ボッチとプロフィール帳



 また来てしまった。恐るべき事態が。


 昨年も同じことをやったことを思い出すから今から憂鬱な気分になり始める。


「では改めて、みんな進級おめでとう!去年に引き続き3組と4組の英語のクラスを担当することになった片岡紀子よ。またよろしくね!」


 この学校にはクラス替えという制度が無い。


 これは人間関係のストレスが勉強に悪影響を与えないための学校としての配慮。


 まあ特に中学時代なんかはクラス替えが起きる度に「ほぼ転校じゃん」って思うレベルで初日から緊張MAXになってしまうから個人的にも有難いんだが……。


「キャバ嬢せんせーよろしくぅー!!」


 出た出た。居るんですよねどこのクラスでもこういう煩いのが。


 普段から休み時間でも良く馬鹿騒ぎしてるリア充グループ筆頭のメンバーだ。


「それは恥ずかしいからあまり言わないでー!」


 とか言いつつも満更でもなさそうだな。


 もうもはやその性格も化粧も全てはキャラ属性のアピール用と言えよう。


 いやその体のラインを若干浮き彫りにするかのような服装にも、クラスの男子の勉強を邪魔しようという悪意すら感じる。


 教師も私服で仕事するのは結構なことだが強調されてる胸どうにかできんか?


「というわけで英語の基礎クラスと特進クラスとでメンバーの入れ替わりがあったから、記念すべき一番最初の英語の授業だし皆で一斉に自己紹介しちゃおっか!」


「待ってました〜!!」


 ──やっぱりかよ!ギャアアアアアア。


 しかも俺は名前順で窓際の最前列から3番手のバッターだぞ。


 どう考えても空振りでバッターアウトしかしない予感があるんだが。


「その前に先ずは先生のアタシから自己紹介するね。今からアタシの自己紹介カードを配るから前列の人から順番に回していってね〜」


 やがて配られた紙を見てみると……なんというか凄い女子女子してるな。


 俺が小学生時代までに大流行していたプロフィール帳のやつだ。


 文字を書く多くの蘭が猫型だしど真ん中にデカデカとハート型の吹出しがある。


 良くこんなものをまだ持っているんだな。まだ売られてたりするのか?


 ともかく片岡先生のプロフィールをざっくりとまとめるとこんな感じだ。


 名前:キャバ嬢せんせーこと、片岡紀子でーす!

 年齢:32歳

 MY FAVORITE:酒、化粧品、洋服、お金(福沢諭吉)、派手なもの

 MY BEST 3の吹出しで「男性の好きなところ」と書かれている:

 1:優しい人

 2:清潔感ある人

 3:仕事ができる人

 今年の目標は?:結婚

 FREE SPACE:困ったことがあればなんでもアタシに相談してね。


 なんていうか、高校生で時が止まってるかのような情報の塊だったな。


 他にもラブコーナーって欄があって付き合った人数は?とか他にも色々と不要な情報で沢山埋められていたからカットだな。


 いや2人きりのときに俺を誘惑するような女性がたった3人とか絶対嘘だろ。


 と思いつつも生徒たちが気になった事柄を楽しく解説していく片岡先生。


「〜とまあこんな感じね。というわけでアタシは未来の旦那さんと結婚できるように頑張って勉強を教えていくから、今年もよろしくね!」


 パチパチという拍手と共に「よろしくー!!」「キャバ嬢せんせーで良かったぁ〜!」「結婚頑張って下さいね!」というヤジがクラスメイトから飛び交う。


 まあ先生の結婚に関しても誰か早く貰ってやれよと思うんだよな。


 なんなら一生徒でしかない俺を誘惑し始める次第だし、早くなんとかしないと俺が攫っちゃうぞ。


「よし、それじゃあ生徒の皆にも立って発表して貰うね。先ずは誰から行く?」


 良かった……今年は出席番号順じゃなかったようだ。


 まあもう何回か同じことやってるけどイマイチ慣れないんだよなこれ。


「先ずは俺からで良いかな?」


 スッと手を挙げたのは、いかにも好青年といった雰囲気の青年だ。


 髪はに染められており優等生っぽいイケメンだ。


 うちのクラスでもトップカーストリア充男子グループの中心的なメンバーだ。


「俺の名前は白銀克樹しろがねかつき。今でも周りから普通に『克樹』って

 呼ばれてるから、初めましての人も気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど特にバスケが好きでバスケ部に入ってる。改めてみんな今年もよろしく」


 また出た出た……最後の切り札である──OMOフィールドだ。


 解説しよう。


 OMOとは『俺はモテる男だ』という語句の頭3文字を取った名称のことで、真のリア充だけが持つことが許された天賦の才だ。


 スキルを発動するに当たって、自分に注目している人間から爽やかさを引き出す効果があり、自分に笑顔が向けられるのが最大の特徴だ。


 これは良くイケメンな俳優が画面に微笑みかけただけで画面の女性のハートが撃ち抜かれてファンとして推すようになる現象からも、このスキルを磨けば磨く程にその強大すぎる効果範囲を持って男としての価値が高められる。


「克樹くんよろしくね!!」


 しかもタチが悪いことに爽やかな笑顔に運動部所属も相まって、モテ度に倍率がかかっている。


 ほら見たことか、斜め前に座ってる女の子なんて既にメロメロだぞ。


 実際に1年生の頃でも学校行事イベントとかでクラスの中心になり、皆を引っ張っていた節もあるから今年もその背中を皆に見せて行くんだろうな。


「今年もよろしく〜!」


 ──ただ現実ではこういうタイプがクラスで一番可愛い女の子と付き合うのが今までの小中で学んできた真理だったのに、そんなこと無かったんだよな。


 も俺と同様にOMOフィールドの耐性持ちだろうか?


「それじゃあ今度は端から自己紹介初めて貰いたいんだけど、良いかな?」


 おい、ちょっと待て。それってつまり……。


 あくまで自然に確認を取るように言葉を投げかけたけど、俺の最前列の女の子がお恐らく羞恥心だろうか、顔を赤くしながらゆっくりと立ち上がった。


 いやこれもOMOフィールドの影響であの男の期待に応えようとしてるのか。


「わ、わた、私の名前は秋口ひ、ひ、ひ──っ」


 うおおめっちゃ噛んでるやんけ……だけどその気持ち凄いわかるぞ。


 俺も去年なんかシュッと立って名前だけで言ったかと思ったらピュッと座って無理矢理この拷問イベントを終わらせたからな。


 いやそんなことよりも今から自己紹介のセリフを練り上げておかなければ。


 ここは一つ冗談でもかまそうか?


 いやいや普段静かな俺がイキってみせたらただの痛いヤツになるだけだろう。


 やっぱり無難で行こうかな……。


「それじゃあ次は私だねっ」


 やがて、そう手を挙げながら元気良く立ち上がったのは河南だった。


 良かった……俺の番はまだお預けになるようだった。

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