第17話 オアシスに消えたパミ‥‥あれ?
アンズ達先行部隊の到着から程なく、残りのキャラバンの者たちもその場に辿り着いた。
事の顛末を報告しようと、長老を探したイリジスの目に意外な人物が飛び込んで来た。
「村長?」
怪訝な表情を向ける。が、それは向こうも同じだったらしい。村長の方も目を見張っている。村長と肩を並べていた長老がにっこりと微笑む。
「よう頑張ったな、イリジス。主らが盗賊を征伐してくれたと言う話は、この村長よりしかと伺っておる。この村長殿はいち早く主らの活躍を知っておられた様じゃ」
村長が顔を強張らせるのを見て取ったイリジスは、口の端に冷笑を浮かべる。
「そうですねぇ。村長様のお陰で俺たちはいち早くオアシスへ辿り着く事ができましたからねぇ。本来ミアーナ様をご指名だった仕事をうっかり俺たちがやっちまったせいで、村長様のお考えとは違う事態も起こりましたが、何とか上手く事が運んだ様で……いやぁ、ホントに良かったですねぇ」
やけに丁寧な口調でこんな事を言ってのけるイリジスに、いつものことながら背中が痒くなる感覚を覚えてシェラハが顔をしかめる。
「んもぉ!気持ち悪いっ、はっきり言ったらどうなのよイリジス!あたし達は利用されただけだって!!その村長に騙されて、危うく死ぬところだったのよ!砕けた岩と、水でミアーナだって大怪我したんだからっ……」
感情的に叫んだシェラハの言葉に、長老の横に立っていた村長の顔色がはっきり変わった。
「わたしが……あなた達を……そんな事は……」
それまで、恰幅の良さも手伝って実に堂々とした様子だった村長だが、シェラハの言葉にはっきりとうろたえ、何か言おうと口をパクパクさせている。そんな村長を見て取り、逆にシェラハは冷静になった様だ。
「パミは必死に止めてたもの。……どうなるか分かってたからじゃないの?」
今度は静かな口調で言う。
「そ、そうだ……私の孫……ディアンタルは……?」
孫の姿を探して、村長の視線が左右へ彷徨う。が、パミはここにはいない。シェラハ達はミアーナとともにパミをオアシスに待たせてあるのだ。それにしても、この村長は孫息子を行き倒れに見せかけたり、危険な洞窟へ入らせたりしておいて今更何を心配するのか、とシェラハは苛立ちを覚えて、唸る様に言う。
「いないわよ。……ここには」
その声音と言葉を村長はどんな意味で捉えたのか、眉間に深い皺を寄せ、愕然とした表情でシェラハを見詰めている。
「ここには……ですと?……では……どこに……?」
かすれそうな声で懸命に言葉を綴る村長。すがる様な視線でじっとシェラハを見詰めている、いや、横たわっている盗賊達や、村長の側でキャラバンの男に腕を捕られて立っている黒服の男も、シェラハに注目している様だ。大勢の視線を浴びてシェラハは少々緊張したらしい。
「オアシスよ」
緊張のあまり硬い声になったシェラハの言葉に、イリジスは頭を抱えた。最後の岩盤を砕いて、異形の獣であるミアーナまでもが大怪我をする事態となった今、それに同行していて姿を見せないパミが未だオアシスにいる……と聞いたら、大概の人はどう思うだろうか?と考えての事だ。
「ディアンタルが死んだだと!?」
イリジスの予想通りの言葉が、しかし予想外の人物から発せられた。声の主は、キャラバンに伴なわれてやって来た黒ずくめの男。アンダンタルと仲間から呼ばれていた男だ。
「どう云う事だ村長!!ディアンタルが死んだ?ディアンタルに何をやらせたんだ!命の危険を伴なう事をやらせるなど……話が違うぞ!!」
黒ずくめの男は、村長に詰寄った。腕を捕っているキャラバンの頑強な男が、思わず引き摺られるくらいの勢いだ。
「わ・私だってそんな事は予期していなかった!しかし行きたいと言ったのはディアンタルだ!!断れば一緒にいた、その2人に疑われた……。行かせるしかなかったんだ!!」
眉間に深く皺を刻んだ苦悶の表情の村長が、シェラハとイリジスを目で示しながらアンダンタルに訴える。
横たわった男達も動揺した。地面にうつ伏せになったままだったが、全員が息をのみ、または今聴いた事が自分の聞き間違いではないかと確認し合う様に、信じられないと云った表情で目配せをし合う。
「しかし井戸は出来た!……ディアンタルの命を無駄には出来ん!!」
村長の言葉に、アンダンタルのみならず、盗賊団の男達までもが息を飲む。
井戸が出来た。
この事は、村長だけでなく、アンダンタルをはじめとした盗賊達にとっても重要な事だった様だ。盗賊たちも静かに村長と長老のやり取りに注目している。
深く息を吸い込み、幾分落ち着きを取り戻した表情で、村長が隣に立つキャラバンの長老を振り返る。
「長老殿、お願いがあります。どうしても聞いていただきたいお願いです」
落ち着きを取り戻したとは言え、未だ硬い表情のままの村長。対して受ける長老は柔和な笑みを湛えたまま静かに頷き、村長の話の続きを促す。
「何も聞かずに、盗賊たちを置いてここから立ち去っていただきたい」
村長が話し終える前に、今度はキャラバンの人間達が色めきたった。自分達や守護竜までもを利用しておいて何と言う言い草だろうと、キャラバン中にざわめきが起こる。
「ふぉっふぉっ……‥それは少々ムシが良すぎませんかな?」
あくまで柔らかな口調だが、長老の老人とは思えない鋭い光を湛えた瞳がキラリと光る。
「重々承知の上です。それを曲げてお願いしております。失われたディアンタルの命に免じて、何も見なかった、何も無かったと言う事にしてすぐにこの村から手を引いていただきたい。あなた方は誰も命を落とされる事は無かった。私は……すぐにでもディアンタルの菩提を弔ってやりたいのです。そしてこれ以上、誰の命も失われて欲しくは無いのです」
深々と頭を垂れる村長。
「これは困った事を。それではお孫さんを助けた、そこなるイリジスとシェラハ……そして我等の守護竜ミアーナ様には何と言って納得してもらったらよいのでしょうな?ここまで関わったからには、せめてあなた方の生活を脅かす盗賊を懲らしめ、ディアンタル殿の望みを叶えてやりたいと思っていることでしょう。まぁ、『偶然』あなた方は井戸を手に入れられたと言う。井戸があれば今後盗賊の脅威にさらされる事は少なくなるでしょうが、それでも我等砂漠の民としてオアシスの平安を脅かす輩を放って置く事は出来かねますな」
長老も引く気は無いらしい。柔和な笑みを湛えたまま、きっぱりと言い放つ。
シェラハは、すっかり死んでしまっている事にされているパミを少々気の毒に思いながら、それでも更にそれをネタに、塔とオアシスを結ぶ水路……井戸を自分達を利用してしっかり掘らせておいて、何も無かった事にして立ち去れと言い切る村長の図々しさに苛立ちを覚えていた。
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