第3話 時間

ついに高校3年生の冬がやってきた。

何かに取り憑かれた様に、夢中で勉強した。

俺があまりに勉強に没頭するもんだから、親父が自分も数学を勉強したいと言ってきた。

中卒の親父は、勉強する楽しさを知らないうちに社会に出て働いてきた。

その反動だろうか、自分用に数学の教科書を買ってきた。

俺の家には同じ数学の教科書が3冊になった。

店の休憩時間には、親父が数学を解く毎日が始まった。


「テル、ここわからんから教えてくれ。」

「そこは、数式を知らんとでけへんで。」

「何で知らんとでけへんねん?」

「知らんわ。俺は数学者になりたい訳やないからな。やり方は教えたるけど、数式の成り立ちが知りたいんやったら、学校の先生に聞いてみるか?」

「息子の先生に数学を教えて貰うのは、恥ずかしいやろ。」

「別にええと思うけどな。寧ろ先生喜ぶんちゃう?」

「参考書、うて来るわ。」


親父のプライドなのだろう。

人に頼る事をして来なかったし、仕方ないかも知れない。

幾つになっても学びたいと来る日も来る日も数学を解き続けた親父は、高校1年生の範囲をマスターしていた。


その頃、俺は医学部への合格を手にした。

急いで店に行き、合格を伝えた。

親父もお袋も、その場に居た店の常連客へ息子の自慢話を恥ずかしげも無く繰り広げた。


店での自慢話が恥ずかしい様な嬉しい様な複雑な気持ちになったのもあるが、店からでた。

彼女に直ぐに伝えたかったからだ。

本当は両親よりも先に伝えたかった。


店を出ると、彼女が立っていた。

「なんでおるん?」

「なんでってなんなんよ?」

「合格したで!」

「おめでとう!それが言いたくて来た。」

「何か前に聞いた事ある様な台詞やな。」

「ほんまや!」

2人で大笑いした。


この3年近くを取り戻したくて。

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