第19話 初めての模擬戦

 第二校庭に集まったのは総勢60名以上の生徒の集団、1組と10組が合同で模擬戦形式の授業を行う。10組の担任のアグネスと、1組の担任で同じ女性の教師が腕を組んで立っていた。


 二人の教師から模擬戦授業についての簡単な説明が行われた。この授業は、お互いにペアを組み魔術を放つ実戦を経験することができる。カリキュラムの中でも、特に重要度が高い本授業は必ず2組以上の合同形式で行う。


 理由は簡単で、同じ組同士の生徒では仲良し同士でペアを組み、事前にどっちが勝つか負けるかを話し合いで決められる可能性も高い。それを避けるため、どの生徒も敢えて違う組の生徒とペアを組むよう強制される。


 ただし全ての生徒が戦闘をするわけではない。ある特殊な例で模擬戦ができない、あるいは免除される生徒もいるのだ。


「では治癒術が得意な生徒で、戦闘に自信がない生徒は後ろに下がっていなさい」


 アグネスのその言葉を聞いて、複数名の生徒がぞろぞろと後ろに下がっていった。


「へぇ、治癒が得意な生徒意外と多いんだ」


 カティアが何やら羨ましそうな目で見ている。下がった治癒術が得意な生徒らに対して、アグネスはさらにこう付け加えた。


「あなた達の仕事は負傷した生徒の一刻も早い治癒です。いかに素早く傷ついた魔導士の治癒を行うか、実戦においてはこれが最大の肝となります」


 彼らには彼らなりの大事な役割がある。模擬戦で負傷した生徒の一刻も早い治癒だ。実際の災魔と戦闘することが想定される彼ら魔導士は、治癒まで悠長に待っている余裕などない。そのため迅速な治癒は、ある意味で最も重大な役割を担っているとも言える。


「戦わないからと言ってあなた達、ぼぉーっとつっ立ってるだけじゃ駄目よ。全然動かない生徒は評価がどんどん下がるの、覚悟してねぇ」


 次に説明を加えたのは1組の担任、ずっと敬語で話していたアグネスに対して、かなり砕けた言い方で逆に新鮮味を覚えた。


(なんだろう、あの先生。話し方といい、妙に癖があるような……)


 アグネスよりやや背が高い1組の担任の名前は、ソニア・ロック・ファウザー。長い金髪で特殊な服を羽織っている。それだけでなく、右手の親指の爪を舌でペロペロ舐めながら話している。セリナはその外見と仕草に注目せざるを得なかった。


「変な服着てるよね、あれ着物ってやつ?」


「袖も長いし、足までスカートが伸びてる。あれどう見ても実戦向きの服装じゃないでしょ」


「あの先生、治癒術が得意って聞いたわ。だからあんな変な恰好してるんじゃ?」


 ミリアとカティアとオルハも、ソニアのことをまじまじと見ていた。アグネスも入学式初日は派手な赤い服を着ていたが、それよりもさらに目立つ変な服装に三人の興味が止まらない。そんな三人の興味を尻目に、二人は説明を続けた。


「もちろん入学式初日で注意したように、『攻撃レベル10』以上の術の使用は厳禁よ。まぁ、この中で使える生徒がいるとは思えないけど、念のため補足ね」


「では、それ以外の生徒は全員模擬戦の準備をします。ペアを組むので、各組一人ずつ前に出てこのクジを引きなさい」


 生徒各自アグネスの言葉を聞いて、全員順番に前に出てクジを引いた。因みに1組と10組それぞれが同じ人数にならず、1組だけ二人い多い状況だったため、1組の生徒の二人だけが特別にペアを組むこととなった。


 セリナ含め全生徒がクジを引いた。もちろんその中に、1組の首席ダリルの姿もあった。ダリルは相も変わらず手から火花をバチバチと放ちながら、颯爽とクジを引いた。ソニアから少し落ち着くように注意されながらも、余裕の笑みを浮かべたままだった。


「相変わらず自信たっぷりって奴ね、アイツ……」


「自分が一番強いって自覚あり過ぎでしょ、本当あんなタイプ無理だわ」


「でもアイツの雷、マジで強力なんだよね」


 唯一同じ中学出身のミリアだけは、ダリルの強さをわかっていた。


「そういえば、ミリア。ダリルと同じ中学って言ってたよね」


「ダリルのこともっと教えてくんない? 正直そんな強そうに見えないんだよね、マジで見掛け倒しじゃないかと思うけど」


「見掛け倒しじゃないわ。あぁ見えて、災魔倒したことあるんだから」


 ミリアの口からやや興味を惹く単語が出てきた。


「え、災魔を?」


「いやいや、災魔一体くらいなら私だって……」


 カティアは自分でもそれくらいはできると主張したかったが、ミリアは続けて意味深なことを発した。


「そりゃただの災魔なら、私でもね……」


「え、どういうこと?」


「はい、みなさん注目!」


 その時アグネスの大きな声で会話は中断された。続きを聞きたかったが、各自手に持っていたクジが妙な色で光り出した。そしてその直後、クジから空に向かって光の細い帯が発出された。


「え? なに?」


「みなさんが今手に持っているクジですが、今飛び出した光の帯は、番号が一致する相手のクジに自動で結ばれます。その相手が模擬戦の相手となります」


「へぇ、なにそれ。すごい便利!」


 セリナとカティアが凄く感心したが、ミリアとオルハは何も驚かない。むしろミリアとオルハは、珍しがったセリナとカティアを不思議そうな目で見た。


「セリナ、光帯線ラタリーコネクション知らないの?」


「へ? ら、ラタリー……なに?」


「『光帯線』よ。私達中学校の時に何度も見たけど……」


「う、こんなところで地域間ギャップか……」


 カティアはミリアとオルハの言葉と、周りにも驚いた様子を見せた生徒が複数名いるのを見て、なぜ自分達だけ知らないか察した。


「名門中のアルテナとサロニアの出身のお二人様にしかわからない自慢はやめて」


「ちょ、それどういう意味!?」


 カティアの冷めたような態度に、ミリアもムキになった。


「ごめんなさい、カティア。別にそういう意味で言ったんじゃ」


 思わずカティアとミリアの間で、口論が起きそうになった。しかし今そんな口論などしている場合じゃない。クジから飛び出した光の帯を頼りに、次々とペアを組んでいた。オルハとセリナは互いに宥めようとした。


「もうカティア! 言い争うのはやめて、早くペア組んで」


「わかってるわ!」


 セリナ達も1組の生徒達とペアを組んだ。セリナも光帯線の帯を頼りに、誰とペアになるか探したところ、1組の女子生徒と対戦することになった。


「あなたが、私の対戦相手ね。よろしく!」


「こちらこそ、よろしく!」


 セリナは対戦相手と互いに握手した。だが握手しようと瞬間、自分の手の平が若干湿っていたのを感じた。


(はぁ……緊張するな。初めての実戦……って、違うか?)


 セリナは昨日既に実戦を経験したことを忘れていた。相手は中級生のエース。カティアと二人がかりで戦ったが、それに比べれば目の前にいる女子生徒は同学年、しかも金のブローチはつけていない。


 もちろん正確な試験の順位はわからないが、それでも真紅のエースに比べれば苦戦はしないはずと睨んでいた。


 が、ここでもやはりセリナは自身の試験の順位が頭に過った。


(確かに相手は同学年。学年主席でもないけど、私より上っぽい……)


 誰よりも自分の試験順位を知っているのは自分自身、下から数えた方が早いセリナにとって、相手は自分より格上な確率が高い。かといって大賢者の末裔である以上、模擬戦で恥をかくような成績は残せない。


 するとそんなセリナの気持ちを察したかのように、カティアの声が届いた。


「大丈夫よ、セリナ。リラックスしていこう」


 カティアの声で少しほっとした。しかし応援してくれるのは有り難いが、昨日みたいに共闘してくれるわけではない。


(カティアの言う通りよ。リラックス、リラックス)


 たかが授業の模擬戦、実際に災魔と戦うわけでもなければ、試験という場でもない。緊張しすぎて本来の力が発揮できなければ元も子もない、セリナは必死に平静を保とうとする。


「みなさん、各自ペアを組んだようですね。では改めて、模擬戦のルールをおさらいします」


 アグネスの説明が始まった。模擬戦は1対1の形式で行われ、先に相手を負かした方が勝ちという単純なもの。戦い方は生徒それぞれで、筆を使うも使わないも自由。


 攻撃術の使用は「レベル9まで」、勝敗の判定は相手がダウンし所定の時間が経過しても立ち上がらない、あるいは相手が手を上げ「降参」と発言すれば勝利。


 勝利した生徒は二回戦に進む。勝ち抜き形式のため、最終的に全勝した生徒が最優秀生徒として表彰される。


 因みに勝敗の判定のための時間測定を、特殊な魔導生物パペットが行うこととなった。その魔導生物とは審判鳥ジャッジオウル、全身茶色の見た目で、丸い大きな瞳が特徴の小型の鳥の見た目をしている。


 その鳥が全部で5羽、空中を飛び回り始めた。人語こそ離さないが、戦闘の勝敗の判定を担う大事な鳥達だ。


 魔導生物を見慣れないセリナも、物珍しい目でみつめた。


 なお治癒術担当の生徒は、負傷した生徒をいち早く治療するのが仕事。戦闘に参加する生徒数に対し、治癒を担当する生徒の方が数が少ないので、一人に複数名の生徒を治癒することが可能。


 治癒した生徒の数、および回復具合などを1組の担任であるソニアが、誰が優秀な治癒術使いかを評価する。


「因みに、今回26組いるわけですが、組の数が多く1組ずつ模擬戦をやっていたら時間が足りません。そこで5つのグループに大別して、各組で一斉に模擬戦をやってもらいます」


「最初のグループは赤い色のクジを持った組ね。2番目のグループは緑、3番目は黄、4番目は青、5番目は白よ」


 セリナの持っていたクジは赤い色に光っていた。


(え、ってことは私最初に戦うの?)


 セリナはかなり動揺してしまった。まさかと思ったが初っ端に戦う羽目になるとは、少しセリナにとって予想外な出来事だった。

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