番外編 朝と夜の海辺で

▽改稿作業で本編が更新できていないため、番外編を置かせていただきます。

一章のマシュマロゴーストとチョコレートムーンの、少しだけ過去のお話です。













 淡い雲の切れ間から覗く月は、いつの間にか遠ざかっていた。先程まであれほど輝いていた満天の星も、白む水平線からの光に呑まれ、透明に薄れていく。

 黄金と薄桃の混じる空が、いよいよ夜の終わりを告げている。

 寄せては返す波の音だけが、変わらず二人を包んでいた。


「……私も、地獄に行きたいな」


 か細い声が、砂の上に落ちる。

 あの空に浮かんでいた星と同じ形の砂が、サンダルと少女の素足を灰色に汚している。


「マロと、一緒に」

「セレニエル……」


 波打ち際に並んで座って、ひっそりと肩を寄せ合って。

 恋した天使の名を呼んで、地底の少女は困惑した。


「……意外と、道徳的なんだね」


 肯定の返事が返ってこないことにいじけて、空いた片方の白い手が砂の粒を弄ぶ。

 アッシュピンクの蝙蝠の羽が、焦ったように震えた。


「道徳とか倫理とかどうでもいいよ。ただ、私に恋したせいで、セレニエルが困ったら、私、」

「……私は、好きな人が私のことで困ってくれたら嬉しいけど」


 やっぱり道徳的なんだ、と天使の少女は可笑しそうに笑う。


「ねえ、好きだよ」

「私も好きぃ…………」


 はあああ、と深く膝に顔をうずめて、豊かなミルクブロンドの髪が波に濡れるのにも構わずに。

 夜の海は全てを覆い隠してくれるかのような静けさで、少女たちを包んでくれていた。間もなく朝が来る。別れの時間が、来る。


 まばゆい朝を間近にして。

 美しい天上の空を見上げて。

 それでも、彼女は地の底が良いと言う。


 無理もない。恋した少女にとって、愛しい人の隣こそが楽園である。

 楽園に堕ちて、沈んでも、きっと何も悔いはない。


 地底の少女は意を決して、確かな足取りで立ち上がると、傷ひとつない真っ白な手を掴んだ。


「太陽が昇る前に、」


 真っ直ぐに見つめられて、少女の瞳に感情の炎が灯る。炎の名前はときめき、期待、そしてきっと、愛。

 恐らく近い将来、もう二度と太陽を見ることがないであろうその瞳の中には、どんな恒星よりも眩しい光が宿っていた。そして、光の中心にうつる、愛しい人の姿。


「あなたを、地獄へ攫って行く」

「ふふ、喜んで」


 砂に汚れた白い羽が、ひらり、波間に落ちて消える。

 昏く温かい夜の続きへと、少女たちは駆けていく。身体を食い破らんばかりの鼓動を、歓喜を、興奮を、永遠と思うような。はじまりの夜。朝の終わり。

 

 やがて波の音だけが残った海辺で、東雲の水平線が煌々と灼けた。

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