第20話 お弁当



「ふう〜全く、本当にそうだよ。折角のニッシーとお弁当食べる時間が削れちゃった……ム〜この時間凄く楽しみにしてたのに」


 ベンチで俺の真横に座るや急に口を垂れ始める木下さんだった。そんなに告白を受けるのがしんどかったならば連絡先のチャットでサッと『お断りします』でも送ってれば良いと思ったりもするけどな。それに昼休みはまだ半分の時間が残されてる。


「そこまで俺とお弁当を食べるのを楽しみにしてくれてたのは光栄だが本音がダダ漏れで性格の悪いところが出てんぞ木下さん……」


 恐らく長い間の拘束でお腹をも空かせているのだろう……食べ物の恨みは怖いというし人間は空腹で感じてしまうストレスをコントロール出来ないと、普段は温厚な人間が急激に不機嫌で愛想の悪い態度を取るようになるとも聞いたことがあるしな。


「わざと出してるの〜今更ニッシーに天使アピールしても仕方がないじゃんっ!」


「まあ落ち着けよ。昼休みはまだ20分もあるんだから、今からゆっくり食べよう」


「あ、そうだったねっ!! それじゃあ早速今朝に作ってきたお弁当を開けよう!」


 丁度彼女が隣にあった弁当箱を手に取ると2つのうちの1つを俺に手渡して来た。


「木下さんの手作りお弁当か……朝早くにママと一緒に作ったりでもしたか?」


「ニャッ!? ち、違うよ! 私がこうして弁当を2人分も作ったのは実は家族には秘密にしてるし……ってニッシーそれどういう意味なのっ!? 絶対私のことを『木下さんが1人で真面に弁当を作るなんて無理そうだからな、ママにあれこれと指導でもされながら作って来たんだろうな〜。ふっ、微笑ましい奴だ』とかでも思ってるんでしょっ!?」


「ああ、その通りだが」


 見事に俺が抱いてた予想を全て言語化してくれたな木下さんのやつ。


 と言うよりやっぱり秘密にしてたのか、それは流石にバレるんじゃないだろうか。


「ああやっぱりっ!! ムー、外見で人を判断したらメッ! だからねニッシー!」


「自分が頭悪そうな外見をしてるって自覚はあったのかよ」


 それは今日で一番の驚きで『世界でビックリ!! 仰天ニュース』に収録出来そうな案件なレベルだぞ。取材を受けたら国内の視聴率が9割取れそうなもんだが。


 さては相手を油断させるためだけに外見を着飾ってるんじゃないだろうな?


「なんかニッシーがさっきからめっちゃ失礼じゃん! やっぱりお弁当食べさせるの辞めちゃおっかな──」


「ごめんなさい、木下さんのお弁当を食べさせて頂きたいのでさっきはすいませんでした許して下さい」


「ニャハハっ、最初からそう言っておけばいいのっ!」


 ようやくカリカリしてた気分を引っ込めてくれたようなのでもう早速食べてしまおうか……としたところで改めてお弁当箱を見てみると、綺麗なデザインだなこりゃ。


 めちゃくちゃ和風な松製わっぱ弁当というエコ容器なやつのようで、比較的に洋風な家具や小物が頻繁に置かれている西亀家とは違うものでつい見惚れてしまった。


「……ねえニッシー……ぼーっとしてないで早く開けてちょうだいよ……」


「え? あ、ああすまん。つい綺麗だなって思って……今開けるよ」


 若干照れ臭くなりながらも言ってくれたので彼女のいう通りに箱の蓋を開けた。


 木下さんが邪推した通りに俺はてっきり所々に焦げた部分があるんじゃないかと推測してたけど、いざ開けてみたら色彩のバランスまでもが美しい食品が並んでいた。


「まるでシュレディンガーの猫だな」


 予想とは真逆のことが真実だったからもう世の中はわからないことだらけだな。


「え、なに? シュレッダーの中の猫?」 


「勝手に猫を切り刻んで殺すな」


 なんてサイコホラーなシナリオを思いつくんだよこいつは。


 一瞬だけ残酷な場面を思い浮かべるところだったろうが俺の感動を返しやがれ。


 まあともかく、こういうときは木下さんの脳内がお花畑で正直に助かったよ。


「……それにしても、これは……」


 初めてルナ以外の女の子の手作り弁当を見たが、改めて職人が作ったんじゃないかと思うほどに美術館に展示されてるかのような鮮やかさと彩りが広がっている。


 なんと2段弁当になっており下半分がご飯と2種類のお結びで分かれており上は竜田揚げや鯖などのタンパク質を取り囲むようにして野菜が色鮮やかに配置されてる。


 鼻を愛でるのが趣味な俺だが流石に腹が減って来たのでさっさと食べることに。


「それじゃあ、頂きます」


 据え膳食わぬは男の恥というが俺は純粋に真心込めて作って頂いた料理ならどんな出来でも完食するものだ……例え失敗料理でも作ってくれた気持ちが嬉しいからな。


「うん、ゆっくり召し上がってね」


 少し恥ずかしそうにしながらも自信を除かせたような表情でそう訴えてきた。


 余程の手応えを感じたんだろうな……それじゃあ先ずはこのお結びから行こうか。


「んっ……、…………上手いっ!」


 何だこれは……中にシャケが入ってるようだが何故か物凄く美味しいと感じる。


 竜田揚げも中身がサクサクだが同時に柔らかいという絶妙なバランスで出来上がってるし、噛むと中心からブワーっと肉汁が溢れ出して来て口が溶けてしまう程だ。


 野菜に楕円形の噛み応え抜群なトマトもあって気分がリフレッシュされたが、バター味のブロッコリーやコーンと人参も物凄く美味くて夢中になってしまっていた。


「ニャハハ〜ニッシーの食べっぷり最高だね……本当に美味しそうに食べるよ」


「これは絶品とも言えるくらいだからな。レビューを書くとしたら星5一択だな」


 そう言ってあげると木下さんが瞳を歓喜で細めたように見えた。


「ありがとう、嬉しいよ! けど流石に大袈裟じゃないかな……普通だと思うよ?」


「いやこれはプロの領域に入ってると思うぞ……お前は自分の価値を知るべきだ」


 こんなにも美味しいのに自分の技術を卑下する木下さんの方こそ意味不明だし、最近では『学年のマドンナ』に評判が昇格した様子の木下さんの手作りのお弁当だ。


 熊せんせーがこのことを宣言したらお弁当を景品に戦争が起こりそうなものだな。


「ニャハハ〜私は毎日作ってるからね」


「そうだったのか……どうやってここまで料理を極められたんだ?」


 木下さんには遠く及ばないだろうが俺だってママを困らせないようにと、ルナと少しずつ料理の腕を磨いて来たんだ……まあ今ではルナの方が得意になってるけどな。


「実は私のママが一流レストランの副料理長でね。小さかった頃から『運命の人の胃袋を掴むために』って教えてくれたんだ……ちょっと恥ずかしいね、ニャハハ〜」


 それは凄いママさんもいたものだな……それで料理スキルも飛び抜けてるわけか。


「この腕前なら問題ないだろうな」


「そ、そうかな? えへへ〜ありがとう、ニッシー」


 そうやって照れ臭そうにはにかむ木下さんの横顔に不用意ながらもグっと来たな。


「そっか……木下さんのママは凄い人なんだな」


「うん、私も凄いと思える程に自慢のママだよっ! どんな食材を持って来られてもその食材を決して無駄に残すことなくフル活用して、とびっきりに上手い料理を作ってくれるからね……私もまだまだママには敵わないんだ〜。ママの料理はね、いつ食べても夢中になってしまう程に料理が凄く上手なんだよっ!!」


 木下さんも俺と同様に自分の母親との関係が物凄く良好そうで好感度がとても持てるな……ママのことを思い出してるのか語ってる時の笑顔が全てを物語っている。


 やはり人間関係の土台は自分の母親とのやりとりで生まれていくからな。何気ない母親の態度が子供の人生を大きく左右する力を持っていることを、俺のママは知っていたからこそルナも本当に大切に育てて貰って来たと思うし、今では感謝しかない。


 そして木下さんの話を聞いてる限りでは物凄く仲が良さそうだなと見て取れる。


 それは毒親が多いらしい現代の日本では本当に幸せなことだと思う。それに、


「まさか木下さんの作るお弁当がここまで最高だったとは思わなかったからな……控え目に表現しても依存性がある程に美味しいんだし、とんだご馳走だなこれは……」


 自分の家族のとで順位をつける気は毛頭無いが、物凄く自分の舌に合った料理だ。


 この料理には、仮に毎日食べたとしても決して飽きることが無いだろうな。


 ついつい鷹の如く木下さんのお弁当にちょっかいを出したくなる松本さんの気持ちが痛い程に伝わった……これにはそれ程に人を惹きつける強力な魅力があるのだ。


 俺が裕福な家庭に産まれていたなら木下さんを専属料理人に指名してただろうな。


 引き続きご飯とおかずを口に入れる度に勝手に目尻と頬っぺたが緩んでしまう。


「ぁ……ぃ、ぃぞ……」


 俺がそう言うと何故か木下さんがジッと俺に視線を向けたまま動かなくなった。


 どこかキラキラしたものを見つけた赤ちゃんを彷彿とさせるような表情なまま口を小さく開けて固まっているが、っとオイ今箸からポロッとウィンナーが落ちたぞ。


 不思議な存在を見るかのような目で見つめてくるんだが、何か変なこと言った俺?


「どうしたんだ、木下さん?」


「ぇあっ? あ、いや……何でもないよ」


 ようやく我に返ったらしい木下さんが慌てて首を振るや自分の食事を再開させた。


 ただ頬っぺたと耳に少し赤みがかかっていたままご飯を頬張る様子が、森の奥でどんぐりをたらふく頬張ってるリスのようで妙に可愛らしく思えた。


「リスみたいだな」


 無意識に口に出してしまったようだ。


「んっ? …………んっ、何がよ……ニッシーの方こそね」


「仕方ないだろ料理が美味しいんだから」


 昔からママの手作りパスタなど美味しい料理を食べる度に俺には、快適に噛めるギリギリ手前まで口の中を食べ物で詰め込むのが好きだった……何でそうするのかと考えてみたらきっと、それは幸せの味を一杯に感じるための儀式のようなものかもな。


「ん……はぁ」


 今度は俯いたと思うとそっとため息をこぼしたが、どこか妙な色気を感じてしまった。


「どうかしたんだお前?」


「……料理が美味しいって言ってくれたのは嬉しいけど、『依存性がある』は流石にお世辞じゃないかなって」


「そりゃ俺のママの手料理に比べたら劣るかもだけど、定期的に食べたいと思う程には十分過ぎるくらいに上手いぞ?」


「ぁ……その、ありがとう……ニャハハ〜」


 チラッとそのくりくりした大きな目で俺を見上げながら、照れ臭そうに目尻をキュッと収縮させて微笑む木下さんのはにかみには不覚にもドキリとさせられた。


 こいつそんな表情も出来たんだな。


 例え恋愛感情が無くとも男の心をざわつかせずには居られないぞ。


 特に何だよその笑うときにキュッと収縮してふっくらと丸みを帯びる目尻は……これをインターネットに晒しただけでその日にユーザー達が交わしている下らない炎上や議論などが一斉に沈静化する程の破壊力を秘めているはずだ……「尊いな」これ。


「へ……?」


 ますます顔の赤みが色濃くなる木下さん……もしかして俺今のを声に出したのか?


 いやもう言い逃れんは出来んな、絶対にそうだ……じゃなきゃこうはならんだろ。


 これ以上この空気を維持し続けたら木下さんの顔の熱が俺の顔にまで伝染するから、さっさと話題を変えてしまおうか……これは流石に気まずくなるぞ。


「なあ木下さん……その、俺たちの秘密の関係のことなんだが」


「ぇ……あ。うん、何かな?」


 木下さんも危うく空気に充てられかけていたのでさっさと話を進めてしまおうか。


「俺がお前にブレイクダンスを教えてること、姉にはまだ黙ったままなんじゃないか?」

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