ほわいとみるくびたー

吉祥 昊

ハチャメチャ☆クッキング

File1.川村みどり(18)



「お願い!チョコの作り方教えてください!!」


 いいよ、って言うんじゃなかった……と心から後悔している。


 ◇


 お菓子作りが趣味で、たまに自作のお菓子を学校へ持って行って友人と食べることがある。宮田さんに声をかけられたのもその時だった。


「川村さんってお菓子作り得意だよね?」


 学年一の美少女とうたわれクラスの人気者で頭もいい。そんな宮田さんから話しかけられて浮かれてしまったのがいけなかった。


 ◇


「宮田さん何入れたの!?」

「え、え~っと...」

「なんで煙が出てるの!?!?」


 宮田さんからお願いされて、それじゃあ放課後一緒に作ろうと家庭科室でお菓子作りを始めたのが30分前。チョコを取り出すより早くボウルにゆで卵を入れたときは慌てて止めたけれど、今も少し目を離した隙にまだ湯煎ゆせんもしてないはずのチョコレートから煙が出ていた。


 30分しか見ていないけどわかる。彼女はどうやら料理が苦手らしい。


「ごめんね。私料理全般ダメなんだぁ」

「宮田さん変に冒険しないで、少ない材料で作れるトリュフチョコを作るのはどうかしら。今度はしっかり横で見てるしきっと上手に作れるわ」


 しおしおと落ち込んでいる宮田さんの指にはたくさんの絆創膏ばんそうこうが貼ってあった。


「大丈夫、一緒に美味しいチョコレート作りましょう!」


 放課後の家庭科室に二人。チョコレートの甘い匂いが漂っていて全身でバレンタインが近づいてきていると感じる。……宮田さんが最初に作ったゆで卵の匂いもかすかにするけれど。


 それにしても宮田さんとは普段あまり喋る機会がないからちょっと不思議な気分だ。


「…えーっと、生クリームを入れて、、、」

「こう?」

「そうそう!すごい、上手じゃない!」


 そうかな、と宮田さんの声が明るくなった。彼女の料理は決して壊滅かいめつ的な訳ではなかった。ただ少し独創的なだけ。ちゃんと横で見ていたら手先も器用で美味しそうなトリュフチョコが完成した。


 明日はバレンタイン。宮田さんも誰かに渡すために作っているのだろうか。


「このチョコはもしかしてバレンタインの?」

「うん、皆にあげる分。川村さん長い時間付き合わせちゃってごめんね」

「私も作ろうと思ってたからちょうど良かった。気にしなくていいのよ」


 まさか宮田さんと作ることになるなんて。同じクラスでもほとんど関わりがなかったから少し不思議だ。

 宮田さんには指が傷だらけになっても、普段話さないクラスメイトに助けを求めてでも渡したい人がいるのかな。


 私も…彼に"友チョコ"としてなら渡してみてもいいだろうか。友チョコなら貰ってくれるだろうか。


 あげるにせよ、あげないにせよ、とりあえずチョコをたくさん作ろ、、う?


「抹茶のトリュフも作ったの?」

「おっと見つかってしまったかね」


 おどけた声でそう言うと、まるで小さい子が悪戯をするような表情で内緒ポーズとウィンクをする。


「これは特別」


 その仕草に思わず赤面してしまった。

これは男が放っておかないわ。私でも思わず惚れそうになってしまったのだから。


「宮田さんからもらって喜ばない人はいないわね。そのチョコを貰う人がうらやましいわ」


「そうかなあ……、そうだといいなあ」


 その声が少しだけ震えている気がして宮田さんを見ると、ちょっとうれいを帯びたような顔をしていた。


 宮田さんにそんな表情をさせるなんて一体どんな人なんだろう。


「え?」

「え、」


 きょとんとした顔で宮田さんが私を見る。何かおかしなこと言っただろうか……まさか、


「も、もしかして今の口に出てた?」

「ばっちり」


 宮田さんはクスッと笑ったあと、何か考える仕草をして私の口に抹茶トリュフを1つ入れた。

うん、美味しい。やっぱり上手に出来ている。


「このチョコと同じ名前の人にあげるの」


 そう言って宮田さんは笑った。同じ名前…?抹茶トリュフ、、、あ。抹茶と言えばってことかしら。


 一瞬私のことかと思ったけれど、それが誰なのかすぐにわかった。


「きっと、きっと喜ぶわ。すごく美味しいもの。その人なら必ず喜んでくれると思う」


 ありがとう、と笑う宮田さんの顔は少し赤みがかっていて、本当にその彼のことが好きなんだなと思った。


 ◇


 チョコが完成した頃にはすっかり外は暗くなっていた。外に出ると冬の空気が一気に鼻に抜ける。いつもは寒くて震えながら家路いえじにつくけれど、今日は何だかその冷たさが心地良い。


「今日は本当にありがとう!また今度お礼させて!!」

「こちらこそ楽しかった。ありがとう」


 いつもは美味しいお菓子が出来るのを楽しみに作っていた。私が作ったお菓子を喜んで食べてくれるのが嬉しかった。でも……、


「誰かと一緒に作るのってこんなに楽しいのね」


 明日、宮田さんが好きな人の横で笑っているといいな。そんなことを思いながらチョコレートの入った鞄を抱きしめて歩き出した。


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