第44話 焼けば里だけで収まるのでは……

 エルフの里といえばどのようなイメージを抱くでしょうか。地球生まれ、というか日本人ならば生えている木を切り抜いた家や木々の上に連なる家などを思い浮かべることが多いでしょう。転生三人娘も多かれ少なかれそのようなイメージを抱いていました。


「エルフってゲームだとどういう設定なの? 前にも言ったけどDLCを私知らないから」

「自然と共に生きる種族ってぐらいにしか書かれてないんだよね……」

「ファンタジーと言えばエルフだよねって感じで取りあえずで追加された感じですか……」

「何はともかく凄いファンタジーな感じがしてちょっと楽しみ」


 ワクワクしながら向かったエルフの里は、木造建築と畑が溢れる緑豊かな極々普通の農村でした。この間アンジェリークが焼いた隠された村とよく似ていました。


「……まあ、利便性を考えれば当然ですね」


 がっくしと肩を落とす二人にアンジェリークは頷きながら言いました。


「ただ、農業に関しては帝国よりも遙かに進んでますね」


 アンジェリークは今世は当然で前世でも農業に携わったことはありません。しかし、現代日本人として畑に畝を作りそこに等間隔に種を埋め込むという現代農業の基礎の基礎ぐらいは知っています。前世を思い出した後、畑とされている耕した区画に籾種を適当にばら撒いている農民を見て畝というのは最近の技術だったのかと目から鱗が零れました。実際、畝は日本では弥生時代の遺跡で確認されていますが、欧州では十六世紀頃に導入される技術だったりします。

 エルフの畑には畝が当然のように並んでいました。理解していなければそれが重要な技術なのだと理解はできないでしょう。


「流石自然と共に生きる種族」

「農業とか真っ向から自然に逆らってると思いますよ」


 自然のままでは欲しいものが手に入らないから手に入れる為に人間の手を加えるための技術が農業なので逆らっていると言えるでしょう。


「まずは我が家へ御案内致します。こちらへどうぞ」


 エフゲニーの先導の元、アンジェリーク一同はぞろぞろと着いていきます。やはり人間は珍しいのかエルフ達は一同をじろじろ見遣り、一見して普通の農村のようで見かける農民は全てエルフという光景に一同もキョロキョロと周りを見渡します。

 暫く歩くと、人間の農村では見かけない光景が見えてきました。複数人が集まって、頭一つ高いところに立っているエルフの話を聞いているようです。


「あれは何をしているんですか?」

「あれは……最近外から帰ってきた若者が持ち帰った信仰ですな」


 エフゲニーは少々眉をひそめて若者達を見ていました。止めはしないようですが、あまり愉快なものではないのでしょう。そんなエフゲニーに興味を持ったのかローザが問いかけます。


「精霊信仰以外も大丈夫なのですか?」

「そもそもが信仰というのは人間が作り出した言葉で、私達は精霊様を信仰しているなどとは考えておりません。尊重はしておりますが」

「なるほど……別の教えも問題ないと?」

「はい。それが里を脅かさない限りですが。実際に教会もありますし信仰している者もいるのですよ」


 そんな話を横耳で聞いていたアンジェリークは説法をしているエルフの首飾りに気が付きました。


「ローザ、この距離から彼らを診ることはできますか? 説法している人です」


 いきなりアンジェリークにそう言われ、ローザは修道女とは思えない顰めっ面で返します。

 

「そのくらい当然できますけど……!?」


 ローザは極々自然な微笑みを浮かべました。寸前まで顰めっ面していたとは思えない急激な変化に周囲が戦きました。


「何人います?」

「二人、説法している人と補佐らしき右隣ですね」

「待て!」


 鯉口を切ったアンジェリークの前にエフゲニーが飛び出しました。護衛二人も慌ててエフゲニーの前に出ます。


「何をされるおつもりだ」

「安心してください、エルフは斬りません。エルフ以外を斬ります」

「教会祓魔師、ローザが彼女の行動を保障致します」


 エフゲニーは絶句しました。広くは精霊信仰が盛んなエルフの里ですが、少数ですが教会信者も住んでいます。治癒術が使える彼らは重宝されていますし、それがゆえに治癒術を使うための条件も族長となれば当然知っています。だからこそ、教会祓魔師の保障という事の重みも理解しました。

  

「帝国も保障しましょう。万が一の場合は十分の支払いを約束します。命を金品で建て替えられるとは思えませんが、分かりやすいでしょう」


 皇子も乗っかりました。状況はよく分かっていませんがアンジェリークとローザの反応からただ事ではないと判断しました。他の一同は目を白黒させています。のんびりとエルフの里観光と思っていたらいきなりの荒事についていけていません。

 そしてアンジェリークはエフゲニーの返答を待たずして動きました。皇子が責任とる言うたしええやろ! という判断です。群衆を回り込こんで背後に移動、説法していた奴が気付いた直後に居合いで鳩尾当たりから上下に分かち、目を丸くして驚いていた補佐を今度は縦一文字に真っ二つに裂きました。前回、心臓が弱点だとたかしがターニャにアドバイスしていたのをアンジェリークは覚えていたのです。

 突然の凶行に群衆から悲鳴が上がり、続いての異変でさらに大きな悲鳴が上がりました。横一文字にした男が鋭い爪を持ったオーガのような怪物へと変貌したからです。


「わあ、頑丈な子だなぁ」


 親戚の子供に対するような感想を洩らしたアンジェリークに怪物は襲いかかりました。手刀の如く突き出された右手の爪をアンジェリークは前進しながら紙一重で避け、駆け抜けついでに怪物の太股を斬りました。地面に魔法で氷の足場を作って強引に方向転換、まだ振り返ることすらできていない怪物の背後から横一文字に胴を斬りつつ左へ、足場を作り体を回転させながら方向転換し足を斬りつけながら怪物の前方へ、腕を切り蹴るように左へ、胴切り、腕、首、胴、頭、胴、胴胴胴胴胴胴胴胴胴胴……怪物の顔がエルフの男に戻ったところでバラ肉を作る作業を止めました。


「全く面倒くさい……」


 バラバラにした遺体に向けて口をへの字に曲げて言いました。かつては面白いと思った死にづらい敵にそんな感想を抱き、自分もいつの間にか変わっているんだなぁとアンジェリークは感慨にふけりました。

 先ほどまでいたエルフが逃げ、遠巻きに恐怖と困惑、そして敵意を向ける中、皇子達と顔を青くしたエフゲニーがアンジェリークの方へと歩いてきます。そして全く顔色を変えない皇子がニカッとアンジェリークに話し掛けます。


「本当に死にづらいんだな」

「そうですよ。死にづらいだけですがね。しかし、心臓を切れば殺せるとは聞いていたんですが」

「心臓の位置が肺のど真ん中に来てました。それで死ななかったのでしょう」


 ローザはいつも通りに微笑んだまま話し掛けてきます。この状況を見て実際にどう思っているのかは深い付き合いにあるアンジェリークにすら読み取れません。少なくとも良い気分ではないでしょうが。

 

「内臓の位置が変わってたんですか?」

「ええ、二人ともエルフ、というか他の種でもあり得ない状態になっていましたが……それが分かってたから私に診ろといったのでは?」

「いえ、外見上は分からずとも内側から見たらなんか分かるかなと思ったんです。あれだけ姿が変わるんですから」


 まるで朝の挨拶でもしているかのように会話する三人に言葉を失っていたエフゲニーが割り込むように前に出てきます。


「詳しいお話をお聞かせ願えますね? 今から族長を招集しますので」

「今日はニーナに会いに来たんですけど」

「…………孫には後で必ず、今日は我が家に宿泊して頂きますので」


 エフゲニーは声の出し方が分からなくなったかのように口を開閉させた後、絞り出すように言いました。



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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。



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