第26話 殺せ! 殺せ! 殺せ!

「しばらくたかしと別行動することになりました」


 部屋に戻ったアンジェリークがそう言うと、最近ハマっているらしい編み物の手を止め、もっそりと顔を上げたローザが迷惑そうに目を細めて言いました。


「とうとう愛想をつかされましたか」

「たかしと私の絆はそんな柔い絆ではありませんから」

「魔法契約で繋がった情のないビジネスの絆ですからね」


 辛辣に述べるとローザはまた編み物へと視線を戻しました。二年という月日はローザから完全に遠慮という物を取っ払いました。普通の令嬢ならいざ知れず、居室でコイツ本当に公爵令嬢かというほどだらけた姿を見せるアンジェリークと過ごして緊張感を持ち続けろというのが不可能でしょう。

 アンジェリークはベッドに座り編み物をするローザの隣に密着するようにして座ります。最初はやたら距離の近いアンジェリークに戸惑っていたローザですが、もはや慣れたもので抱きつかれるぐらいでは反応すらしなくなりました。


「ビジネス契約という固い絆で結ばれていますから、当然ちゃんと理由があるんですよ」

「……いつものとは違うのですか?」


 たかしは時々ふらっといなくなる事がありました。アンジェリークに理由を聞くと「男の子には一人になる時間が必要なのですよ」と下品な顔で言ったので頬を思い切り張りました。本人に聞くと「人の概念にない理由で僕の語彙じゃ説明出来ないけど一番近いのが穴埋め」というよく分からないことを言われました。妖精特有の仕事ということでローザは納得していました。


「ちょっと女の子と知り合いまして、その子の保護をたかしに頼みました」

「一から説明しなさい、というか妖精の存在を明かしたんですか!?」

「間違いなく信頼出来るから大丈夫ですよ。知り合ったのはサクライ商会の娘さんです。冒険者に絡まれているところを助けて、いろいろお話して意気投合しまして、あの化け物は保護せにゃならんとなりました」

「化け物? そんなに強いと?」

「いえ、武人ではなく、商売人として化け物です」


 ミコトが紙を売るにあたり、問題となったのはこの世には知的財産権という概念が未だ存在していないことです。知的財産権がないということは作り方がバレればパクられ放題ということなのでミコトは知恵を絞ってその対策を施しました。その一つが安く売ることです。一枚一枚の利益を減らすことで例えパクってもミコトの紙以下の値段で売らねば売れないようにしたのです。

 続いて技術そのものを隠蔽するための対策を行いました。それが分業化です。素材を生産する村、素材を加工して糊などの紙を作る材料にする村、材料を集めて紙にする村という風に分業した村をいくつも作り上げたのです。紙のことを知っているのは最終工程の村のみで、他の村は素材そのものが目的だとか加工した物を別の物に利用するのだと思うように誘導し、最終工程の村も材料の元がなんなのか分からないため自分たちだけで一から作ることはできないようにしました。技術漏洩の防止が目的なので分業化による効率化はオマケにしか考えていませんでした。

 そしてサクライ商会直下の行商人が村々を回り定価で売買しながら材料を流通させるシステムを作り、現在では複数の領に跨がる巨大物流網へと成長しました。

 そこまで全てミコトの計画で進んでおり、やっていることは薄利多売に分業化による効率化、物流の掌握に経済圏の創造と地球では当たり前に行われていることですが、経済学すら存在しない現世では異質に過ぎる、化け物と表現すべき発想です。なんせ、地方の無名商会だったサクライ商会を地方を牛耳る大商会へと変貌させたのですから。


「下手するとどこぞの領主に命を狙われてた可能性がありますからね。お父様に報告したら間違いなくよくやったと褒めてくれます」

「本当にその娘さんがやったんですか?」

「まず間違いないです。私の質問に淀みなく答えてましたからね。分からないことでも何故分からないのか理由を説明してくれましたし」


 アンジェリークの説明でローザは納得しました。ちゃんとした知識が備わっていれば何故分からないのかが分かるというのは治癒士への教育で学んでいたのです。


「私の提示した条件を裏切ることはないですね。目先だけ儲かれば良い商人じゃなくて何十年先を考える領主のような視点を持ってましたから」

「商売どうのこうのは私には分かりませんけど……今度、山に演習へ行くんですよね? 大丈夫なんですか?」


 妖精が方位磁石として役立つことはローザも知っています。アンジェリークが公爵領から山をまっすぐ突っ切ってきた話をしているからです。


「問題ないですよ。頼りきるのが嫌だから黒の森でも殆ど頼りにしませんでしたし。帝都に来た時ぐらいですよ頼りきったのは」

「ならいんですけど……本当に大丈夫なんですよね? 私も行くんですけど」

「大丈夫ですよ。少し前までは毎年演習しにいっていたような場所なんですから」


 毎年行っていた演習が中止になっていた理由は演習の計画を立てている暇がないほどに、特に第一騎士団が忙しかったからです。忙しい原因を作り上げたアンジェリークは当然今回が初めての演習となります。

 帝都生まれ……かは不明ですが帝都育ちなローザは山道は通ったことはあれど山に分け入ったことなどないので不安が大きいのです。山にはスラムにいた哀れな犯罪者たちよりもよっぽど強い魔物がゴロゴロいるのだという知識ぐらいしかありません。


「冒険者ギルドの情報だと演習場所辺りは出てもオークが精々みたいですから、新入隊員でも十分に対処出来ますよ」

「それでも心配なんです。だってオークって人よりも大きいんでしょう?」

「身体強化が使えて集団戦闘を基本とする騎士には手も足も出ませんよ」


 当然と言えば当然ですが、騎士というのは個の戦力よりも集団での戦闘力が重視されます。アンジェリークのように集団戦闘に向いていない騎士というのは存在自体がおかしいのです。


「心配のしすぎだとは思いますが、心配するなとは言いませんよ。そこがローザの良いところですし」

「怪我をされたら面倒なだけです」


 ニヤニヤ笑うアンジェリークにローザはぷいと顔を背けました。ローザが心配しているのは自分の身ではなく騎士達のことです。基本アンジェリーク付きとはいえ、二年も経てば顔見知りも多く、訓練ならともかく本格的な殺し合いともなればその身を案じはします。手が千切れただの足がぐしゃぁしただのなら治せますが、頭がぐしゃぁしてしまえばローザであろうとどうにもならないのですから。


「一応従軍治癒士にもなるんですから、ローザも慣れていきましょう」

「慣れて良いのか分かりませんが……慣れるのでしょうねぇ」


 ここ二年のアンジェリークとの生活を思い出し、ローザはそっと溜息を吐きました。




 山での演習において第一騎士団本部は一つ不安を抱えていました。それはアンジェリークが山での演習に耐えられるだろうかという不安です。

 本人は大丈夫だと言ってはいるのですが、普段からお抱えのメイドに世話をさせている御貴族様に耐えられるのだろうかと声が上がったのです。まさかメイドが強引に世話をしているとは誰も思っていませんでした。通常の貴族令嬢とは違うと分かってはいても、訓練や暴力沙汰以外では完璧で理想的な貴族令嬢なアンジェリークに惑わされる団員は少なくありません。

 そして演習当日、騎士団の人間はアンジェリークに驚愕することになりました。


「お前……なんだ、その格好は」

「山へ行く格好ですが?」


 アンジェリークは真緑の作業着上下に編み上げブーツという格好をしていました。それが二年前に入団テストの時に着ていた服装だと気づき、副団長は妙な既視感に納得しました。一見囚人服のようにみえますが、よく見ると作りはしっかりした良い服で、頑丈そうなブーツも確かに山を歩くのにはいいだろうなという格好です。少なくとも修道服で挑もうとしているローザよりは遙かにマシでしょう。

 周囲が騎士団支給の鎧を着ている中で一人だけ目立ちますが、行軍規定には即時戦闘に移れる格好としか明記されていないため問題はありません。ターニャも冒険者時代の装備をしています。少なくとも修道服は修道女の戦闘服だと言い張っているローザよりは遙かにマシでしょう。

 演習でよく使う山とはいえ魔物も出る山なので演習には毎回治癒士を派遣して貰っているのですが、それでも修道服で挑もうとするのはローザが初でしょう。他の治癒士はちゃんと歩くための格好をしています。

 原因は同じ山用の装備をローザの分も揃えようとしたところ、年一の演習のためにそんな高いものいらぬとローザが完全拒否の姿勢を見せ、良い物にしないと辛いと説得したところ、いつもの格好で行くから問題ないとローザが意固地になったことです。


「……ローザは私とターニャでフォローしますから」

「……頼んだぞ」


 ローザのフォローをアンジェリークに頼むという騎士団史上初の出来事が発生しました。そんな別の不安が浮かび上がったところで演習の始まり、徒歩行進が開始されました。

 今回の演習ではアンジェリークはターニャとバディを組んでの偵察を主に任されています。黒の森で一人で賞金首を狩っていたアンジェリークと元五つ星ソロ冒険者であるターニャのバディが偵察としてどれほど役に立つのか確認をするためです。二人とも能力的に問題がないどころが偵察として最優と言えるぐらいの能力を持ち合わせているのは分かってはいますが、実際に偵察兵としてどの程度かは把握する必要があります。

 結果としてはアンジェリークが自由すぎるという評価になりました。偵察自体は問題ないのですが、偵察に出るたびに野草を取ってきたり小動物を狩ってきたりとその辺の猟師よりも遙かに高い狩人としての腕前を見せつけてきたのです。騎士団本部はコイツは本当に貴族の令嬢かと疑問を抱きました。

 そして行軍中は野草と小動物で炒め物を作って食べていました。その報告を受けた副団長は「歩きながら炒め物を作る」という意味が分からず確認をしに行くと、出来上がった炒め物をアンジェリークとターニャが小さなフライパンから抓んで食べているところでした。火を使わずにフライパンを熱するという謎の魔法を使い調理したとの事ですが、あまりにも己の理解を超えた魔法とその運用に副団長は全てを諦めました。


「お前、料理出来たんだな」

「炒めて塩を振るぐらい誰でもできますよ」


 一つまみ貰い美味いなと感想を述べると元の場所へと戻りました。アンジェリークの後ろで微笑んだまま一切無言のローザには触れないでおきました。足の痛みを治癒術で誤魔化せても疲労までは無理なのです。

 そんなこんなしているうちに野営予定地へと到着しました。簡単に周囲の警戒をしたのちにテントを建てていきます。新人や諸事情で野営初めての者達が四苦八苦して建てる中、アンジェリークとターニャはあっという間に設営を終えました。そして疲労困憊らしいローザを中にぶち込むと二人は木剣を取り出してきて訓練を始めました。副団長は何を言うべきか思考を巡らせた後、何も言わずに四苦八苦している連中の指導へと向かいました。設営が早く、行軍中は偵察として動き回っているのにここまで元気な二人に特に言うことはありませんでした。

 そして夜。ローザはアンジェリークから山歩きがどれだけ大変か分かったのか、自分だけ苦しいならともかく周りに迷惑がかかるのだから金が掛かろうともしっかり準備をするべきだったという感じの内容を足をマッサージされながらやんわりと説教され、アンジェリークに常識を説教されるという情けなさにポロポロと泣きました。泣いたところでターニャが止めに入ったためアンジェリークは説教をやめ、ブーツをローザの寝床の近くに置くと灯りを消して寝ました。ローザはそれを見てまたポロポロと泣きました。ターニャは立ち直れるかなと心配しつつ、ローザの小さな泣き声を子守歌に寝ました。

 翌朝、ローザは完全復活していました。アンジェリークが持ってきたブーツを履き、ひとしきり謝ると治癒士達にも謝罪へ向かっていきました。


「立ち直り早いですね。エリートで失敗経験なさそうだから引きずると思っていたんですが」

「教会で孤児として育ってあの歳で祓魔師ですよ。貴族の冒険者と比べるのが間違いです」


 アンジェリークに言われ、ターニャはローザの身の上を思い出しました。アンジェリークほどではないとは言えローザの作法もかなり上品なので貴族だと錯覚してしまうのです。


「貴族の冒険者なんかよく知ってますね」

「貴族の甘垂れぐらいはよく知ってますから予測はできます」


 前世を思い出すまでは真っ当な貴族令嬢として生きていたアンジェリークは当然子供同士の茶会を何度か行っています。そこで軽い気持ちで冒険者になった兄弟が凹まされて帰ってきたという話題を何度か聞いていました。ゆえにターニャが何と比べたかはすぐに分かったのです。

 騎士団は朝食を取った後すぐに隊列を組んだ戦の訓練を始めました。それを横目にアンジェリーク達は今日も偵察訓練です。こいつら訓練必要かと思いつつ副団長は送り出しました。そしてアンジェリーク達は予定よりもだいぶ早く戻ってきました。


「途中で賊の拠点を見つけたので一当てしてきました」

「馬鹿野郎!」


 流石に激怒した副団長をアンジェリークはまぁまぁとなだめると報告を続けます。


「本当なら気付かれずに戻ってくる予定だったんですが、相手側に異様に感覚が鋭いのがいて気付かれまして。しょうがないから足止めに軽く不意打ちかましたんです」


 そう言いつつ拠点に設置された地図に賊の拠点の位置を書き込んでいきます。場所は昔存在した宿場町の跡地、そこそこの規模だったので石造りの防衛施設が存在し、それを利用していました。


「規模としては中隊ぐらい、練度はそこそこですかね」

「……まさかこの山に住み着かれるとはな」


 帝都の騎士団が演習に来るような場所に拠点を構える賊がいることに副団長は驚きました。確かに盲点ではありますが、盲点だからといって実際に突くのは度胸があるのか単なるバカなのか。


「山の開拓者の見間違いでは?」

「アンジェリークはともかく、ターニャが間違えるとは考え辛い。元とはいえ五つ星冒険者だぞ」


 反論をした騎士は言い返すことなく頷きました。黒の森で賊を一人で狩っていたアンジェリークと真っ当に冒険者をしていたターニャでは信頼度が違います。騎士はもちろんそこを理解し、全員の認識の共有を確実にするために反論をしたのです。


「潰すなら私一人でもできます。黒の森で何度もやってますから」

「強襲訓練にちょうど良い相手だ」


 一応言ったアンジェリークに副団長は凄みのある笑顔で言いました。演習とはいえども装備自体は実戦で扱うものなので新人が多いというのが少々不安なだけなのです。そもそも、魔物が出ればそら実戦だと戦わせるのが騎士団の演習です。魔物が賊に変わっただけでした。


「一つ、私達に気付いた奴は私が相手をします」


 アンジェリークの提案に副団長はすぐに頷きました。副団長もここにいる幹部達も部隊の指揮で忙しくなります。偵察兵としてしか考えられていなかったアンジェリークは当然遊兵となります。そしてアンジェリークほどの手練れを遊兵にするのはバカのすることです。


「ターニャとバディであることを忘れるなよ」

「分かってますよ」


 基本的にはローザがアンジェリークのストッパー役ですが、戦闘や偵察のような軍事行動ではターニャがストッパーとなります。ローザのように殴って止めることはできませんが、身振り手振りを駆使し宥め賺して自重させています。今回、一当てだけして戻ってきたのもターニャに宥められたのが理由です。

 拠点が襲撃されたとなれば賊が逃げるかも知れない、ということで作戦会議もそこそこに騎士団は動く事になりました。そもそも、賊は多くても五十人、騎士団は二百人ほど、作戦なんてなくても力押しで勝てる状況です。訓練も兼ね、部隊を三つに分け三方から一気に攻めることになりました。

 突然の実戦と言うことで野営地点が慌ただしくなる中、アンジェリークとターニャは先発して賊の拠点へと向かいました。

 木陰に隠れて拠点を覗きますが、特に急いだ様子は感じられません。拠点を移動しようとしているのは確認できますが、放棄してすぐに移動するというよりも何日かかけて全てを持って移動しようという風に見えます。


「偵察が来たというのに随分とのんびりしてますね」

「私達をみて騎士だと思わなかったんでしょうね」


 そう言われて装備を見直し、ああなるほどとターニャは納得しました。冒険者時代の装備を着ているターニャは文字通り冒険者にしか見えませんし、アンジェリークに至っては一体なんなのかすら分かりません。冒険者がやってきて賊の規模に驚いて逃げたと判断したのでしょう。帝都に近い場所に賊の拠点ができれば当然討伐隊が組まれます。それが来る前に逃げればいい、そういう判断でしょう。


「あ、気付かれましたね」


 特に変わった様子のない賊達を見ながらアンジェリークが言いました。ターニャは変化を探そうと拠点のあちこちに目をやりますが、見つける前に賊達が自分たちの方を指さし始めました。

 

「さっきもそうですけどよく分かりますねそんなこと」

「こちら側に気付きやすい場所を重点的に確認しているだけです。慣れと勉強ですよ。じゃ、行きますよ」


 さらっと言ってのけるアンジェリークにこの人は本当に十五、六の少女なんだろうかとターニャは幾度目かの疑問を覚えました。

 賊達が慌ただしくなったところで地響きが轟き始めました。賊達が驚いたように回りを見渡し、三方から現れた騎士達に慌てふためいています。旧宿場町の近くまで近付いた騎士達は一斉に剣を天高く掲げ、猿声を上げて突撃を開始しました。

 辛うじて防衛体制を整えていた賊達は一気に恐慌状態へと陥りました。全身に鎧を着ているとはいえ矢など存在しないかの如く突進してくる騎士はあまりにも恐ろしかったのです。

 このまま終わるかと思いきや賊の頭と思わしき男の一斉でなんとか踏みとどまりました。


「アレですね。仕掛けます」


 騎士達の存在感に隠れながら拠点の近くまで侵攻していたアンジェリークは手投げナイフを抜いて投げました。

 パァンという破裂音と共に音速を超えたナイフを賊の頭は避けました。アンジェリークは慌てません、そのぐらいなら団長や副団長は当然として、ターニャも当然の如く避けるからです。ただの牽制であり周囲の賊達を混乱にたたき込む嫌がらせです。

 アンジェリークは投げたと同時に動いており、バランスを崩した頭が立て直した辺りですでに目の前まで接近していました。放たれた居合いの一撃は頭の剣によって防がれました。叩くように弾かれたためアンジェリークは踏鞴を踏み、頭は跳んで距離を取りました。


「厄介なもんを連れてきてくれたもんだなお嬢ちゃん……!」


 冷や汗を流しつつもニヤリと笑って頭が言いました。アンジェリークは正眼に構えて特に反応を返さず、すり足でジリジリと近付きます。


「女の子を斬る趣味は持ち合わせていないんだがね」

「賊のくせにしょうもない心構えですね」


 ある程度近付いたところで一気に距離を詰めますが、同じタイミングで頭も距離を取ります。居合いを弾かれ、動きを読まれて距離を取られた、相手の技量はアンジェリークと同等かそれ以上でしょう。初めての強敵にアンジェリークの心が踊ります。

 アンジェリークと頭が対峙する間にも周囲の戦況は動いていきます。賊達は騎士に唐竹割りにぶった切られ、頭を手助けしようとした者はターニャに阻害され、三方からの突撃はすでに逃がさないための包囲へと移行し始めています。


「逃がしてくれねえかな。こちとら女子供に手は出さねえし、貧しい連中に戦利品を譲ったりもして義賊なんて呼ばれてるんだぜ?」

「まわりにいい顔するために他人から奪った品をばら撒くクソ野郎ということですね」

「……なるほどな、そういう解釈もあるわけか」


 辛辣なアンジェリークに頭は顔を顰めました。正義を馬鹿にされ激怒するだろうと予測していたアンジェリークは舌打ちをします。どのような状況であれ、敵対されている相手に冷静に状況判断されるのが一番厄介なのです。


「悪いがちと謝ってくるから逃っ!」


 頭は急に目の前に現れた氷柱を慌てて砕きました。魔法というのは基本術者の目の前で発動させる物であるので完全に予想外だったでしょう。アンジェリークでも限界ぎりぎりの遠距離発動のため氷柱が現れるだけで終わりの魔法ですが、頭からしたらそれは分かりません。

 魔法発動と同時にアンジェリークは前進します。頭は背後へ飛ぼうとしてバランスを崩しました。靴が凍らされていたのです。砕かれた氷柱を再利用しての魔法です。靴に氷を貼り付けただけで力を込めれば簡単に剥がせる代物ですが、頭に全くなかったがゆえに跳ぶことができませんでした。

 立て直したところでアンジェリークは天高く掲げた刀を振り下ろしました。避けることは不可能、頭は剣を構えて防御を選びました。

 いくら身体強化していようともアンジェリークの体重が軽いため弾くのはそうそう難しくはありません。もちろん、そんなことはアンジェリークにも分かっていますが。

 刀は剣を断ちました。古代文明の遺産、キチンと刃を立てるとなんでもかんでもよく切れる不思議な練習用太刀は勢いを落としながらも鋳造品の安剣を見事に断ちきりました。

 自らの技量を超える相手を倒す為のアンジェリーク必殺の初見殺し、氷柱、足止め、練習用太刀の三連発です。

 反射で顔と体を逸らした頭は騎士団最強の副団長すら超えうる化け物でしょう。しかしながら避けることは叶わず、鎖骨から侵入した太刀は紙の如く肋骨を断ち、肺、心臓、肝臓を裂いて脇腹から離脱しました。

 膝立ちになり崩れ落ちる頭の首が刎ねられました。ゴロゴロと転がる頭の首をアンジェリークは掴むと高々と掲げて叫びました。


「敵将! 討ち取ったり!」


 意気揚々と首を掲げるアンジェリークに、そんな文化のない帝国の騎士の面々はドン引きしていました。

 一度で良いからやりたかった。何をやっているんだと拳を振り上げながら走ってきたローザにアンジェリークはそう答えました。

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