第27話 ヤれる時にヤろう!

 今年の演習は予定よりも早く引き上げることになりました。初の実戦という者が多いため帰って休ませるべきだと判断されたのです。実戦というのは思った以上に体力と精神を削るからです。

 演習から帰るとアンジェリークは副団長から呼び出しを喰らいました。内容は賊の頭についてです。賞金首ではなかったですがやたら強かったので団長も交えて詳しく話が聞きたいということです。騎士団の仕事をほぼ全て副団長に投げ、今回の事に全く関わっていない団長がいるのは副団長の信頼故でしょう。団長を引き継ぐことにプレッシャーを覚えるほどに副団長にとって団長は大きな存在なのです。

 

「どれぐらい強かった?」

「実力としては少なくとも副団長と互角でしょう」


 アンジェリークのその言葉に団長は目を丸くしました。

 個人戦闘能力において副団長は帝都を拠点とする帝国騎士団と魔法戦闘団、近衛兵団からなる皇帝直属の帝国軍において最強と称される一人です。七つ星冒険者ならともかくその辺の賊にそんな逸材がいるとは到底信じられません。


「でも相性から言えば私はまず負けますけど副団長ならまず勝てますね。真正面から戦えばですが」

「真正面から戦わなかった訳か」

「当たり前じゃないですか。あらゆる手段で自分より強い者に勝つ、それが兵法というものです。もちろん、時と場合によりますが」

「アンジェリークは本当にその辺り本当に安心できるなぁ」


 団長がしみじみと呟きました。帝国騎士団は帝国の武の象徴です。だからこそ己の強さに自信を持っている者が多く、正々堂々や騎士道に拘るきらいがあるのです。自分の能力を把握し、得手不得手を素直に受け止め努力を怠らず、戦場で勝つために手段を選ばないアンジェリークは戦闘に関しては最も安心できる部下です。戦場以外でも安心できれば言うことないのですが。


「何か話をしていただろう?」

「義賊だのなんだの言ってましたね」


 ふと、アンジェリークは頭がゲームの登場人物なのではないか気が付きました。義賊なんて名乗るのといい妙な強さといい、いかにもゲームに登場しそうな奴でした。


「どうした?」

「いえ、あの山に住み着いて冒険者にすら通報されなかったのは義賊的な行動が原因なのかなと思いまして」

「……そういえばシャハリチョア公国との国境付近に奴隷商人を襲い奴隷を救う義賊がいるという噂がなかったか?」

「ちょっと待ってください……東端の情報は……」


 団長が聞くと副団長はゴソゴソと棚を探り始めました。やたら几帳面に纏めている辺り副団長によるものでしょう。


「二、三年ほど前まで確認されているようですが、それ以降の情報はないです」

「……アンジェリークとターニャはどうして連中を賊だと判断したんだ?」

「見るからに粗暴な連中が朽ちた町に雑多に纏めた金品を運び込んでいたからですが」

「それは賊だな」

「賊ですね」

「賊でしょう?」


 最終的には現場で副団長が確認したとは言え、偵察の判断に間違いがなかったことを確認して二人は安心しました。犯罪集団のみを襲う賊となると、帝国の秘密組織やどこぞの領主の手である可能性があります。それを潰したとなると問題ですが、あからさまに賊めいたことをしていたのならば騎士団の方に分があります。帝都付近で賊の見た目で拠点を築いていたら潰されて当然だからです。


「そういえば偵察中に見つかったんだったか」

「あれは見つかるなというほうが無理です。百メートルは離れた森の中の木の上で葉っぱの隙間から見ていたところを気付かれたんですよ。野生の勘どころじゃない超感覚で見つかってます」

「……近いうちにハンゾウ家と合同で検証してみるか」


 偵察とは違いますが、人目につかないように行動するというのはハンゾウ家の得意分野です。協定を結んでいるのですから有効利用するべきでしょう。


「ところで新人達はどうだった? アンジェリークの剣術の実戦投入も今回が初めてだろ?」

「……想像以上でしたね。強い、というのは分かってましたけどあそこまでとは。とても御令嬢が思いついたような剣術だとは思えませんでした」

「古代文明の遺産に書いてあった図を私なりに解釈したものですから、私が思いついたわけじゃないですよ」


 ニッコリと笑うアンジェリークを副団長が胡散臭そうに見ます。魔法にせよよく分からん知識にせよ、なんでもかんでも古代文明で済ませるのは不自然ではありますが、否定する材料がないので副団長も以上突っ込めないのです。そんなものあるわけないだろと言えれば良いのですが、アンジェリークの太刀が本物の古代文明の遺産ということを副団長は知っているのです。


「単純な振り下ろしがあそこまで恐ろしいとは思いませんでした。防御した自分の剣を頭にめり込ませて死んでいる奴が何人もいたんですよ」

「新人でそれか……お前がやったら誰も防げないんじゃないか?」


 団長の言葉に副団長は肩を竦めました。


「突発的な戦闘で戦果は上々、新戦術も上手く回り、重傷者も従軍治癒士が全て現場で治癒させた。今年の演習は最良だったな」

「結果が良すぎますから近々何かしらの補習訓練を入れたいですね」


 新しいことを取り入れて問題点が見当たらないというのは恐ろしい事です。なぜならばそれは問題点が隠れていることを意味しているからです。もちろん、問題点がないだけかもしれませんが、それは素人が目を瞑って適当に作った料理がとても美味しいぐらいの確率でしょう。

 早くも次の訓練を考えている副団長を団長が笑います。


「お前は見た目に反して本当に真面目だな。お前の厳しさはいいことだが、それだけじゃダメだって言ってるだろう?」

「……理解してはいるつもりなんですが」

「今すぐに戦争が起きるわけでもあるまいに。今回は上手く行ったことを褒めてやればいいんだよ。成熟させれば悪いところも見えてくるさ」


 帝国は周辺最大の国家であり、軍事力も強大です。外交は全方面で良好、なんてことは当然ありませんが、今日明日で帝国騎士団が駆り出されるような全面戦争が起こる気配はありません。精々、国境近くで領主同士の小競り合い程度でしょう。

 おかげでアンジェリークの来る少し前まで弛んでいたんですが。副団長の厳しさはその辺りも原因でしょう。


「戦法の改善よりももっと学ぶべきことがあると思いますが」


 二人の視線がアンジェリークへと向き、続きを促すように見つめます。入ってまだ三年目の人間が部隊教育に口を出すのは普通ならありえませんが、戦法そのものを生み出したのがアンジェリークなので口を出すのも当然のように受け入れられます。


「今回は割と上手く回ったので怪我人が少ないですけど、この戦法は攻撃特化なので怪我人が出るときは結構出ます。なので怪我をした際に止血を素早くほどこせるように訓練するのが良いと思いますよ。常に治癒士が近くにいるとは限りませんし、出血を抑えられれば戦場復帰も早くできますしね」


 アンジェリークの意見に二人は目から鱗が落ちるのを感じました。基本的に軍には教会から派遣される従軍治癒士がついてくるため怪我に関しては全て治癒士にぶん投げてきました。当然ですが、騎士が適当に治療するよりも治癒士に見せた方が確実だからです。それが当然だと思っていたのでわざわざ騎士に止血法などを学ばせるという発想がありませんでした。

 アンジェリークが意見できたのは前世で自衛官の友人から撃たれても一人で止血できるように全員が訓練しているという話を聞いていたからです。今回の戦いは出血した騎士がまともな止血をせずに治癒士を探していたのを目撃して思い出しました。


「アンジェリーク、止血方法を知っているか?」

「え? ……知ってますけど」

「ならそれを資料としてまとめてくれ。古代文明の知識だろうとなんだろうとなんでもいい」

「それはいいんですけど……私、再来月に学園に入学するので本格的に訓練に参加できるかわかりませんよ?」


 学園という言葉に副団長は疑問符を浮かべ、団長は顔を真っ青に染めました。相当な魔力がないと関わりのない平民と、ほぼ全員が入学する貴族の差がでました。

 聖カロリング帝国に限らず、貴族というのは強大な魔力を有しています。強大な魔力を有するからこそ貴族であり、その魔力の運用方法を学ぶのが魔法学園です。とはいえどそれは昔の話であり、今では貴族の子供の社交の練習と人脈作りの場が主体となっています。

 つまり、貴族子女にとって学園とは将来の為の最も重要な場所となります。だからこそ団長は、自分の所属する派閥のトップの娘が部下であったにも関わらず学園の入学時期について把握していなかったという失態に顔を青くし、そして土気色へと変化させたのです。

 そんなクッソ大事な事を団長が忘れてた理由としてはまず最近まで兎にも角にも忙しかったのが一つです。なんせ、団長の実家が領地拡大の上に陞爵し、団長自身が男爵として独立し新たに領地を与えられるような状況です。一歩間違えれば帝国で反乱が起きてもおかしくなかったため慎重に慎重を重ねて事にあたっていたため他に意識を裂いている余裕がありませんでした。


「何故今言うんですか……」


 団長という立場ではなく子爵三男の立場で言いました。

 アンジェリークは今この時まで学園に関して一切何も言いませんでした。騎士として誰かに引き継ぐような役割をしていたわけではありませんが、部下であるターニャとアンジェリークが理由で出向してきているローザの件があるのでできるだけ早く相談は必要でした。

 そしてなにより学園入学前に騎士団へと入団するという前代未聞の存在をどう扱うべきかという問題もありました。入団当初から学園に行くときはどうするかという話し合いはあったのですが、結論が出る前に忙しくなったのです。


「正直、行く気なかったんですけどね。ちょっとザクセン家として保護する人ができたので急遽行くことにしたんです」


 保護すべき人というのはもちろん前世の妹、ミコト・サクライです。帝都で行われるらしい祭りも気になりますが、それよりも妹をアンジェリークは優先しました。まあ、祭りの前に帝都に戻れば参加できるなと言う計算もありますが。


「……その保護すべき人に感謝しよう。ヘルマンは学園と貴族の歴史を一回きっちり学べ。今後二度とないとは思うが前例ができたからな」


 行く気がなかったというアンジェリークの言葉に団長は深く頷いて呟き、すぐに調整のために動き始めました。


 その後、二週間ほどでアンジェリークの扱いは役職持ちの貴族騎士の長期療養と同じような扱いにするという結論を団長が強引に纏め上げました。服務規程にそぐわないと法務から難色が出ましたが、ザクセン公爵家という看板を使って強行突破したそうです。結果として団長の髪にやや白い部分が発生しました。副団長は副団長で慣れぬ勉強に四苦八苦していました。アンジェリークの部下から外れることになるターニャは騎士団本部付きとして配属されることになり、いきなりの書類仕事に副団長と同じく苦労することになりました。原因であるアンジェリークは以前からアンジェリーク付きのメイドであるクララが入学準備をしていたため特に慌てることなくのんびりと過ごしていました。


 そしてアンジェリークが学園へと向かう日が訪れました。見送りには大勢の騎士が集まりました。稀少な女騎士というのもありますが、訓練等ではクッソ厳しくて頭おかしいけどそれ以外は物腰柔らかで美人で常に笑顔なアンジェリークは騎士達に人気だからです。

 大勢に見守られる中、アンジェリークは団長に礼をし、木剣を向けました。


「団長、私が帰ってくる頃にはいませんよね? 最後に一本お願いします」


 団長は溜息をつくと近くに持ってきていた木剣を取ります。


「そう来るとは思ったよ……あっという間に終わっても文句は言うなよ。ヘルマン、頼む」


 副団長は頷くと二人の間に立ちました。周囲が興味深げにざわつきます。

 第一騎士団団長、ホルスト・フォン・ウーリク。目立たぬ団長、静かな団長として有名で、そして歴代の誰よりも長く団長で居続けている万年団長です。ホルストよりも後に別部隊の騎士団長となった者がさらに出世していくのを褒め称えて見送ってきました。

 前線で戦ったのも遙か昔、部下に仕事を振りまくるゆえに今のホルストの実力はどれほどなのか騎士団で知る者が殆どいません。


 騎士の間で速度で振り回すだろうとかいやいや魔法で虚を突くんじゃないかとか試合の展開予想が行われます。大方アンジェリークが勝つという予測ばかりです。いつもであれば諫める役の副団長は審判役です。彼は騎士達の予測を聞きながらニヤリと笑っていました。副団長と、団長以上の大ベテランです。


「いざ」


 それだけ呟くと、アンジェリークの姿が霞みました。最速で接近しての上段斬り、新人達は目で追う事すらできず、ベテランでもなんとか受けることができる程度にまで鍛え上げられたそれを団長は避けるように受け流しました。それを予測していたかのように返す斬り上げも同じように受け流しました。そのまま団長の防戦一方となると思いきや僅かな隙に団長の攻撃が差し込まれそれをアンジェリークが受け流します。

 超高速で行われるハイレベルな剣戟に騎士達は見入っていました。第一騎士団長を長年勤めていた男、誰も弱いとは思っていませんでしたが、まさかアンジェリークの高速戦闘に渡り合えるほどだとは思いも寄りませんでした。

 至近距離での一進一退の攻防が続けられましたが、途中でアンジェリークの持つ木剣が耐えられずに折れてしまいました。


「私の負けですね」

「いや、引き分けじゃないか?」

「戦いの最中、武器を失ったのですから私の負けです。ありがとうございました」


 アンジェリークはそう言って壇上に向かって頭を下げました。副団長が団長の勝利を宣言すると騎士達から拍手が沸き立ちます。


「想像していたとおり強かったですね、団長は」

「そうでもない。魔法を使われてたら負けてたよ」

「団長なら簡単に防げるでしょう。手の内の知れている奇策なんて隙でしかないですし」

「過大評価だよ」


 そう言って団長は肩を竦めますが、アンジェリークは騙されないぞとばかりにニヤリと笑います。

 壮年の騎士の一人が近付いてきてアンジェリークに声をかけます。


「アンジェリーク、どこで団長の実力に気付いたんだ?」

「細かいことは色々ありますけど……政治のみで騎士団長の席に座る人に先輩方が敬意を払い続けるとは思えません。かなり若いときに団長に抜擢されたとのことなので、少なくともその頃は納得されるぐらいには強かったんだろうと思ってました。それに、たまに見る全身鎧でも全く芯がブレてませんでしたから普段から鍛えているのは分かってましたしね」


 アンジェリークの説明に壮年の騎士は納得したように頷いていました。

 

 団長が団長へと任命されたのは入団して三年目の時です。理由は当時の帝国軍総司令が貴族派という、貴族一番貴族の位を基準にして国を回すべしという思想の派閥で、第一騎士団にいた貴族の中で最も強く位が高かったのが団長だったからです。当然団長は頭を抱えましたが、どうせすぐに司令も変わるだろうしという考えで先輩達に頭を下げて協力を乞いながら頑張りました。強いしコイツなら他よりマシだろという事で他の騎士も協力し、他が混乱する中第一騎士団を上手く回しました。そしてその総司令は腐敗を原因に追放され、次に就いた総司令はザクセン公爵派からねじ込まれたかなりまともな人物でした。他の騎士団の団長がすげ変わる中、第一騎士団はちゃんと回っていたし同じ派閥だしそのままにしようということになりました。暫くして騎士団も立て直した結果その司令は辞任し、次に就いた総司令はかなりものぐさな人物で変える必要がないのなら変えなくて良いとそのまま団長は続行ということになりました。次に総司令に就いたのは元第二騎士団長であり、団長が色々相談を受けた相手でした。当然団長はかなり信頼されていて、本来なら司令部本部に来てほしかったらしいのですが、団長が出世を嫌がったため第一騎士団長続行ということになりました。

 そんな感じで他が変わる中、団長は第一騎士団長であり続けました。団長も団長らしくあらねばという思いがあったので鍛錬を怠ることはなく、元々強かったゆえに順当に団長として胸を張れるぐらいの実力まで伸ばし、維持し続けてきたのです。


 アンジェリークは団長に深く頭を下げます。


「我が儘を聞いて頂きありがとうございました。これで心置きなく行けます」

「そりゃよかった。無理した甲斐があった」

「次にやる時は他の手を考えておくので楽しみにしておいてください」

「お前の相手はしんどいからもう嫌だよ」


 本当に、実に嫌そうな顔をして、団長はアンジェリークを見送りました。

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