第7話 旅立ち

 少女の問いに答えた後、持前の能力を使い、俺は身体を液状化させた。


「ひ」

「声を上げるな、これはスライム種の能力を使っただけで、首輪から逃れるためだ」


 女性の奴隷の方は臆病なふしがあるな。


「本気なんだな?」


 その逆に青年の奴隷の方は、勇気はありそうだが、犠牲者精神も見受けられる。


「無論、逃げる前に自己紹介をしておこう。俺の名前はシレト、お前らの名前は?」


「わ、私の名前はベルベット、みんなからはベルって呼ばれてる」


 ベルと名乗った女性の奴隷は赤毛の髪を肩で一つに束ねている。

 その素養をみるに、彼女は何かの失態で奴隷落ちした一般家庭の出だろう。


「俺の名前はレイモンド、略称はおそらくレイ」


「ベルにレイだな、この先お前達を頼る場面は多いと思う。出来れば逃げ出さないでくれよ」


 それで、俺が二人の子供の偽装として見立てた少女の名前はなんて言うのだろう?


「お前の名前は?」

「ないよ」


 名前がないのか……とすると、この子は生まれながらにして奴隷だったのだろう。


「なら、お前は今日からルリと名乗るんだ」

「ルリ? どういう意味?」

「宝石のような娘って意味だよ」


 そううそぶくと、ルリは喜ばしいように笑んでいた。


 三人の名前を聞いた後、俺達は時を見計らって馬車から飛び降りた。

 そして俺はタンザック準男爵に別れを告げるため、馬車を並走する。


「準男爵はいるか! 悪いが俺はこのまま自然に帰らせて貰うぞ!」

「……シレト、お前まで私をおいて行ってしまうのか」

「俺には、なさねばならないことがあるんだ」

「そうか……ならば行きなさい」


 意外にも、彼は俺を制止しようとしなかった。

 彼は貴族権益に甘んじるだけの男じゃなかったようだ。


「すまない! 生きて戻れたら、挨拶しに帰る!」

「ああ、困ったらいつでも私を尋ねるといい」


 本当にすまない、老人を騙す形になってしまったことに、心に杭が刺さるようだった。


 一応までに俺は街道脇の森に身を投げ、自然に帰ったように装った。


 馬車はその出来事に停車していたが、数分後には彼の家路へと走り去る。


 馬車が消えたのを確認したあと、元来た街道を戻り、三人を迎えに行った。


「ベル、レイ、ルリ、そこに隠れてるのはわかってるぞ」


 三人は言われた通り、森の草木に身を潜めていた。


「上手くいったの?」


 ベルを筆頭に三人は草むらから顔を出す。


「……で? これからどうするんだ?」


 レイは肩にかかっていた葉っぱを落としつつ、これからの指針を俺に問う。


「誰か、ここら一帯を牛耳っている盗賊団の存在とか聞いてないか?」

「えっと、確かこの街道付近には、ブラッドクライムとかいう盗賊団がいるはずよ。でもどうするつもりなの?」


 ベルはこの街道を縄張りとする盗賊団を教えてくれた。


「その盗賊団を壊滅させる」


 そう言うと、ベルとレイの二人は驚いた眼差しで俺を見詰める。


「壊滅させるって、無茶だ。ここにはお前と、奴隷だった三人しかいないんだぞ?」

「レイ、俺はお前達に戦闘能力を期待してない。俺一人でやる」

「なおさらじゃないか! そんなことせずに、素直に街に向かおう」


「街に行って、それでどうする? 街に行けば俺達を無償で引き受けてくれる宿があるのか、街に行けば、奴隷だった俺達を手厚く介護してくれる病院があるのか。何を期待してるか知らないが、この国は奴隷制度を許容しているようなクソ国家だぞ。この国で安寧をえるためには、それ相応のものを示さないといけない」


 それに。


「俺の目的はあくまで復讐だ、足手まといになるようなら、今この場でお前達を喰うことも辞さないぞ」


 脅し文句だったつもりはない、これは俺の剥き出しの本心だ。

 及び腰だった奴隷達に歯牙を向けると、レイが二人の前に出てかばっていた。


「……要は、俺の足を引っ張らないよう協力的ならそれでいいんだ。今からその盗賊団を壊滅させに行くから、お前達は安全な場所で待っていてくれ。出来れば簡易的なキャンプを作っておいてくれると助かる」


「ああ、行けよ。けど俺達が素直にお前の言うことに応じると思ったら間違いだ」


 青年レイの物言いに、ベルは肩を震わせていた。


 § § §


 俺は一旦三人と別れ、人間と血と金属の臭いを辿り、盗賊団のアジトをつきとめた。手短に盗賊団を蹴散らしたあと、アジトに残っていた貴金属や、盗賊が身に着けていた装備を剥ぎ取り、レイ達のもとに戻る。


「戻ったぞ」

「……おかえり」

「どうした? 様子が変だぞ」


 俺が三人の所に戻った頃、周囲は夜の暗闇にのまれていた。粉雪が舞い落ちて、三人が作った焚火の熱で溶けている。焚火の横には仰向けに横たわったルリと、悲壮の眼差しでルリの手を握っているベルがいた。


「彼女が、どうやら死んじゃったみたいなんだ」

「原因は寒さか? 防寒用に服を持って来たぞ、これを着るといい」

「ありがとうシレト、ベル、とりあえずこれを着て温かくするんだ」


 レイに話を聞く限り、ルリは寒さのあまり凍死してしまったらしい。

 レイは俺に渡された盗賊の装備を身に着け、焚火の前に座った。


「彼女、なんか知らないけど、お前のこと信じてた。俺達はお前のことは放っておいて逃げようって説得しても、私は彼を待つって最後まで……」


「だから何だ」


「彼女はお前のせいで死んだんだぞ! だから何だって、余りにも薄情じゃないか」


「俺達が言い争っても、彼女は帰って来ないしな……悪いことしたとは思う。それよりも、お前達の食糧も持って来てあるから、これで腹を満たしてくれ」


 レイとベルの二人に食料を渡し、ルリの遺体のそばに寄ろうとすれば。

 ベルがルリの身体を覆うように抱き留めているのだ。


「この子を食べるつもり?」

「いいや」


 だからその子を離せ、と言っても、ベルは動こうとしなかった。


「せっかく、自由になれたのに、彼女に待っていたのは残酷な現実だったなんて。これじゃあ貴方に言われて逃げ出した私達が馬鹿みたいじゃないッ」


「――三日以内だ。ルリがこの世に甦ることが出来る期限は」


 そう言うと、ベルはハっとしたかのように身体を大きく震わせる。


「彼女に、復活の魔法を……? シレトは復活の魔法が使えるの?」

「いいや、だけど、復活の魔法にかかる費用の貯えはある」


 盗賊団から強奪した貴重品やら、貴金属がそれにあたる。


「明日の朝、街に向かい、これを金に換えたあと、教会にいる復活の魔法を使える司祭のもとを訪ねるんだ。本来ならこの貯えはお前達三人の路銀に充てようと思っていたが、事情が事情だし、仕方がない」


 この世界、イルダには地球にはないものがある。その大きなものの一つが復活の魔法――死んでから三日以内にその秘法を受ければ、この世に甦ることができるといったとんでもない代物だった。


 地球にある科学の代わりに、魔法文明が台頭しているとは言え、でたらめだよな。


 俺の台詞を耳に入れ、顔を上げたベルは大粒の涙を流し、相貌を酷く崩して。


「――う……うっ」


 まるで神の恩寵を受けたかのように、泣きはらすのだった。


 翌朝、雪化粧の隙間から地上にそそがれる陽射しを受け、俺達はルリを連れ街に向かった。街にペインタイガーの俺が入ると騒然とさせてしまうので、俺は街の外で待機し、レイとベルの二人を待った。


 結果的に、ルリは復活の魔法を施され甦ったみたいだけど。


「シレト? どこにいるんだ、シレト」


 俺は、三人のもとから消えるように街を後にしていた。


 理由としては、あの三人は復讐の道具としては使えないと判断したからだ。


 だが三人が戻って来た時、俺が立ち去ったことを伝える必要はあった。


「もし、シレトさんをお探しでしょうか?」

「あ、えっと……そうですけど貴方は?」

「シレトさんからこちらを貴方達に託すよう言われまして」


 そこら辺を通ったもうろくした爺様に、三人には持っていた金品を託すよう頼み。

 別れの挨拶もそえるようお願いしておいた。


「シレトさんはこう言っておりました――さようなら、またどこかで会えたら、その時は血の通った一人の人として、君達とお茶を交わそう、と、今までありがとうと」


 

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