第11話 契約の儀式

「なんだかとても不愉快なタイミングで契約を了承された気する……」


 頬を膨らませて、不満げな様子のルナちゃん。

 せっかく精霊と契約を結べるというのに、素直に喜べないでいるようだ。


「君はルナのどこを気に入ったの、風の大精霊」


 面白い人間なら契約をすると言っていたこの精霊。

 一体ルナちゃんのどこを見て、面白い人間だと判断したのか。


「そうね~、やっぱ普通の人間とはどこか大きく違う気がしたの~。これならこの先数十年暇をせずに済みそうだわ~」


 確かにろうそくを消すことが趣味の人間にはそうそう巡り合えないだろうね。


 僕とフーコはなるほどぉと笑顔で頷く。


 すると精霊はボソッと小声で言葉を付け足した。


「それに……自分よりおっぱいの大きい人間の近くにずっといるなんて、わたし耐えられないし……」

「やっぱそれが本音か!」


 ルナちゃんは血相を変えて叫ぶ。

 先程まで使っていた敬語もどこかに捨て去ってしまった。


「大きさならあたしの方が大きいんだから! ほら! ほら!!」

「体積ではルナちゃんが上かもしれないけど~、カップ数はわたしの勝ち~」


 ルナちゃんは、思いっきり胸を張ってその大きさを精霊にアピールする。


 凄い、あれだけ胸を強調しているのに、ほんの少ししか膨らみが確認できない!


 精霊も精霊だ。

 ルナちゃんよりもカップ数が大きいと言う事はAAカップではないのだろうが、僕から見たらどちらも等しくただの貧乳である。


 違いなんてまるで分からない。

 多分、AAカップに極めて近いAカップなんだろう。


「ふふふ、あの二人も子供ね! ワタシくらい大人になると、胸の大きさなんて気にしないんだから!!」


 そして隣りにいるフーコは一人余裕の笑みを浮かべている。


 が、一緒に暮らしている僕は知っていた。

 フーコが夜中僕が寝たのを見計らって、毎日バストアップ体操を行っている事を。


 僕は有り余る膨大な魔力を使って、人目の付かない所ではフーコを実体化させている。

 だからたまに眠りの浅い時は、必死になって胸を大きくさせようと頑張るフーコの姿が見えてしまうのだ。


 フーコは僕にそれがバレているのに気が付いていない。

 仕方ない。心優しいジェントルマンである僕は、そんな見栄を張るフーコに同調してあげようじゃないか。


「うんうん、フーコは大人だね。胸の大きさを気にしないなんて、立派なレディーだ」

「そうでしょう、そうでしょう! ワタシは胸なんて全く気にしない大人の女なの! 男と同棲だってしてるんだから!!」


 それはもしかしなくても僕の事だろうか。

 確かに一つ屋根の下で一緒に暮らしてはいるが、同棲かと言われると疑問を抱かずにはいられない。


 多分、そこらの女の子が言ってる事を聞いて、テキトー言ってるだけだとは思うが……。


「前から思ってたんだけどさ、精霊って魔力を使って人間の目にも見えるように実体化するじゃん? その時に胸を大きくしたり出来ないの?」

「そんな失礼な事考えてたの、ご主人様? そりゃやろうと思えば出来るかもしれないけど、本来の肉体と異なる身体を構成しようとしたら、使う魔力量が何十倍にもなって、とても実体化を維持なんて出来ないと思うよ?」

「へぇ、それは知らなかったな。てことは、精霊って皆本当に貧乳なんだ」

「本当に失礼なご主人様ね! 精霊だってまちまちよ! あの子達みたいな貧乳だっているし、ワタシみたいな巨乳だっている!!」 

「なるほど。僕が出会った精霊がたまたま皆貧乳だっただけか」

「ワタシの話ちゃんと聞いてた!?」


 ここ数年ずっと思っていた疑問が氷解した事で、とてもスッキリとした気分だ。


 フーコがなんだか「巨乳のワタシの話をちゃんと聞けぇー」と騒いでいるが、生憎と巨乳な精霊に知り合いはいない。


 フーコだってBカップ寄りのAカップだろうに、どこが巨乳だと言うのか。


 僕は未だどちらの胸サイズを競い合っているルナちゃんと大精霊の二人に、手を叩きながら言った。


「さて、それじゃあ契約を始めようか。ルナ、風の大精霊。そこの魔方陣の上に向かい合って立ってくれ。あぁ、魔方陣を消さないよう注意してね?」



~~~~~~



 精霊との契約は案外簡単だ。

 小難しい呪文を唱える必要も、事前に体を清めたりする必要もない。

 ただ魔方陣の上で誓えば良い。


 準備こそ面倒だが、儀式自体は本当にすぐに終わる。


「あたしルナは、生涯あなたと、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、あなたを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓います」

「わたしも~、ルナちゃんと、病める時も健やかなる時も~、愛をもって互いに支え合うことを誓いま~す」


 傍から見ると、まるで結婚式みたいだがまさにその通り。

 これは結婚式の言葉をそのままパクって流用しているのだ。


 魔法学校の禁書を全て読破した僕でも、精霊との契約については詳しく分からなかった。

 長年、精霊と契約を結ぶ人間が現れなかったことで、その詳細が失伝してしまったのだ。


 契約に必要なモノは分かった。

 精霊を実体化させる手段も理解した。

 だがどうやって契約を結ぶのか具体的な方法がまるっきり分からなかったのである。


 分かる事は、契約を交わす人間の血を混ぜ込んだ魔方陣の上で、人間と精霊が向かい合い誓いを交わすという事。


 あぁ、魔方陣の中心にお酒を置くのも忘れてはならない。


 僕はフーコと契約を交わす際、その方法について酷く悩み、そして模索した。


 その結果、思い至ったのがこの結婚式風契約なのだ。

 ……というか、誓いと聞いて僕が思い浮かぶのはこれしかなかった。


 幸運にもこの方法で僕とフーコは契約出来たので、それ以後僕は皇女様なり教え子なりの契約を手伝う際、毎回この方法を採用している。


 そして、結婚式風契約なのだから、当然これで終わりではない。

 お互いに誓いの言葉を口にした後は、誓いのキスだ。


 何の因果か、本当にキスをしたその瞬間に契約が交わされるのだから不思議である。

 もしかしたら、本来の儀式も最後はキスをする流れだったのかもしれない。


「実は~、わたしルナちゃんを見た瞬間にビビっと来たんだよね~。あぁ、この人がわたしの契約者なんだなって~」

「そうなんだ。でもあたしもあなたを見た瞬間思ったよ? この子があたしのパートナーだって」


 恐らく風の大精霊がビビっと来たと言うのは、ルナちゃんの血が関係しているのだろう。

 ルナちゃんは恐らくエルフの先祖返りだ。

 緑色の髪色と、風魔法への強い適性がその証拠である。


 微精霊はそれぞれの属性毎に好みというのがあり、風の微精霊は血を重視する傾向が強い。

 特にエルフ族を好み、その種族毎の好みがそのまま魔法の適性となって現れる。  

 人族は普通、ドワーフ族との相性は最悪って感じでね。


 通常、個性を獲得した大精霊はもっと人の内面を見てその良し悪しを判断するハズだが、もしかしたら微精霊の頃の本能が少し残っていたのかもしれない。


「大精霊、あなたの名前決めたよ。あなたの名前はヒナ。まだまだひよっこだけど、あたし達には無限の可能性がある。これから二人で成長していこう、ヒナ」

「ありがとう~。ヒナ、良い名前ね。とっても嬉しいわ~。一緒に頑張りましょ~」


 ルナにヒナ。

 なんだか双子みたいな名前だ。

 まぁ風の精霊だからフーコ(風子)と名付けた僕よりは数段マシか。


 さぁ後はキスをするのみ。

 それで契約は交わせる。


 僕とフーコは興味津々といった様子で主役の二人をガン見する。


「あ、あんま見られてるとやりづらいんだけど……」

「わ、わたしも、ちょっぴり恥ずかしいわ~」

「早くしないと契約出来なくなるかもよ? 僕もこの儀式についてはまるで分からないことだらけだし」

「わ、分かった、分かったから! する! すればいいんでしょ!?」

「うぅ……顔が熱い~」


 流石にこの状況から契約出来かったというのは勘弁だ。


 風の大精霊、ヒナはゆっくりとルナちゃんの顔近くへ飛んで行く。


 そしてお互いに目を合わせ、すぐに恥ずかしがり目を逸らす。


 そんなやり取りが数度続き、ようやく二人は覚悟を決めた。


 ルナちゃんは目を閉じ、いつでも来い!という姿勢。


 それを見たヒナはその唇に直行。


 そして――――



 ちゅっ



 口付けを交わした。

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