第22話 攻守交代



「んっ。お粗末さまでしたっ」


 俺同様に冷静を取り戻した様子の彼女よりも先に完食したので弁当箱を片付けた。


 さっき漂っていた空気もとっくにどこ吹く風になったので元に戻ってようだ。


 良かった……あの雰囲気は慣れないものがあったので驚いてしまった。


 そう安心して箸も専用の入れ物に仕舞おうとしてると、


「ねえニッシー、さっきも言ったけどダンス以外のことも教えてくれてありがとね」


 特に照れることもなく純粋に感謝をぶつけてくれたから俺も同じように答えた。


「別に構わないさ……あとは今日家に帰ったら家族に俺との報告をしてくれたら、俺はそれで良いから。な?」


「オケ丸ポヨっ!」


 木下さんのまるで燃え盛る太陽のような笑みが眩しくて、俺は目尻を収縮させた。


「はいっ、ニッシー! タコさんウィンナーだよ〜?」


 すると何を思ったのか木下さんが俺の方へとそれを摘んだ箸を伸ばして来た。


 えーっと。


 何だこれ?


 いやいや状況的に「あーん」という奴なのはルナの影響で散々知ってるんだが。


 それを木下さんが俺にやる意味がわからないんだが。


 俺がそう困惑してると彼女も自分の行為を自覚して顔を再び少し赤くしたが、何故か箸を取り下げることはしなかった。


「んーっと、木下さん……これは何かな?」


「何って……そんなの決まってるじゃんっ!」


「いや、これが『あ〜ん』って奴なのは知ってるけど……何で? って意味だよ」


「ぁ……そ、それは……」


 また不用意に顔を真っ赤にしてるよこのバカ弟子。


 さっきは自分自身を優先しろって言ってあげたばっかりだと言うのに。


 ダンスの物覚えが早い反動に、知識の吸収は点でダメってことか?


 なんてアンバランスなステータスの振り分け方なんだ。


「こ、これはお礼だよ。ニッシー……いつもダンスとそれ以外のことも私に教えてくれてありがとう、みたいな?」


「それならもう十分受け取ってるぞ?」


 久しぶりに家族以外の手作り料理が食えて大いに満足してるしご馳走になった。


 普段の練習の中でも基本的に真面目に俺の言う通りにしてくれてるから、贔屓を含んでるだけかも知れないがBーGIRLの中では上達が早い部類だと思う。


 そんなわけだから個人的にも彼女に時間を割くのは十分に価値があるものとして楽しみながらレッスンをさせて頂いてるし、関わってて嫌な気も全くしない。


「それはそうなんだけど、もっと感謝を伝えたいって言うか……ああもうとにかくっ! 直接食べさせたいの……ニャハハ〜流石にダメかな?」


「いや、そう言うことなら仕方ないな。分かった、それじゃあお言葉に甘えて」


 遠慮なくパクリっ、と目の前のタコさんウィンナーにかぶりついた。


 モロに間接キスを代表するような行為になってしまい、もちろん俺も恥ずかしく思ったがルナと散々やり合って来たのでこういうのに耐性はついてると自負している。


 それでも恋愛感情が無いとはいえ先程に漂っていた空気を再び引っ張り出す真似にもなったし、顔の熱が緩やかに上昇する現象を止められなかったが食べてやったぜ。


 ムシャムシャ、ゴクリっと……うむ、実に美味しいタコさんウィンナーだったな。


 噛んだ瞬間に肉汁がブワーっと広がって濃厚な味わいだった。


「どう、美味しい?」


「ああ、普通に美味しかったよ」


 それにしてはこいつ顔色が全然変わって無いよな……ううむ何だか不完全燃焼だ。


 ルナやママとは沢山やって来たはずなのに家族以外とは初めてだったんだけどな。


「……なんか面白くないな」


 俺の方は羞恥で心が掻き立てられていると言うのに木下さんは冷静頓着なままだ。


 それとも演技してるだけだろうか? だったらその仮面を取り払ってあげよう。


 やられた分は倍で返す、倍返しタイムだ。


 木下さんのお弁当を確認してみると、あと残りがブロッコリーとタコさんウィンナー1個ずつだったので、ウィンナーの方を横から摘むと彼女の口元へ寄せた。


「ほら」


「えっ……どうしたのニッシー?」


「お礼にお前が作ったタコさんウィンナーの美味しさを共有してやろうと思ってな」


「そ、そう……分かった」


 すると躊躇いもなく餌を与えられた雛のようにパクリと食べてくれた。


 その顔に照れの類は一切無かった……何ならモグモグしてるときの顔も可愛いな。


 これはあれだな……自分の不利な属性と対戦相手に選ばれてしまったポケットクリーチャーの気持ちが分かって気がするぞ……手応えが丸で感じられなかったなあ。


「感想はどうだ?」


「うん、我ながら美味しいっ」


 それどころか自画自賛し始めたぞこいつ。


 ……だがこれで諦めてやれるほど、俺はやわじゃない。


 木下さんの美しい瞳の奥を覗き込むように見つめていると、ほんのりとその頬っぺたに朱が差してきた。


「……本音は?」


「ム〜……ほんのちょっとだけ、ちょっぴり恥ずかしい……かも」


「こんなところで意地を張るなよ、分かってるから。『あーん』は家族か同姓同士でやるんだな」


「別に意地を張ってないよっ、本当に平気なんだから」


 それを実証するかのように先程まで浮かび上がっていた頬の赤みがすぐに引いた。


 もしや照れた原因は俺の強烈な視線だったからだろうか……俺イケメンだしな。


 今頃あの女子による『男子のイケメンランキング』の順位が更新されてるのかは全く知らないが、客観的にもイケメンと認識されてると言うことは本当なんだろう。


 それに生物学的にもあの状況だとそうなるのが自然な反応なだけと言うことかも知れないし、もしその仮説が正しければ俺が行ったのは自分に都合が良すぎる行動か。


「お前もこういうのには慣れてたんだな……」


「う、うん……アイスとナゴミンとは、こうやって食べさせ合いっことか……よくしてるからねー」


「そうなのか……なるほどな」


 それは参ったな……と言いたいところだが、俺の進撃はまだ終わっちゃいねえ。


 まだ最後にブロッコリーが1つだけ残っていたので先程と同様に、それを箸で摘んで木下さんの艶やかな口の前まで持って来ると今度は攻め方を変えてみた。


「ん」

「……えっと」

「食え」

「……!?」


 作戦通りに謎の強気に戸惑ったようだ……それじゃあ次のフェーズに移行しよう。


「おいおいダメじゃないか木下さん……最後にブロッコリーを残すだなんて、ママに『野菜は残しちゃダメよ』と言われて育って来なかったのか? 悪い娘さんだな〜」


 嘲笑を浮かべながら俺も顔をブロッコリーと木下さんの顔から丁度対角線上に位置につけると、迫力が丸で感じられない怒り顔と共にぷりぷりし始めた。


「そんなんじゃないし、っていうかそうなるように誘導したのニッシーじゃんっ!」


 バレたか……けど知るか、って鼻で笑ってあげると面白い程にぷんすかし始めた。


「んもう、ムカつくっ!」


「ああはいはいごめんごめん。ほら、あーん」


 箸を徐々に木下さんの口へと近づけて行くと、彼女も口を開け始めた。


「あ〜ん」


 クルンっ。


「『──あんっ』、なっ!?」


「クククっ」


 一体何をしたかと言うと、あーんすることで木下さんの口の中へと入れかけていたブロッコリーを、箸を持つ手をクルンと返すことで代わりに自分の口へ放り込んだ。


 つまり『あーん』と見せかけた盛大なフェイクだったわけで、知恵の勝利だな。


 口へ入る直前で急にブロッコリーが踵を返したから相当に困惑してしまったか。


 しかしまあ、実にバターの味が効いてて美味いなこのブロッコリーも。


「ちょっとニッシーさっきのは私に食べさせるんじゃ無かったのっ!? なんか凄いムカつくっ!」


 そう呑気に思ってると流石の木下さんも神経を逆撫でされたようだ。


 これは作戦成功だな……かろうじて木下さんの冷静さを奪うことが出来た。


 いずれ彼女がダンスバトルと向き合い始めたときのためのネタとして今後に残しておくとして、今はとりあえず気分を宥める方へ集中させようか。


「すまんすまん、反応がつい可愛くて。改めてご馳走様」


「それ絶対に褒めてないじゃんっ! この仮りはいつか必ず返してあげるからね!」


 やれるもんならやってみろと、横目でジュースを飲み始めるとお弁当が空になったと知るや合掌し始めた。


「……ご馳走様でした」


「んっ」


 結局、俺と同様に間接キスがどうのこうの気にすることもなく片付けをし始めた。


 表情も普段通りで何だか拍子抜けしたが、考えてみれば木下さんのような男ホイホイな高嶺の花がこんなことで動揺するはずもないか、と仮説を立てると納得した。


 一瞬でも『あるいは』という下らない雑念を振り払うためにバナナ&ミルクジュースをごくごく飲んでると、空になったので早速ゴミ箱へ捨てに席を外すことにした。




 その間、取り残された方はと言うと──




「うぅ……本当は恥ずかしかったよ、ばかニッシー……」




 例の自動販売機の真横にあるゴミ箱へ行くために、既に角を曲がってこの場に居なかったからだろう。


 動揺が顕となった少女がポツリと呟いたセリフと、赤くなった耳と頬の熱を慌てて冷やすようにキュッと両の頬に添えられた両手に、少年が気づくことは無かった。




【──後書き──】

(最初はお弁当を食べさせ合うだけのつもりだったのに、いつの間にか意地悪な仕返しもさせちゃってました)それと予想通りに長くなったので3回に分けました。

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