がな力を持った刀であったとしても……どうやら俺のこのモヤシ体力まではどうにも出来なかったという事なんだろう。


 筋肉んの方も俺の体力が限界である事が分かっているのか、自身も物凄い汗だくになりながらも未だ自信に満ちたドヤ顔を披露してくれる。

 しかもそれを証明するかのように、筋肉んの打撃はとても重く鋭かった。


 ……くっ、どうする?

 とりあえずこの危機的状況を打開する為には……やはりどうにかして筋肉んの気をそらし、反撃の隙を作るしかないっ!


 俺は筋肉んの攻撃を避けながらも必死に脳みそをフル稼働させ、今まで生きてきた中での経験則から筋肉んみたいな男が興味ありそうな事柄を連想する。


 そして、ようやく一つの答えを導き出したっ。


 ……よし、これならいけるっ。

 これならきっと、いや確実に筋肉んの気を逸らせる筈だっ。


 俺の予測は……既に予言だっ!



「あっ! あんな所に17段階調整可変式バーベルがっっ!!」



 俺は意気揚々と叫びながら明後日の方向へと指を差す。

 しかし、なぜか筋肉んのシャベルは止まる事無く俺に襲いかかり、俺はあわててその隙だらけの指差しポーズを解除してギリギリの所で攻撃を回避した。


「……っ、そ、そんなバカなっ! 無反応だとっ!?」


 信じられないといった表情を浮かべ困惑する俺に、筋肉んは攻撃を続けながらもニヤつきながら答えてくれる。


「ぷっ、く、くくく、なぁ先生よぉ。あんた教師のくせに実はバカなんじゃねぇのか? いくらオレが筋肉むきむきだからってバーベル好きだなんてよぉ……安直過ぎなんだよっ!」


「そ、そんなバナナ……」


 筋トレが好きじゃないマッチョメンがいたというその衝撃の新事実に、脳内では除夜の鐘のような鈍く重たい音が鳴り響き、先ほどまでの俺の自信を粉々に打ち砕いていく。

 だがそんな失意の俺に更に追い打ちをかけるように、筋肉んはイヤらしく微笑みながら続ける。


「ははははは、残念だったなぁ先生っ。ちなみにオレが大好きなものはなぁ、プッティン出来るタイプの、ぷるぷるプリンなんだよっっ!!」


「か、カッチカチ筋肉とは真逆の……プルプルデザートだとぉぉっっ!?」


 自身の好物を高らかに宣言する筋肉ん。

 その凄まじい気迫によって、俺はまるで巨大プリンがその魅惑のボディを揺らしながら次々と自分の上に落ちて来るかのような錯覚におちいる。


 まさにぷるんぷるん天国っ!


 しかもあろう事かその幻覚のせいで、逆に俺の方が隙を生み出してしまったのだった。


 当然、その隙を筋肉んが見逃すはずもなく、勢いよく俺の右腕目がけてシャベルを振り下ろす。

 俺は今まで両腕で刀を振るいなんとか筋肉んの強攻撃を受け止めてきた。つまり今……片腕でも失えばもはや俺に勝ち目はない。


 くっ、ここまでか……っ!?


 ……だけど、絶望し諦めかけたまさにその時。

 まるで、運命の神様が俺に味方するかの様には起こった。



 突如、城の階下の方からとてつもなく大きな、まるでかのような激しい揺れが俺達を襲う。



 勝利を確信し余裕満載で攻撃を繰り出していた筋肉んだったが、それ故にこの予期せぬ出来事に咄嗟に対応できずその体勢を崩してしまう。


「うぉ、なっ、何だよこりゃっ!? 耐震偽装による建物崩壊かっ!?」


 それでもなんとか空いた方の手を地面につき、必死にその巨体を支えていた。


 だけど、俺はこのチャンスを見逃しはしない。


 勿論俺自身も下で何が起こったのかは分からない。だがそれよりもこの状況が好機だという事を瞬時に判断し、何とか踏み止まりながらも即座に次の行動に移す。



「……お爺さんっ、刀を貸して下さいっ!」



 俺は隙の出来た筋肉んの首元目掛けて刀を振り下ろしながら、同時にお爺さんに向けてそう叫んだ。


 すると、お爺さんも多分色んな修羅場をくぐり抜けてきたんだろう……そんな俺の突然のお願いを瞬時に理解し、よろめきながらも自身の持っている刀を即座に俺の方へと投げてくれた。



「ちっ、舐めんなよ先生ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」



 筋肉んは地面に左手をついた体勢のまま強引に右腕を動かし、そのまま勢いよく俺の振り下ろした刀をシャベルで振り抜きギリギリの所で弾き飛ばす。

 だが俺の刀が弾き飛ばされたとほぼ同時にお爺さんの刀が俺の元へと到着し、それを左手で受け取りその勢いを殺さずそのままの速度で、シャベルを振り抜いた体勢のままの筋肉ん目掛けて左上から振り下ろす。

 シャベルにはまだ俺の刀を弾き飛ばした勢いと遠心力が残っており、その状態で逆側から向かってくるこの俺の二撃目をシャベルで防ぐ事など不可能なはずだった。だが……


(ガキィィィンッ!)


「……なっ!?」


 そんな俺の予想を裏切るように、筋肉んは二撃目を退しりぞけてみせた。

 一歩間違えれば都市伝説の口裂け女よろしくと言わんばかりに危険な、まさかのによる真剣白刃取りならぬ真剣白取りで。


「……へっ」


 俺の渾身の二撃目をなんとか防いだ事から来る安堵感からか、刀を咥えたままニヤリと笑みを浮かべる筋肉ん。


 ……けど、まだだ……っ!


 実は俺はこの二撃目が防がれる可能性を最初から頭に入れていた。故に、俺の大本命は最初からこの次のの攻撃にあったのだ。


 俺が一撃目に使ったあの白い刀。


 今は弾き飛ばされ筋肉んの後方に落ちてしまっているが……実はあの白い刀、一つ秘密がある。


 多分この場の誰もが皆、あの刀を特殊能力なんてものは付いてないただの普通の刀だと無意識に思いこんでいただろう。

 何故なら俺があの刀を抜いてからここまでの間に起こした行動と言えば、筋肉んに向けて普通に斬撃を見舞ったくらいだからだ。

 それにもし仮に、元々何か特殊能力が備わっていたのだとしたら、お爺さんが既に使っていてもおかしくない。

 つまり、元々は何の変哲も無い普通の刀だったんだ。


 だけど俺だけはあの刀を抜いた瞬間に、あの刀の全てが理解できていた。

 だからあの刀に宿が何なのか……実は最初から分かっていたんだ。



 そう、ドゥルがこの場に召喚したのは……



 あの時ドゥルは言った。この世界で一番強い奴を召喚しようとしたと……。

 でもこの世界で一番強かったそのがもうこの世界には既にいなくて……だからこそその彼にそっくりな俺が間違ってこの世界に召喚されてしまったと推測出来る。


 けど実際は、ちゃんとこの場に


 ドゥルの力不足で彼の肉体までは完全に召喚する事が出来なかったのか、あるいは俺が召喚されてしまった事により出来なかったのか……何故彼が完全な姿で召喚されなかったのかは分からない。


 けど、もしも彼がここに召喚されてしまっていたのだとしたら……。

 もしもあの刀が実は彼の所持品で、今まで共に困難を乗り越えてきた愛刀だったのだとしたら……ならあの刀に彼が宿ってしまったとしても全く不思議な事じゃない。


 そして今、この場で俺と彼の護りたいものは、きっと同じ筈。だから……


 俺は二撃目の刀を両手で持ち直し力を込めたまま、その筋肉んの後方に転がっている白い刀に意識を集中させる。



 ……頼む。



 俺は人として、教師として……目の前で困っているドゥルこの子を助けたい。


 そして星蘭さんと、彼女に関わる人達を助けたい。


 彼女だけは、彼女にだけは、もう二度と悲しい目になんてあって欲しくないから……っ。



 ……だから、頼むっ…………っっ!!



 すると俺の願いに呼応するように白い刀は勢いよく縦回転で弾け飛び、空中で筋肉んの方へと瞬時に狙いを定めて勢いよく射出された。


 刀は目にも留まらぬ速さで風を切り、俺の指示通りに後方から筋肉んへと目掛けて高速で飛翔する。

 だが瞬時にその気配を感じ取ったのか、後方から高速で自分目掛けて飛来するその刀に早くも気づいた筋肉ん。


 ……流石、筋肉んっ。……だけどっ!


 筋肉んは未だシャベルを振り抜き切った状態の無理な体勢のまま、しかも俺の二撃目の刀をなんとか白歯どりで止めているようなそんな状態だ。

 その状態で自分の後ろから超高速で飛んでくる刀を防ぐ事なんてのは、ほぼ不可能なはず。


 それにもし後ろの刀をなんとかシャベルで防ごうと意識を逸らせば、現在進行形で力を込めて斬りつけようとしている俺のこの二撃目を防いでいる白歯どりに、微かな緩みが生まれてしまうはずだ。

 そうなればその瞬間……俺の二撃目が筋肉んを見事口裂け男へと変身させる事になるだろう。

 今ここに、新しい都市伝説が誕生と言う訳だ。


 ……さぁ、これで終わりだ筋肉んっ!


 俺は自分の持つ刀に、残された体力を全力で込めて最後の仕上げに取り掛かった。……が、ここにきて筋肉んは最後の悪あがきを見せて来たのだった。



「んんんんんんんんっ、ふぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 刀を咥えたまま謎の雄叫びを上げ、俺の刀を白歯どりしたままの状態で勢いよく首を半回転させ、タイミングよく刀ごと俺をぶん投げたのだった。


「う、うそだろっ!? ……う、うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 そして後方から筋肉んの頭目掛けて飛んで来た俺の三撃目の白い刀を、その自由になった頭で何とかギリギリの所で避けて見せた。

 その為勇介の力によって放たれた白い刀は筋肉んの首元をかすめてそのまま通り過ぎてしまう。


 ちなみに俺はと言うと吹き飛ばされたその勢いのまま激しく壁に打ちつけられてしまい、背中に激痛を貰う事になってしまった。


「ぐはっ! ……っぅ……」


 筋肉んを通り過ぎた白い刀は勢いを殺さずそのまま壁に突き刺さってしまい、そこで止まった。


 く、くそ、やられた……っ!

 いくらむきむきに鍛えているといっても……まさか口だけで成人男性を持ち上げてぶん投げるなんて芸当をやってのけてくるなんて、さすがに予想外過ぎるじゃないか……っ!


 ……さて、ここからどうするか。

 白い刀は自由に飛ばせる事がバレてしまったし、同じ手法はもう通用しないだろう。

 かと言ってバトル漫画やアニメでよくあるような、危機的状況での覚醒なんてものが俺にある筈もなく……それに何よりももう体力が限界だ。


 あと残っている策と言えば……


 俺は痛む体をなんとか必死に叩き起こしながら、筋肉んの状態を確認しようと視線を向ける。



 だけど、そんな俺の視線の先に映ったのはーー



 その筋肉むきむきの見事な体とは打って変わって


 酷く寂しそうな、風が吹いたら凄く寒そうな


 そんな禿げ散らかしたバーコード風の



 彼の頭頂部だった。

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