第3話 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な様子でアンジェリークは森の中を歩いて行きます。コンパスも地図もないので迷ってしまいそうなものですが、目印と方角の求め方を理解していれば案外迷わないものです。太陽の位置、目標とする木や谷、岩、倒木や地形の隆起など、自然というのは意外と特徴が多いのです。

 歩きつつアンジェリークは今日は何をするべきかと思案します。


「とりあえず、脳天かち割り丸の代わりが欲しいかな」


 手元にあるのは三つに分けられた男が持っていたショートソードとドスです。ショートソードはボロボロで脳天かち割り丸の代わりとしては使えそうというレベルで、ドスはそれこそ脇差そのもの、少なくとも剣として真面に扱える武器が欲しいところです。


「魔法は不安なんだよねぇ」


 アンジェリークは攻撃魔法は一通り扱えます。扱える、というだけで実戦で使ったことはありません。強いて言えば先ほどの落とし穴が初めての実戦運用でしょう。遠距離攻撃は確かに強力ですが、本番で上手く当てられるかどうかは少々不安がありますし、そもそも近距離での戦闘に向いてません。だからこそメインとなる武器が欲しいのですが、その武器を得る為には武器を持った敵をぶち殺さねばなりません。街で買えよというツッコミを入れてくれる相手はどこにもいませんでした。


「まあ、なんとかなるなる」


 恐ろしく楽観的な結論に到達したアンジェリークの視線の先に砦のようなものが見えてきました。

 黒の森は現在では国の管理の及ばない無法地帯ですが、過去に何度も開拓や防衛目的で探索が行われたことがあります。聖カロリング帝国ももちろんですし、それ以前に存在した古の国々も同じように行いました。黒の森にはその遺跡が無数に転がっていて、そこが盗賊のねぐらとなっているのです。定期的に黒の森付近の村や街道で強盗を働き、すぐに黒の森に逃げるというのがこの周辺での盗賊の基本行動なのです。

 木々に隠れつつ砦の方へと進むと立哨らしき二人組が見えてきました。なんともやる気なさそうに座っているのが見えます。


「さてと、試してみるかな」


 そう呟くと、アンジェリークの体の色が変化していきました。

 光魔法の応用で周囲の環境に合わせた色彩に体や衣服の色を変化させたのです。体の仕組みが同じということは視覚は可視光線を捉えているということ、つまりは光の波長を変えれば見られる色も変わるとアンジェリークは気付きました。


「まぁ、こんなもんか」


 カメレオンの如く色彩の変わった自分の体を見て少々不満そうに呟きました。イメージが重要な魔法ではありますが、理論も同様に重要なのです。今使った魔法は理論がしっかりしていない為、殆ど赤茶けた、単色に近い変化具合でした。少なくとも、改造乗馬服や地肌よりはマシでしょう。

 アンジェリークは音を立てないように回り込みつつ立哨の二人に近付いていきます。前世に比べ小柄で体重も軽いおかげで気配を消すのが容易でした。

 賊達は不平を垂らしながら適当に立哨をこなしています。どうやらこんなところに誰も来るはずがないと決めつけているようでした。

 賊の背後に回り込んだアンジェリークは近くの一人の喉元をドスで切り裂きました。


「うわ! なんだ! 魔物か!?」


 アンジェリークに気付いたもう一人が叫びました。魔法で単色化したアンジェリークを人間だとは思わなかったようです。

 慌てて剣を抜こうとしているもう一人に向かってアンジェリークはショートソードを投げつけました。少女の細腕とは言え、身体強化による投擲の威力は凄まじく、腹に突き刺さったショートソードは鍔までめり込み、そのまま貫いたのちに地面を滑っていきました。

 身体強化魔法を血管だけではなく筋肉の動きまで意識した結果、威力が予想以上に出てアンジェリークも焦ります。なんせ、数少ない武器が手元から離れましたから。


「なんだぁ!?」


 悲鳴を聞きつけたらしい賊が走ってくる音が聞こえます。アンジェリークは咄嗟に砦の二階ほどの高さの壁に飛び移りました。少し飛び出た煉瓦の端を掴んで気合いで留まりつつ水魔法を展開、煉瓦の隙間に染み込ませて凍り付かせます。隙間から出っ張った氷に支えを替えて今度は光魔法を使って体の色を煉瓦に近いものに変えました。

 そうしている間に賊が五人ほど現れ、死んだ二人を見て騒いでいます。

 隙と判断したアンジェリークは氷から手を離しました。そして地面に片足が付くと同時にもう片方の足で壁を蹴りました。矢の如く飛び出したアンジェリークは賊の一人の横を駆け抜けます。すると男の首から血が噴き出しました。

 自分たちの近くを凄い速さで駆け抜ける何かと突然仲間の首が切られた事に男達が混乱します。アンジェリークは進んだ先の木を蹴って方向を変えると次の男の首を同じように切りました。

 ようやく男達は何をされているのか気が付きました。しかし、気が付いたところでどうにもなりません。なぜなら男達は賊、農民や商人などを襲い、騎士からは逃げ、砦を利用して魔物をなんとか撃退している賊です。未知の速度で首を刈り取りに来る相手に対応できるはずもありませんでした。

 あっという間に首から血を吹き出す死体がゴロゴロと転がりました。その遺体の服でドスに付いた血を拭ったアンジェリークは、刃を確かめて嬉しそうに笑います。


「思ったよりも随分良い鉄使ってるじゃんこのドス。まさに拾いものだ」


 骨までは到達していませんが、速度で無理矢理押し切るような扱い方をしたのでへし折れるか、少なくとも刃こぼれぐらいはしているだろうと思っていました。しかしながら刃こぼれ一つないドスにアンジェリークはご機嫌になりました。


「もしかしたら刀もあるかも」


 ふんふんとスキップでも踏みそうな様子で砦の中に入っていきました。

 砦の中には無論賊が居ましたが、アンジェリークは止まりませんでした。むしろ、室内は蹴れる場所が多くなる分外よりも優位です。

 スーパーボールの如く床や壁や天井を跳ねながらアンジェリークは賊を虐殺していきました。ただ虐殺しているわけじゃなく、蹴り方を調整して上手く跳ねられるよう調整したり、敵の持っている武器を使ってみたりなど、今の自分の戦術を実戦で確立しているのです。

 そんなことをしながら三階まで駆け抜けると、砦の奥から全身金属鎧で固めた男が現れました。


「小娘が……いい気になるのもそこまでだ」


 アンジェリークは跳ねるのを止めて距離を取りました。鎧を着ているにも関わらずそれを感じさせない軽い動きをしていたため今までの雑魚と違うと判断したからです。


「怖じ気づいたか」


 鼻で笑う男にアンジェリークは特に反応をしません。男は舌打ちをして構えます。そこにアンジェリークは雷の魔法を放ちました。

 アンジェリークの放った雷が金属鎧に流れますが、男に通じている様子がありません。


「対魔法化処理をしてある鎧だ。これさえあれば魔法使いなんて怖かねえ」


 男は嘲笑しながらアンジェリークに近づき、剣を振り上げました。アンジェリークは姿勢を下げ、男を横をすり抜けるようにして背後に回ります。男はアンジェリークが見えているようですぐに振り返ります。

 アンジェリークは動きながら氷魔法を放ちました。ただし、今度は男の頭上に向けてです。天井が崩れて男が埋まりました。


「こしゃく……!?」

 

 今度は床に向けて氷魔法を放って男を二階に落とします。さらに二階の壁と床の付近に氷魔法を放ち、男を一階に落としながら瓦礫で埋めます。

 そして三階分の瓦礫に向かってナパームをイメージした火焔魔法を放ちます。通常の火焔魔法よりも遙かに高温の火焔が瓦礫に浴びせられ、瓦礫の表面が融解していきました。

 対魔法化処理というのは魔法による影響を防ぐものであって、魔法によって影響を受けた物理現象の影響まで防げません。つまり、火焔魔法の影響は受けなくても火焔魔法によって熱せられた煉瓦の影響は受けるということです。先の天井崩しと同じく魔法防御への対抗策など過去の偉人達により練られているのです。通常は火焔魔法で煉瓦が融解する程の温度まで熱することはできませんが。

 火焔魔法を暫く撃ち続け、瓦礫の殆どが赤くなったところで魔法を止めました。金属鎧の男が瓦礫に潰されていなかったとしても蒸し焼きになって死んでいることでしょう。


「思った以上に魔力を消費したなぁ」


 アンジェリークは疲れたようにため息をつきました。即興で組み上げた魔法はやはり効率が悪いんだなぁと思いました。

 アンジェリークは砦内部の残党をぶっ殺しながら最上階へと上がり、そこで集積された盗品を見つけました。そして、盗品の中から白木の鞘にはいった太刀を見つけ出すと、嬉しそうに拝借しました。

 そしてアンジェリークは一階へと戻ると地下への階段を探し出して降りていきました。地下は牢として作られているらしく、鉄格子が並んでいます。牢の中には女性が幾人か入っていました。


「なんだお前は」


 地下牢の前には監視をしていたらしい男が三人いました。流石に上の騒ぎには気付いていたらしくきっちり武装をしていました。

 アンジェリークは黙って太刀を中段に構えました。


「へ! 自分から攫われにくるなんて馬鹿な奴だ!」


 アンジェリークが女であると気付いた男達が襲いかかります。

 一番最初に来た男の振り下ろす片手剣を前進しながら避けて胴を半ばまで切りました。最初の男が瞬殺されたことに驚いた男が足を止めたため、アンジェリークは前進しながら剣を少し上げます。すると上段が来ると思った男が頭を守るように剣を上げました。剣を上げれば腕が無防備になるのでそこを切ります。

 片腕を切り落とされた男が剣を捨てて悲鳴を上げました。アンジェリークは腕を抱え込むようにして膝を突いた男の首を切り落としました。


「待った! 降参する! 悪いことはもうしないから殺さないでくれ!」


 勝ち目はないと悟ったのか最後の男は剣を捨てて膝を突き、命乞いを始めました。


「立って」


 アンジェリークはそんな男に微笑むと立つように促しました。男は促されるままに立ち上がります。


「次は両腕上げて」

「こ、こうか?」


 男が両腕を上げたところでアンジェリークは男を鳩尾辺りで横一文字に切りました。どうせ役人に引き渡せば死罪か炭鉱で死ぬかのいずれかなので私が切っても良いだろうと思って切りました。前世の時から一度太刀で人を横一文字に切ってみたかったのです。


「濡れた巻き藁と竹だと感触が似てるって話だったけどよく分からないなぁ」


 血を拭い納刀したアンジェリークはそうぼやきました。身体が違いすぎるためいまいちよく分からなかったのです。

 アンジェリークは牢に居た女達をぐるりと見回します。最初は助けに来たと思って目を輝かせた女達は、命乞いをする男を笑顔で切ったアンジェリークに怯えていました。端から見たらどうみてもヤベー奴以外の何物でもないので仕方がありません。

 どうも怯えられているようだと感じ取ったアンジェリークはことさら明るく言いました。


「助けて欲しい人は手を上げて!」


 誰一人として手を上げず、静まりかえった牢にアンジェリークの声は虚しく響きました。

 滑った、とアンジェリークは頬を羞恥に染めました。






「アンジェリークはまだ見つからないのか?」


 ザクセン公爵領の都の門前でヴィドゥキント公爵が部下の騎士に問いかけました。


「もうしわけありません。目下全力で探しては居るのですが……」

「そうか……なんどもすまないな」

「いえ、お気持ちは分かりますので」


 アンジェリークが都から飛び出したという一報を受けたヴィドゥキント公爵は直ちに捜索隊を結成して捜索に当たらせました。都ならともかく街道は黒の森が近いこともあり治安が悪い場所もあるからです。

 不安そうなヴィドゥキント公爵に捜索隊の隊長が近付いてきます。


「公爵閣下、申し上げにくいのですが、やはり目撃情報通り黒の森へと行ったものかと思われます」

「そんな……アンジェリークはそこまで愚かではないはずだ……」

「お嬢様が見つかりました!」


 頭を抱えたヴィドゥキント公爵の元へ朗報が飛び込んできました。馬で駆けてきた伝令に公爵が駆け寄ります。


「アンジェリークは無事なのか!?」

「あ、はい。怪我はない様子なんですが……」

「なんだ!? 何かあるのか!?」

「公爵閣下、落ち着いてください。それでは喋れません」


 伝令と詰め寄る公爵の間に隊長が割って入り公爵を落ち着かせます。


「ああ……そうだな。報告してくれ」

「はっ! お嬢様は黒の森内部の廃棄された砦を拠点にしている賊を殲滅し、誘拐されていた女性を救出したようです」


 若い伝令の報告を聞いた公爵と隊長は互いに顔を見合わせ、再度伝令を見ます。


「……すまない。もう一度頼む」

「お嬢様は黒の森内部の廃棄された砦を拠点にしている賊を殲滅し、誘拐されていた女性を救出したようです。女性達の証言から間違いないです」


 公爵は先ほどとは別の理由で頭を抱えました。娘が全くの未知の存在になっていました。


「……公爵閣下、お嬢様は正義を成したのです。喜ばしいことじゃないですか」

「貴様は自分の娘が唐突に黒の森の賊を殲滅したと聞いて同じ事が言えるのか?」


 隊長は視線を反らしました。


「あ! お父様!」


 アンジェリークの声が響きました。声のした方を公爵が見ると、アンジェリークが満面の笑顔で走ってくるのが見えます。愛しい愛しい末娘の花のような笑顔に先ほどまでの不安などが全て吹っ飛んでしまいましたが、着ている乗馬服が血みどろなのに気が付いて現実に還りました。


「アンジェリーク……なにか良いことがあったのか?」


 核心を突くのが怖くなった公爵はやたら機嫌が良さそうな理由を聞いてみました。


「はい! 今日は森で魔法の研究と実験をしてみたんです! 屋敷では危なかったので! 私の予想通りの結果が得られたんです!」

「……そうか。良かったな」


 賊や助けた女達よりも魔法の事を真っ先に報告する末娘に、公爵はそれしか言えませんでした。

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