第20話

 今年で八十四歳となり、余命も殆どないと言われたエーメイ公国の大公は、長年探し求めてきた自らの夢、装着した者に永遠の生命と若さを与える光輝く全身鎧の在処をついに突き止めると、すぐに行動を開始した。自分が信頼できる親戚筋の貴族の隊長に百人以上の兵隊を預けて、秘密裏に全身鎧が眠るという魔法のダンジョンへと回収に向かわせたのである。


 大公から兵隊を預かった隊長は報告にあった場所、とある山奥の洞窟に隠された魔法のダンジョンに通じる魔法陣、ゲートを見つけると流石に僅かばかりの恐怖を感じた。


 この魔法陣の先にあるのは、ダンジョンとは名ばかりの野盗やモンスターが住み着いた廃墟とは異なる、伝説の秘宝を守るために造られた文字通りの迷宮。きっと秘宝を守るために今まで見たことない危険な罠やモンスターが潜んでいるだろうと。


 しかし隊長は首を横に振ると、自分の心の中に生じた弱い気持ちを振り払った。


(何を弱気になっている。私はエーメイ公国大公の親戚である大貴族! 生まれた時から神に祝福された存在で、天の助けは常に私にある。そして連れてきたのはエーメイ公国軍の精鋭。いかに伝説の魔法のダンジョンとすぐに攻略してみせる!)


 自らを鼓舞した隊長はまず兵隊達をダンジョンに送り込んだ後、自らも従者達を引き連れてゲートをくぐりダンジョンへと侵入した。だがその先にあったのは、隊長達が予想していたのとは異なる恐怖と絶望であった。


「暗闇だと? ……おい! 何をしている? 早く明かりをつけろ!」


 ゲートをくぐって転移した先は明かりがない広い空間で、隊長はすぐに周囲に明かりをつけるように命じるのだが、いつまで経っても明かりがつく様子はなかった。


「おい! 明かりをつけるのにいつまでかかっている? 早くしないか!」


 いくら周囲が完全な暗闇で手元が見えないとはいえ、明かりが一つもつかないことに隊長がやや苛立った声を出すと、周囲から困惑したような部下達の声が聞こえてくる。


「だ、駄目です! 先程からランタンに火をつけているのですが、光が出ません!」


「こちらもです! ランタンだけでなく、明かりの魔法を使わせているのですが、効果がありません!」


(な、何だと? まさかこれは魔法のダンジョンの力だとでもいうのか?)


 部下達の報告を聞いてそこまで考えた隊長が慌てて周囲を見回すが、やはり完全な闇に包まれているせいか、自分と一緒にダンジョンに転移したはずの従者の姿どころか自分自身の手すら見えなかった。それどころか周りからは困惑した兵隊達の声ば絶え間なく聞こえてきて、目どころか耳で自分の位置を把握できなくなった隊長は、ダンジョンに転移して一歩も歩いていないのにすでにダンジョンの奥深くに一人迷い込んだ気分になっていた。


(ま、まずい……! これは非常にまずい。このままでは兵隊達の統率など絶対ぬ無理だ。ここは一度ダンジョンの外に出て体勢を整えるべきなのだが……ゲートは何処にある?)


 今のままではダンジョンの攻略どころか、混乱した兵隊同士による同士討ちも起こりかねない。そうなる前に何とかゲートを探してダンジョンから脱出しようと隊長は考えたのだが……行動に移るよりも先に魔法のダンジョンの牙が襲いかかってきた。


「うわぁあああっ!?」


「ぎゃあっ!? ……ぐぅっ!」


「っ!? 何だ!? 何が起こった!」


 突然爆発音が聞こえてきたと思ったら、続いて兵隊達の悲鳴が聞こえてきた。隊長はとっさに大声を出して周りに問いかけるが、返ってきた返事は更なる爆発音と悲鳴であった。そしてそんな悲鳴を上げている兵隊達の上空を、胴体が機械と同化している奇妙な蝙蝠が何匹も飛んでいた。


 カラミティーズ。


 このダンジョンが侵入者を撃退するために生み出した魔法生物。


 カラミティーズの腹部には頭部のよりも大きな口があり、そこから吐き出される小さな玉が地面に起きた瞬間、爆発が起こり近くにいた兵士達を吹き飛ばす。先程から聞こえてくる爆発音はこのカラミティーズの攻撃によるものだが、カラミティーズの恐ろしさはこれだけではなかった。


「……! 身体が、動かな、い……!?」


「い、息が! 苦し……!」


 カラミティーズの腹部の口から吐き出される玉は、地面に落ちると爆発すると同時に煙を周囲に撒き散らし、その煙を吸った兵隊達が次々と身体の不調を訴えてくる。


 カラミティーズが吐き玉が爆発と共に撒き散らす煙。これは吸った者の身体機能をすぐさま乱して様々な症状を引き起こし、最終的には死に至らしめる即効性の毒で、カラミティーズの攻撃によりこの場にいる兵隊達のほとんどが毒に侵されていた。


「な、何なのだ、ここは……!」


 カラミティーズの攻撃や姿どころか、自分のいる場所の様子すら理解できていない隊長は、辺りから絶え間無く聞こえてくる爆発音と部下達の悲鳴に、身体を震わせながらそう呟くことしかできなかった。


「何なのだ! このダンジョンはぁっ!?」


 そしてついに、恐怖と苛立ちに堪えられなくなった隊長が叫んだ時、彼の頭上で一匹のカラミティーズが爆発する小さな玉を投下した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る