第16話 ステータスウィンドウ

 朝を迎えると、マリアとその姉ライオネルは銀毛の虎となった俺を枕にするように寝ていた。そのせいか、俺は夢の中で重機に押しつぶされ、身動きが取れずに地面に五体投地した状態でボルボの腹踊りを眺める妙な光景を見ていた。


「二人とも、朝だぞ」

「……今何時ですか?」


 マリアは眠そうな声音で時間を尋ねる。


「知らないよ、けど八時くらいじゃないか?」

「ぬへへへ、獣〇も悪くない」


 ライオネルは夢の中で俺と目合っているようだし。

 この姉妹は朝に弱そうだった。


 二人が起床し切ると、マリアは水の魔法で焚火を消して。

 その間、俺は人間の姿に戻り、着衣をすませていた。


「これからどうするのですか?」


 マリアは俺に今後の方針を尋ねる。


「イングラム王国に近づきつつ、可能であれば情報を入手して、それと、俺は今回のことを機に手に入れたいと思ったものがある」


「それは私の愛かな?」


 ライオネルは恥ずかしげもなく、素面で言うが違う。


「俺はモンスターの能力を取り込むことが出来る特殊な体質なんだ、だから、飛行能力を持っているモンスターと接触を図りたい。先ずは近場の街を目指そう。出来れば冒険者ギルドの窓口があるレベルの街に」


 そう言い、俺は南西に向かって歩き始めた。

 王国はここから東南東の方角にあるのだが、街は南西にあるのを知っていた。


「……シレトくん、昨日言っていた、ミラノさんってどんな人だったの?」


 街に向かって荒野を歩いていると、マリアは退屈しのぎなのか、ミラノについて聞いて来た。


「彼女は俺の生家とゆかりのある貴族家のご令嬢だった。幼い頃は社交界の場で何度か挨拶したことがあって……けど、いざ王立学校に入り、俺が下位クラスにいることを知ると向こうがある日俺を校舎裏に呼び出したんだ」


 あの時のことは今でも覚えている。


 彼女は学校から早くも将来を有望視され、どこか鼻に掛かった様子だった。

 ある日のこと、ミラノは俺を校舎裏に呼び出して――


「壁ドン?」

「壁ドンって何です?」


 俺に迫り、肉薄した状態で背後の壁に諸手を突いていた。


「シレト様、もしかして貴方、入学試験の時に手を抜きませんでしたか?」

「……いや、そんな覚えはありませんね」


「嘘を仰らないでください、私は貴方を一目見た時から、底知れない何かを感じていたんですよ? 今からでも遅くはありません、学校に再試験を要請し、貴方の真価を見せてさしあげるのです」


 彼女の熱意の籠った紅の眼差しに恥ずかしくなって、つい目を逸らす。


「買いかぶりですよ、ミラノ様、俺には貴方のように秀でた才能はありません」

「……シレト様、今しばらく目をつむってくださいませんか」

「何をするおつもりですか」


 言われるがまま、瞼をつむると、唇に柔らかいものがあたる。

 異性と初めてキスをした瞬間だった。


「シレト様、今一度、お願い申し上げます」


 と言われ、その三日後に俺は学校の再試験を受けたんだ。


 結果はCクラス相当の実力と判断され、それまでBクラスに在籍していたはずの俺は降格処分を言い渡されるという学校が始まって以来の珍事を巻き起こし、学内の新聞でもスクープされた。


 以来、ミラノは俺と縁を切るように話しかけて来なくなって。


 その後、色々あってSランククラスに昇格すれば。


 彼女からもう一度校舎裏に呼び出されたんだ。


「ただそれだけの間柄かな」


 二人にミラノのことについて説明し終えると、マリアは眼鏡を光らせる。


「もう一度、校舎裏に呼び出されて、何かされなかったのですか?」

「それは決まってるだろマリア、シレトとその彼女は再会し、ヴァージンを捧げたんだよ」


 ライオネルは片腕で自分を抱き留める仕草を取り、ちゅっばと口を汚く鳴らす。


「いや、二回目の時はキスも何もされず、ただこう言われた」

「なんて?」

「今さら実力を発揮し始めたとしても、もう遅い。私はお前との許嫁を破棄している。って」


 その時になって初めて知ったんだ。

 ミラノと俺は、お互いの家が取り持った許嫁関係だったことに。


「ハハハハハっ! ざまぁない」

「ライオネル、貴方はこういった失恋経験も豊富だろ?」

「勘違いするなシレト、私の失恋はどれも私から破局を申し出る」


 とまぁ、こんな感じで街までの道中は恋バナで、お互いの思い出を語り合った。


 § § §


 剣と魔法の国、異世界イルダにも一応国境というものは存在する。今いる国と王国は小さな中立国を挟み、お互いにけん制し合うように冷戦状態にあった。でも近年になり、対立し合っていた両国は和平に交渉が進んでいる。


 今回、俺達が辿り着いた所は王国の敵国――フォウの花の都と呼ばれる街だ。


 ここはフォウの首都から西部よりに位置する都市で、ある一つの取り組みが話題になっているらしい。


「ここは主に二十代から三十代の、国の中でも若い連中だけで構成された街らしい。それが花の都と呼ばれるゆえん」


 フォウの代表が、若い世代を育てようと積極的に街に若者を収集している実験都市だ。たしか、この街は国とは違った特権法をようりつしているらしく、初めて街に訪れた者には容赦ない洗礼が待ち受けているんだとか。


「容赦ない洗礼? 一体なんです?」


 街の入り口でマリアからその洗礼の内容について聞かれるが、俺も知らない。

 すると――ザザザという雑踏をあげながら、街の警備兵のような連中が現れた。


「貴様ら、この街は初めてか?」


「そうだよ、俺達はカタルーシャから長い船旅を経て、中立国のイシッドに向かっている旅人だ」


「……よし、なら整列しなさい。今から順番に聞いて回る」


 言われ、俺、マリア、ライオネルの順番に並ぶと。

 警備兵が取り囲み、一人が前に出て、大きく息を吸って。


「っ――貴様は男かッッ!?」


 目一杯の大音声で、こう叫んだ。


「……そうだけど?」

「歳は!?」

「今年で十六」

「なればこれに署名を! 次のもの――貴様は女か!?」


 署名を! と言われ渡されたのは魔法紙のようだ。そこには名前、年齢、出自、といった個人情報を記入する欄があって。魔法紙の下部には『ようこそ花の都へ! 共に青春を謳歌しましょう!』と書かれていた。


「逆に問おう!」


 魔法紙に罠がないか調べていると、ライオネルが警備兵に怒鳴り返している。


「貴様チェリーボーイか!? むぐっ」

「黙ってください姉さん、初めて来た街なんだから、大人しくしてください」


 マリアがライオネルの口を片手間に塞ぐと、ちゅうちょなく魔法紙に署名していた。


「……心配しなくていいよ? この紙に害意のある魔法は掛かってないから」

「そうなんだ」


 彼女は神から魔法の才を与えられたはずだから、ここはマリアを信じ、署名しておいた。すると魔法紙は青色に光り、ふわっと頭上に浮くと、半透明の雫となって俺の身体に降り注いだ。


「今、君達は簡易的な自己証明用のステータスウィンドウを取得した。ステータスウィンドウとは何か説明しておく、これは今署名いただいた情報と、君達の能力を数値化したものを表示し、証明することができる半透明状の魔法の書状のことだ」


 ……へぇ、この街ではステータスウィンドウを独自に考案していたのか。名前、性別、年齢、出身は署名によるものだが、各々の能力は何かの基準で数値化しているのか。


 地球ではMMOなどといったゲーム漬けだった俺にとって、この街の洗礼とやらはつい口元が緩んでしまうものだった。

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