第16話

「ああ、そうだ。二人には他にも見せたいものがあったんだ」


 熊翔は自分が渡した大剣と戦槌を宝物のように見ているレオーラとパルコーに、思い出したような口調で話しかける。


「っ!? まだ何かいただけるのですか、旦那様!?」


「あー……。武器程いいものじゃないけど、とにかくついてきてくれ」


 瞳を輝かせて聞いてくるレオーラに、熊翔は苦笑しながら言うとレオーラとパルコーを上の、アーティファクトが封印されている階層へと連れて行った。


 上の階層にあるアーティファクトが封印されている部屋を三重に取り囲んでいる三つの通路。その一番内側の通路をしばらく歩いたところで熊翔は立ち止まり、自分が呼び出した光の板を見ながら壁に手を当てる。


「地図によればこの辺りだな。……よっと」


「旦那様? 一体何を……えっ?」


「壁が動く?」


 熊翔が壁の一部を押すと壁が動き出し、それを見たレオーラとパルコーが驚きの声を上げる。そして壁の向こうにあったのは、現実世界のマンションと同じ六畳半程度の空間であった。


「これは、隠し部屋ですか?」


「そうだ。下の新しい階層と一緒に作ったんだ」


 パルコーの言葉に熊翔は一つ頷いてから答える。


「さっきは新しい階層に使うエネルギーを全て、武器を作るのに使ったと言ったが、少しだけ残してこの部屋を作ったんだ。この部屋以外にも同じ部屋を二つ、そして『とっておき』の部屋を作ってある。できれば今日からはこの部屋で暮らそうと思う」


「この部屋で……ですか? 今まで通りダンジョンの外にあるあの部屋では駄目なのですか?」


 今日からこの部屋で暮らそうと熊翔が言うと、部屋を見回したレオーラが明らかに嫌そうな顔となって聞いてくる。どうやら彼女は、マンションの部屋で味わった現代似本の生活のとりこになっているみたいだった。


「今まで言わなかったけど、マンションの部屋での生活は結構危険なんだよな」


「危険、ですか?」


「この世界はとても安全そうに思えますけど?」


 レオーラとパルコーは熊翔の言葉に揃って首を傾げる。彼女達二人が生まれ育った世界は文化は中世ヨーロッパのレベルな上、モンスターやならず者達の戦いは日常茶飯事で、そこに比べたら似本は戦いの無い天国のように見えていた。


「確かに似本はこの世界でも有数の平和な国で、ダンジョンアイランドではダンジョンマスターに対する暴力行為は禁じられている。……だが、それでもダンジョンに眠るアーティファクトを手に入れようとする奴らは少なからずいる」


「……確かにそれは否定できませんわね」


 自分もアーティファクトが目的で熊翔のダンジョンに侵入したレオーラがそう言うと、隣ではパルコーも頷いていた。


「だろ? そしてダンジョンマスターがそんな奴らから身を守る最大の手段が、自分のダンジョンで生活することなんだよ。だからダンジョンマスターにとってマンションの部屋はダンジョンと繋がるゲートを置くだけの部屋って扱いであの広さしかないんだよ」


「なるほど。そういう理由があったんですね。そしてダンジョンに引きこもれる場所ができたから、今度はそこで暮らすことにすると……」


「そういうことだ。分かっているじゃないか。それで最後はいよいよ『とっておき』の部屋だ」


 熊翔の説明を聞いて納得したパルコーが彼のことを理解したようなことを言うと、熊翔は笑って頷き、レオーラとパルコーを自分がいうとっておきの部屋へと連れて行った。


「おお……!」


「お風呂?」


 熊翔が連れていったとっておきの部屋は、先程の部屋と同じ六畳半程度の広さしかないが、その半分以上が広い湯船という浴室であった。レオーラとパルコーは暖かい湯で満たされた湯船を瞳を輝かせて見ており、その反応から二人共好印象であると判断した熊翔は上機嫌で浴室について説明する。


「この温泉の湯はただの水じゃなくて魔力が宿っていてな、入るだけで疲労回復はもちろん、どんな重症も治してくれる優れ物だ。……まあ、ゲームのダンジョンにたまにある回復ポイントみたいなものだ」


 熊翔の説明はレオーラとパルコーには半分くらいしか伝わっていないだろうが、彼はそれでも構わなかった。ダンジョンに自分達の部屋を作れたことで、自分の引きこもり生活がより安全になったという事実だけで満足であった。

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