第6話 奴隷

 夢を見ていた。


 前世で共に魂魄となって、会話を交わした神木瑠璃の夢。


 俺がこの世界に転生したんだ、きっと彼女もこの世界のどこかに居るのだろう。


 復讐が済んだら、彼女を探してみるのも一興かもしれないな。


「っ!? 痛――」

「起きたかシレト」


 目が覚めると、腐臭が鼻につく大部屋に居た。木造仕立てで、とにもかくにもボロボロな内装をした大部屋の中、俺は一つの鉄檻に収容されていた。檻からは皮製の長靴をはいた図体のでかい男の足腰が見える。


「……気味が悪い、なんだって一介の奴隷商が、お前みたいな危険生物を引き受けなきゃいけないんだ? ――あ?」


 っ!? なんだ、さっきから首回りが焼けるように痛いぞ。


「これが何なのかわかるか? これ、ここを押すと」

「痛っ!」


 奴隷商を名乗った大柄の男がスイッチを押すと、俺の首回りに激痛が走る。どうやら俺の首回りには猛獣を躾けるための魔法の首輪が嵌められているみたいだ。この道具には俺も見識がある。この首輪は激痛を与えるだけじゃなく、快楽的な情動も与えることが可能なはずだった。


 それを証拠に、男がスイッチを切り替えると、首回りがぽかぽかと暖かくなった。

 気持ちが良すぎてペインタイガーの肉体だった俺の逸物が勃起してしまうほどだ。


「く、はっはっは! 興奮してんのかよ! 交尾したいのか交尾」

「……」

「……まぁいいか、お前の買い手が見つかるといいな。お互いに」


 この男のもとにいつまでも居るつもりは毛頭ない。

 隙を窺い、この檻から脱出しないと駄目だ。


 周囲を窺うと、部屋の中にはいかにも奴隷の風貌をした人間がいた。生きる活力を失っていたはずの奴隷は、まずお目にかからないペインタイガーのユニーク固体である俺の銀毛を、まじまじと見つめている。


「シレト、お前人気者じゃねーか。連中に愛想振りまいたらどうだ?」

「死神が俺をここに連れて来たのか?」

「――っ!? お前喋れるのか?」


 ジャックが俺をこんな陰気臭い場所に連れて来たのか問うと、奴隷商の男は驚いたあと、卑しい笑みをこぼした。


「お前は高く売れそうだな、こいつぁいい」

「ここはどこの国だ?」

「カタルーシャのイェブ領土にある雪国のはずれだろうよ」


 カタルーシャか……確か大きな宗教国家で、俺の国からかなり距離があるな。

 俺がいたイングラム王国とここは交友がないから、転移魔法の門も存在しない。


 ジャックは厄介な場所に俺を連れて来たものだ。


「シレト、お前どこの出身だよ」

「……密林」

「ふーん、この地域には密林なんてないし、お前みたいな人間の言葉を喋るモンスターなんて先ず見掛けないからな」


 俺だって、人間の言葉を喋るモンスターを見たことなんてないよ。

 その時だった、大部屋の中から物音があがる。


 音がした方向を見ると、一人の奴隷が倒れていた。


「なんだぁ? 死んじまったのか根性なしが」


 奴隷商の男が席を立ち、倒れた奴隷のそばに向かうと。


「……チ、本当に死んじまってる。クソが」

「俺にくれないか?」

「あ? 今何て言った?」

「腹が減ってるんだ、その奴隷を俺にくれないか」

「……」


 奴隷商は数瞬考えたあと、無言で死んでしまった奴隷を俺のもとへ運ぶ。

 それは女性の奴隷だった、今まで生きていたはずなのに、体温がほとんどない。


 俺はそこまで感じないが、きっと生身の人間にとってこの国は極寒なんだろう。


「――っ、っ、っ」


 女性の奴隷の肉に食いつくと、同室していた奴隷が小さく悲鳴をあげる。


「う、うぅ! え゛っ」

「ばっかやろう、ゲロなんて吐くんじゃねぇ。臭ぇだろうが」

「すみませんすみません……けど」

「バケツ水持って来てやるから、自分で片せよテメエ」


 奴隷市か……想像していたとおりの、劣悪な環境だな。

 ここで俺が生き延びるためには、どうすればいいんだろうな。


 § § §


 奴隷市に捕まってから一週間も経つと、奴隷商は俺の買い手候補を連れて来たみたいだ。


「シレト、こちらはタンザック準男爵様だ。お前に興味があるそうだぞ、挨拶しろ」

「……お初目にかかります、俺はシレトと申します」


「初めましてシレト、私は人間の言葉を喋る虎がいると聞いて、最初こそは疑っていたが、今その懐疑が晴れた所だよ」


 それは気の優しそうな老年の貴族男性だった。

 老いぼれ、細身で余生が短そうな顔貌をしている。


「タンザック様におかれましては、ご家族はご壮健でしょうか?」

「……私には、家族はいないよ。もう二十年前になるのだが、流行り病で先立たれた」


 加えて彼は孤独だった。


「もし君さえ良ければ、私の家族になってくれないか?」

「俺は高いらしいですよ?」

「構いやしないよ、私には遺産を相続させるような家族がいないのだから」


 手短に彼の意思を確かめると、奴隷商は俺の売買を早速交渉していた。


「タンザック様、出来ればここに居る奴隷を数人引き取ってもらいたい」

「ん? 何故かな?」

「俺の食糧ですよ」

「……わかった、どの奴隷を連れて行けばいいかな?」


 このやりとりを交わし、俺は取るべき道を決断した。


 その後、俺の食糧用として青年の奴隷と、青年より少し年上の女性奴隷と。

 それから二人の娘役としてある一人の少女をタンザック準男爵には買って貰った。


「それじゃあ行こうか、おい、馬車を出してくれ」

「またのお越しをお待ちしております」


 俺は数人の奴隷と一緒に馬車の荷車に乗りみ、御者は馬車を走らせた。


「……ねぇ、本当に食うつもりなの?」


 馬車が目的地に向かって走る中、女性の奴隷が話し掛けて来る。


「……死んだら食べよう。そうなりたくなければ、生きるんだ」

「どういう意味だ?」


 女性奴隷の問いに答えると、青年の奴隷も話に加わる。


「俺達が自由の身になるには、今は千載一遇のチャンスなんだ。俺がその合図を出すから、お前達は馬車から飛び降りて散会したあと、街道の草むらに隠れていてくれないか。すぐに迎えに行く」


 そう言うと、女性の奴隷は頷くが、青年の方は口早に説いた。


「いいのか? そんな乱暴な真似しなくても、あの老人貴族はお前を気に入っているみたいだったのに」


「あのご老人は孤独に堪えられなくなっただけの、ただの隠者だ。きっと自分が老い先短いのを悟り、それをいいことに幻想を抱き始めたんだよ。死に方を模索し始めただけなんだ」


 それに、タンザック準男爵はいい人とは決して言えない。

 自己憐憫がすぎる余り、他をかえりみない行動は目に余るしな、それに。


「俺には目的がある、その目的を果たすまでは日常には戻れない。お前達にはその目的に付き合ってもらいたい。そのための人選だったつもりだ」


「目的って、何?」


 まだ幼い奴隷の少女が初めて口を開いた。彼女の声音は聞いていて癒される。少し雪をかぶった野生染みた青毛のボブカットに、ブルーサファイアのような瞳が印象的で、一瞬だけど彼女に意識を奪われる。


「――復讐だよ、俺を貶めた奴らへの」

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