全然前世 【勇蘭視点】

 今、僕の目の前にはまばゆい月灯りによって照らされた満開の桜の木の下で、の金髪美少女がこちらをじっと見つめながら座っている。


 僕はと言うと……そんな彼女の目の前で両手を上にあげて降伏のポーズをアピールしていた。


「「…………」」


 お互いに口を開かず、この場を静寂という名の空気が支配する。

 僕は冷や汗を大量に吹かせながらも、完全に思考が停止してしまい全く動く事が出来なかった。


 ……でも、なんと彼女の方からこの静寂をぶち破るかのように、僕に向かってにっこりと満面の笑顔を見せながら……



「おはようございます。お父様」



 と、声をかけてくれたのです。


 …………


 ……


 ……なんと言う事でしょう。


 いつの間にか僕は、こんな大きな娘のいるパパになっているじゃないですか。



 …………って、いやいやいやいやっ!?


 同世代の女の子と手も繋いだ事すらないこの僕に娘が出来るはずないからっっ!!?

 それに今日始めて会ったばかりの子だよ? えっ何、やっぱりドッキリっ? 新手のイタズラっ!?

 そ、それとももしかして……初めて目にしたものを自分の親だと思うあのひよこ的なあれっ!?


「ん? どうしたんですか、お父様? なんだかすごく挙動不審ですけど……」


「え、あ、い、いやちょっと待って? あのね、僕は君の親じゃ……」


 …………いや、ちょっと待って。


 もしこのまま僕が誤解を解く事を優先して、全裸の彼女の前で挙動不審のまましどろもどろになりながらも奮闘してる最中を、第三者の厳しい目で見られでもしたら……っ!


 ……そ、そうだよ。落ち着け、落ち着くんだ僕。

 はい、ひっひっふー、ひっひっふー。


 ……よし。

 まずは誤解を解く前に真っ先にしなくちゃいけない事があるじゃないか、うん。

 と、とりあえず……


「あ、あのさ、とりあえずこれ貸してあげるから……一旦着てくれるかな?」


          *


 僕は自分が着ていた学生服の上着を彼女に渡して、まずはその全裸の状態を何とかする事に成功した。


 ふぅ、これで第三者の厳しい目も大丈夫な筈っ!

 さて、次は……


「えっと、それで……まず最初になんだけど、僕は君の親じゃ……」

(ぐうぅ……)


 親じゃないんだ……そう言おうとしていた僕の台詞は、だけど最後まで言わせては貰えなかった。

 まるで台詞を遮るようにどこからともなく、お腹が鳴るような音が聞こえてきたからだ。


「「…………」」


 僕はその音の発生源がどこなのか何となく予想がついてはいるものの、とりあえず最終確認の意味も込めて周囲を見渡してみる。


 が、結局何度見渡して見ても動物などの気配を全く感じる事の出来なかった僕は、確信を持って目の前の彼女に視線を戻した。


「……う、うぅ、す、すみませんお父様。私、お腹が空いてしまってるみたいで……」


 僕の話を遮ってしまった事に罪悪感を感じているのか、はたまた本当にお腹が空き過ぎて限界なのか……とても悲しそうな表情で瞳を潤ませながら、僕の方を上目遣いに見つめてくる彼女。


 そんな彼女を前にして、女の子にまるで免疫のない僕が自分の事柄を優先出来る筈もなく……僕は誤解を解く事を後回しにするしかなかったのだった。



          ☆



「……わぁ、すごく人がいっぱいいますね、お父様っ」


「ちょ、ちょっと待って、そんな先に行ったら迷子になるからっ」


 とりあえず彼女の空腹を満たす為に僕達は山を下り、そしてようやく街までたどり着いていた。


 暗くなったといってもまだ夕飯時、都心部は至る所で明かりが灯っており色鮮やかな着物に身を包んだ女性達や紳士服を纏った男性、ラフな袴姿の人など多種多様な服装の人達が行き来している。

 街中を埋め尽くすように大きな建物が建ち並び、その隙間を縫うように路面電車や車が走り抜けて行く中を歩きながら、僕達はまず最初に洋服屋に向かう事にした。


 上着を貸しているとはいえその下はいまだ全裸であり、裾の下からあらわになってる彼女の太ももが気になって気になって……僕の心が落ち着かないからだ。


 なるべく目立たないよう隅の方を歩き、人の荒波を潜り抜けて行きながら目についた洋服屋に入る。

 声を掛けてくれた女性店員さんに頼んで、とりあえず彼女の服を下着から何まで一式大人買いする事にした。


「どうですかお父様? 似合ってますか?」


 紫色の矢絣やがすり模様をあしらった着物に赤い袴、頭には大きな赤いリボンをつけて……街中にいても全く違和感ない姿へと変身を遂げた彼女は、とても嬉しそうにその笑顔を無邪気に近づけてくる。


 ……ちょ、ヤバイですねっ!

 可愛すぎてヤバいのもあるけど、何よりも距離が近すぎるっ!

 ど、ドドド、ドキがムネムネして心臓に悪すぎるよこの子はっ!


 ……はっ、いや、だめだだめだ。だめよー、だめだめっ!

 僕には萌愛ちゃんっていう愛しの彼女になるかも知れない予定の子がいるんだから。


 落ち着け、落ち着くんだ……僕っ!


「……あ、う、うん。とっても可愛いよ……」


「ふふ、ありがとうございます」


 自分の顔に熱が集まるのがイヤというほど分かってしまい、それを誤魔化す為に僕は足早に次の目的地へと向かう事にした。


          *


 次は大本命である彼女の空腹を満たす為、僕達はとりあえず目についた少し小さめの食堂風のお店へと足を踏み入れる。

 店内に入ると早速、頭にフサフサのケモ耳がついた……とても可愛らしい和風ウェイトレスさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませお客様。こちらへどうぞ」


 まるで聖母の様な微笑みで席まで案内してくれるその和風ウェイトレスさんに、女の子に免疫のない僕はまたもや不覚にもときめきを感じてしまう。


 ……ハッ、ダメダメッ! 僕には萌愛ちゃんが(以下略)


 そんなこんなで案内された席で待っていると、頼んだメニューが次から次へと運ばれて来て……そして次から次へと彼女の胃袋へと消えていった。

 お好み焼き、たこ焼き、かつ丼、牛丼、カレー、炒飯、ラーメン等々……メニューの端から端までのフルコースを綺麗に平らげしまい、今はもう見事なボテ腹を披露しつつも満足そうに蕩けた顔で食後のお茶を楽しんでいる。


 終始呆気にとられていた僕だったけど、財布の中身の確認を無事済ませひとまず安堵すると共に、気持ちを切り替える。


「……さ、さてと、じゃあまず最初になんだけどさ……き、君の名前は?」


「ふぇ? 私の名前ですか? えーっと……あ、確か『ミハル』って


「……ん? ? ……いや、うん、とりあえずまぁいいや。じゃあさ、ミハルちゃん。次に君はどこから来たのかな?」


「どこから? うーんと、えーっと、……すみませんお父様。私、ちょっとど忘れしちゃったみたいで思い出せないみたいです」


「あー、うん、そっか。まぁ、ど忘れなら仕方ないよね、うん。なら次に……何でミハルちゃんはあんな場所で寝ていたのかな?」


「あの場所で眠ってた理由、ですか? ……うーんと、えーっと、……すみませんお父様。私、全然前世覚えてないみたいです」


「あー、うん、まぁ、君の前世は聞いてないんだけどね?」


 …………


 ……こ、これはもしかして、記憶喪失ってやつじゃ?


「えっと……じゃあ他に何か覚えてる事はない? どんな些細な事でもいいんだけど……」


「うーん、そうですねぇ。うむむむむ…………うぅ、すみませんお父様。やっぱり私、自分の名前とお父様の事しか覚えていないみたいです」


「あ、いや、いいんだよ全然っ。そんなの全然前世大した事じゃないんだからさっ。うん、しょうがないよ。自分の名前と僕の事しか覚えてなくても……」



 …………ん、ちょっと待って?


 自分の名前は覚えてる……それはまぁ可能性としてはあっても全然不思議じゃない、うん。


 ……でも、

 僕はミハルちゃんと今日初めて出会ったのに?

 これって一体……。


 早速僕は脳内でこの難問にチャレンジを試みようとした、そんな矢先……



「あ、すみません、お客様。お客様にお電話が入っております」



 先ほどの可愛らしい和風ウェイトレスさんが僕に向けて声をかけてきたのだった。


「……え? ぼ、僕に……ですか?」


「はい。何やら緊急を要するとの事でして、急いでお客様に繋いで欲しいと……」


「は、はぁ……」


 一体誰が……? いや、それよりも何で僕がここにいる事が分かってるんだろう?


 とても怪しげなその電話に出るかどうか一瞬躊躇うも、緊急という言葉が気になってしまいとりあえず出てみる事にする。


「……も、もしもし?」


 すると向こうから聞こえてきたその声は、ちょっと前に僕の脳内で響いていた、あのとても可愛らしいボイスだった。


[やっほ〜勇蘭君。も~、ちょっと見ないうちにちゃ〜んとデートまでこぎつけられてるなんてね? でも貴方ならきっと出来るって、私は信じてたわよ?]


 !?


「……な、なんでが電話をっ!? 君は僕の脳内で存在しているだけの妄想美少女ボイスだったんじゃ……っ!?」


[……え、ちょっと何言ってるのか全然分からないんだけど。まぁそんな事はどうでもいいのよ。とりあえずデートはそれくらいにして、早くうちに戻った方がいいわよ勇蘭君?」


「い、いやこれは別にデートとかじゃなくって……て、え? なんで家に……って、あっ、そう言えばなんか緊急を要するって聞いたけど、一体僕の家で何があるって言うのさ?」


[まぁ私も詳しくは分からないんだけどね? でもさっき君の家の方で結構強力な魔法陣が開いた感覚があったの。だからもしかしたら……なにか大変な事が起こってるかも……]


「僕の家の方で、魔法陣……?」


 ……って、あっ!?

 そう言えば今日はあの『千年に一度の美少女召喚士』が家に来てるんだった。って事は多分その千年に一度ちゃんが召喚の魔法陣を展開したと見てまず間違いないとは思うけど……でも一体何で?


 召喚術はその強力な能力故に、基本的に許可のない場所での使用は禁止されてるはず。……でも例外としてに遭遇し、やむを得ない場合に限り無断使用は許可されている。


 つまりーー


「す、すみませんウェイトレスさん、これお会計っ。あとごめんミハルちゃんっ! 僕ちょっと急いで戻らなくちゃいけなくなったから、ミハルちゃんは少しの間ここで待っててもらってもいいっ?」


 なぜかとても嫌な予感がして、僕は素早く支払いを済ませて刀を腰に差し、急いで食堂を出ようとする。

 でもそんな僕の裾を突如引っ張りながら、ミハルちゃんはとても強い眼差しで立ち上がった。



「お父様、私も行きますっ」

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