第20話 火球炸裂!

「では赤い色のクジを持った各組は、一回戦の準備をしなさい。ほかの色の組は下がって」


 第二校庭の中央に20人の生徒が、各々ペアになった生徒と対面した。ほかの生徒達が見守る中、第一回戦の最初のグループに属した生徒達は真剣な表情で対戦相手を見ていた。


 セリナもその一人だった。セリナの対戦相手は背が自分と同じくらいの女子生徒、強そうには見えないがそれでもセリナの心に慢心はなかった。


(相手は格上でもない。だけど油断は禁物よ、今までの教訓を忘れないで!)


「ではみなさん、各自位置について!」


 セリナは目を閉じて深呼吸した。とても模擬戦とは言えない張り詰めたような空気が支配していた。集中して上着のポケットに入れていた魔導筆を取り出し構え、戦闘開始の合図を待った。しかしここでセリナは、重要なある事実に気づいてしまった。


 その直後、アグネスの大声が響いた。


「始め!」


 その声が終わった瞬間、生徒達は一斉に自身が得意とする攻撃術を放つ構えをした。


「頑張ってぇええ、セリナ!!」


 セリナを応援する声が届いた。カティア、ミリア、オルハの三人はともに2番目と3番目、4番目になったので、初っ端に戦うセリナの戦いを見守った。しかしすぐにセリナの様子がおかしいことに三人とも気づく。


「あれ? もしかして……」


「嘘でしょ、まさかまた筆が?」


「光って……ない?」


 悪い予感が的中した。やはりというべきか、セリナは筆を持って構えているにもかかわらず先端が光らずにいた。一限目と同じ現象が、よりにもよって模擬戦という場面で起きたのだ。


 しかし一限目とは事情が違っていた。なんと一匹の虫が自分の筆の先端の付け根部分に止まっていた。その虫に気を取られ、集中が途切れてしまった。


(勘弁して、よりによってこんな時に!!)


「セリナ、防御して!!」


 突如カティアの大声が届いた。その声を聞き正面を向くと、対面していた女子生徒から放たれた突風が衝突しようとしていた。


「くぅううう!?」


 セリナは何とか筆を持っていない左手で防御術をかけ、その突風をかろうじて防いだ。だが防御のタイミングが遅かったのか、衝突の衝撃で後退した。さらに左腕からもじわりと痛みが走った。


「危なかった。でも痛い……」


「もう、セリナしっかりして!!」


「セリナ、手先に魔力を集中させて!!」


「第二波来るよ!!」


 三人の声をゆっくり聞く暇がなく、続けざまに対面していた女子生徒から連続で突風の塊が飛んでくる。


 それを見たセリナは筆を咄嗟に口で咥え、両手で防御術をかけるのに精一杯だ。一発一発の威力は高くないが、それでも不得意な防御術のせいか、セリナの体力が徐々に減ってきた。


(このままじゃ防戦一方。こんな半端な防御術じゃ防ぎきれない、どうすれば……)


 セリナは必死に打開策を見出そうと試案を巡らす。そして10発ほど突風を防いだかと思うと、衝突音が消えた。


 見てみると、攻撃し続けていた女子生徒もさすがに疲労が溜まったのか息を切らしていた。


「セリナ、今がチャンス!」


「チャンスだけど、筆どうするの?」


「一限目のアレ出して、集中よ!」


 セリナもその言葉はしっかり理解していた。しかしさっき試してみたが、発動しなかった。


(ちゃんと手先に集中させたはずなのに、どうして?)


 セリナにもよくわからなかった。なぜ筆から術が出ないか、思考を巡らすセリナだったが、何とさっき筆の先端に止まっていた虫がまだいた。


(この虫。一体なんなの?)


 その虫はそこまで大きくない。カティア達には気づかないほどの小ささで、緑色を呈しており、なぜかさっきからずっと筆の先端の付け根部分に止まって動かない。


 しかしそんなことを今気にしている場合ではない。仮にも戦闘の最中なだけに、どうにかして相手を攻撃しないといけない。


 再度筆を構えようにも、ここでセリナの子供の頃からの悪い習性が絡んでくる。虫が苦手なのだ。どうしても虫が気になって集中できない。


(こうなったら!)


 なんと咥えていた筆を地面に落とし、両手に魔力を集中させた。


「はぁ、セリナ正気なの!?」


 カティアも叫ばざるをえない。


「別に、筆を使わないといけないっていう規則はないわよ」


 その横からアグネスの声が届いた。


「あなた達、彼女を見くびりすぎよ」


「先生、でも筆を持っていない生徒と持っている生徒が戦うなんてアリなんですか?」


「駄目という規則もありません。別に相手の同意も得る必要はないです」アグネスはさらに付け加えた。「中には相手から筆を奪うか、弾き飛ばす芸当ができる魔導士だっています。それも立派な戦法です」


「だからといって、これじゃ明らかに不利ですよ!」


「ふふ、だから言ったでしょ?彼女の力を見くびるなって……」


 アグネスが珍しく微笑を浮かべた。そしてその微笑の意味を三人とも直後に理解した。


 セリナと対面していた女子生徒も再度攻撃の構えをした、これまで以上にないほどの強烈な魔力を込めたのか、一回りも大きな風球ウインドスフィアを作り出した。そして放とうとした瞬間、その風球が一瞬にして割れた。


「えっ!?」


 女子生徒が驚く間もなく、とてつもない巨大な轟音が響いた。その轟音は女子生徒の耳にも入ったが、なぜか女子生徒は自分の目の前が空のように青一色となった。いつの間にか地面に仰向けに倒れていたのだ。


 直後女子生徒は起き上がろうとするも、腹部に強烈な痛みが走り、立ち上がろうにも立ち上がれない。その腹部から煙まで立ち込めていた。


 女子生徒はまるで何もわからなかった。だがそれでも立ち上がらなければいけない。そんな必死な気持ちよりも強烈な痛みが勝り、ついにその痛みに屈したかのように手を上げ言った。


「こ、降参……します……」


 セリナの勝利が確定した。その瞬間、外野で見守っていたカティア、ミリア、オルハの三人、さらにホークとザックスも拍手喝采を送った。


「おめでとう、セリナ!」


「スゲェ、相変わらず見せてくれるなぁ!」


「もう冷や冷やさせないでよ」 


 セリナも勝ち誇った表情を浮かべた。模擬戦とは言え、魔導学園エルグランドに来てまだ初日に勝利を体験できたその優越感が徐々に押し寄せた。


(やった……勝ったんだ……)


 セリナは両手が震えた。自分でも無我夢中でどんな魔術を放ったのか正直わからない。ただ確かなのは、相手にスフィアをぶつけることを意識していた。


 しかし倒れた女子生徒から煙が巻き起こっていた様子から、ミリアはセリナからどんな術が放たれたかすぐにわかった。


「セリナって、火も出せるの?」


 その言葉にカティア達も反応した。思えば、セリナが放った術はそれまで風か水のどっちかしかない。いや正確に言うなら、この時点で2属性も操れる時点で凄いとも言える領域なのだが、ミリアの言葉でさらにセリナの凄さが上書きされた。


「マジか、ってことはセリナって……」


「3属性使い!?」

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