自分のことを嫌いにならないで

月之影心

自分のことを嫌いにならないで

 僕は蒲生がもう奏汰かなた

 田舎の高校に通う2年生。

 ド近眼の低身長の根暗のコミュ障……とモテるどころか友達が出来る要素の欠片も無い残念な男で、親友どころか友人と呼べるような奴も居ないし、こんなナリなので『彼女居ない歴=年齢』なのは言うまでもない。

 小学生の頃からずっと続いている虐めも、途中から『何としても大学は地元を離れてやる』という原動力に変わっていて、学校の成績だけは唯一胸を張れる。


 僕の事はこれくらいにして……


 僕にはずっと憧れ続けている幼馴染が居た。


 八神やがみ明日菜あすな

 家は50mも離れておらず、母親同士の仲が良かったのもあって頻繁に交流があり、お互いに物心付いた頃から見知っている

 明日菜の身長は僕より10cmは高いだろうか……多分165cmくらいはあると思う。

 綺麗な黒髪は背中の真ん中辺りで揃えられたロングヘア。

 二重で切れ長の目に人形のような長い睫毛。

 すっと真っ直ぐ通った鼻筋。

 きゅっと結ばれた口元は薄い唇ながらも色気を漂わせている。

 スタイルも高身長に加えて年頃の女性らしく、出る所は出て締まる所は締まっている抜群のスタイル。

 ここまで完璧なのに常に低姿勢で人当たりも良く、こんな僕にでさえ笑顔で対応してくれる、まさに『女神』と呼べる子だ。


 その完璧な明日菜を見れば見るほど、思えば思うほど、自分が余計に惨めに感じられてしまい、幼馴染であっても易々と話し掛けたり出来ない存在なのだ。

 尤も、明日菜の周りには常に誰かしら人が集まっていて、僕みたいな男が気安く話し掛けられない雰囲気ではあるのだが。




 ある日の夕方、学校から帰るなり母親が明日菜の母親に届け物をして欲しいと言われ、僕は多分何かの料理が入っているであろうタッパーを持って明日菜の家へと向かった。

 インターホンを鳴らすと、『はぁい』と女性の声がして明日菜の母親だろうと思っていた。


「あら、奏汰くん。どうしたの?」


 玄関が開いて顔を覗かせたのは明日菜だった。

 もうその時点で僕の頭の中は真っ白になっていた。


「あっ……え……っと……あの……」


 小首を傾げて僕の顔をじっと見つめる明日菜に、更に血圧が上がってしまったような気がした。

 あたふたするだけの僕を明日菜は急かすでもなく、綺麗な笑顔で僕の顔を見続けていた。


「あ!えっと……こ、これっ!う、うちのお、お袋から……届けて……って……」


 おずおずと差し出すタッパーに視線を下ろした明日菜は、その笑顔を更に輝かせた。


「まぁ!わざわざ持って来てくれたんだ。ありがとう!おばさんにお礼言っておいてね。」

「あ……う、うん……じゃ、じゃあ……」


 僕は結局、最初に玄関が開いた瞬間以外、一度も明日菜の目を見る事が出来ないままそそくさとその場を立ち去った。

 背後から明日菜の『またね!』という明るい声が聞こえて、思わずニヤケてしまっていたのは見られていない筈だ。




 帰って来てすぐ自室に駆け込み、布団を頭から被ってジタバタしてようやく落ち着きを取り戻せた僕は悩み始めてしまった。


(皆から嫌われるか相手にされないかの僕なのに明日菜はどうしてあんな笑顔を見せてくれるのだろうか……)


 『明日菜は僕の事が好k……』


 その考えは全てが浮かぶ前に消去した。

 一番有り得ない。


 『揶揄っている……』


 母親の届け物しただけで揶揄われる理由はないだろう。

 学校でも同じように接してくれているし。

 それに、人を揶揄う明日菜というイメージが沸かない。


 となれば……


 『社交辞令』


 ……やっぱこれだろうな。

 でなければあんな美人が僕を気に掛けてくれるなんて無いんだもの。


 あっさり答えを出した僕は布団を跳ね除け、陽が落ちて徐々に暗くなる部屋のベッドの上に大の字になって天井を見上げていたが、気を取り直して部屋の電気を点け、晩飯に呼ばれるまで勉強をして頭を切り替えた。




 翌日、昨日の事をもやもやと頭の中で反芻しながら登校していた。

 楽しそうにお喋りをしながら歩く子や、早朝からキャッキャウフフとじゃれながら歩く男女が、足の遅い僕を追い越して行く。

 クラスメートの面々も居るが、誰一人僕になんか気も留めず追い抜き、前に居る別の友人たちに声を掛ける。


 いつもの登校風景。


「おはよう!奏汰くん!」


 透き通る鈴の音のような声が背後から掛けられ、声を掛けられ慣れていない僕はびくっと肩を竦ませてから文字通り『ロボットのように』後ろを振り返った。


 女神だった。


 明日菜はその長い脚をスムーズに運びながら、あっという間に固まっている僕の隣に並び、またあの美し過ぎる笑顔で僕を覗き込むように顔を近付けてきた。


「おっ!おおおおおおはよよようぅ……っ!」

「ふふっ。今日もいい天気だね。」

「あふっ……あっ……はっはいっ!」

「でもまだまだ寒いから風邪引かないようにしないとね。」

「しょっ……そっ……そそそそう……でしゅ……です……ね……」


 僕が噛みまくりながらどもりながら何とか答えている間も、僕と明日菜を追い越して行く学生は元気よく挨拶を投げ掛け、明日菜もそれら全てに笑顔で返し、そして一通り追い越されるとまた前と僕を交互に見ながら並んで歩いてくれた。


(社交辞令でここまでしないよな……)


 今思えば、何故これがスイッチになったのかさっぱり分からない。

 僕は明日菜を見上げながら奥歯をぎゅっと噛み締めて立ち止まった。

 僕が立ち止まる気配を即座に感じたのか、明日菜もほぼ同時に足を止めた。


「どうしたの?」

「あっ……明日菜ちゃん……あ、あのさ……」

「うん?」


 見上げているからというだけではないが、僕が何を言うか待ちながら僕を見る明日菜の笑顔は今までで最高に眩しく輝き、女神以上の女神だった。


「めっ……めめめめ……めー……」

「めぇ?」

「めめめーるあどれぅ……あどれしゅ……アドレス……」

「メールアドレス?」

「そそそそれ……う、うん……」

「あ!メールアドレス交換してくれるの?」


 『交換して』とか……僕にそんな言い方する?

 こっちが地面に頭めり込ませるくらい土下座してお願いする事なのに。

 どこまで女神なんだよ。


「ちょっと待ってね!」


 明日菜は鞄からスマホを取り出すと画面をポチポチ叩きつつ、少し考える顔になった。

 やっぱり考え直して止めておこう……って事だろうか……。


「奏汰くん、電話番号教えてくれる?」

「ふぁっ!?でっ、電話番ご……あ……は、はい!ええええっと……」


 メールアドレスじゃなく電話番号だって?


「電話番号知ってたらショートメール送れるもんね。私のメールアドレス長いのよ。後でショートメールで送るからそれで登録してくれる?」


 何という気配り……何という心配り……明日菜の人柄の良さの徹底ぶりに僕は益々惚れ込んでしまった。

 体中の血液が頭に集まってきたんじゃないかと思うくらい顔が火照って熱く感じていた時、遠くから学校の予鈴が聞こえてきた。


「あっ!奏汰くん!早く行かないと遅刻しちゃう!行こっ!」


 そう言って明日菜は学校の方向へ向き直り、僕を促した。


「う、うううん!いいい行きましょう!」


 僕の頭の中には、明日菜が電話番号を交換してくれた事で埋め尽くされていて学校どころではなかったのだが、明日菜を遅刻させるわけにもいかないと頭を切り替え全力で歩いて学校に向かった。




 教室には明日菜が先に入り、続いて僕が入ったのだが、明日菜は席に着くまでに多くのクラスメートから挨拶を受けてそれに返しながらだったので、教室の一番奥の席だった僕が席に着いても明日菜はまだ入口付近に居て楽しそうにお喋りをしていた。

 僕は席に着くと1時間目の教科書を鞄から出して机の上に置いて静かに座っていた。


 朝のホームルームが終わり、1時間目、2時間目、3時間目と授業が進んでいったが、今朝言っていた明日菜からのショートメールは入らなかった。


(やっぱ社交辞令だよなぁ……)


 諦めつつ4時間目の授業が終わり、いつものように昼食を自席で摂っていた時だった。


 胸ポケットに入れていたスマホが振動した。

 僕はスマホを取り出して画面を確認する。


 明日菜からのメールだった。


 『遅くなってごめんね。××××@××××.ne.jp ←私のアドレスです!改めてよろしくね!』


 僕は自然と顔がニヤけてしまっていた。

 遠巻きに気持ち悪がる声が聞こえてきたがそんな事全く気にならなかった。

 急いで今朝教えて貰って登録した明日菜のアドレス帳にメールアドレスを登録して返信した。


 『ありがとう!一応僕のも教えておきます。△△△@△△△.ne.jp こちらこそよろしくお願いします!』


 もう、天に拳を突きあげて『我が生涯に……』なんてやりたい気分だったが、そこはぐっと堪えてニヤけ顔を修正する事に意識を集中させていた。

 何とか平静を取り戻しつつあったところに明日菜から送ったばかりのアドレスに返信が届いた。


 差出人:明日菜

 件名:よろしく!

 本文:奏汰くんとは幼馴染で前から知ってる間なんだから敬語使われるのは寂しいなぁ。普通にお話しようね♥


 僕は頭の上から煙が出て来るんじゃないかと思うくらい興奮し、感情を抑えておく限界を超えそうだった。


(今日は人生最良の日だ!)


 震える手でスマホを握り締め、明日菜からのメールを何度も何度も読み返していた。








 今日が人生最良の日であるならば、あとは転げ落ちる人生が待っている。




 喜びに浮かれながらその日の授業を終え、放課後になってもクラスメートに取り囲まれている明日菜を横目に教室を出ようとした時、教室に入って来ようとしていた人とぶつかってしまった。


「ぶっ!?」

「っと!大丈夫?」

「ごっ……ごめんなさい……!」


 見上げて目に入って来たのはどこかの俳優じゃないかと思うくらい整った顔の男子学生だった。


「あ!羽生はぶ先輩だ!」


 教室の中にいた女子が僕とぶつかった男子学生をそう呼んだ。

 そして……




「明日菜っ!羽生先輩来たよっ!」




 僕は思わず明日菜の方を振り向きそうになったが、直感が『振り向くな』と言っているような気がして目線を足元に落とした。


「君、大丈夫?あ……鼻血出ちゃってる……ごめんね。」


 羽生先輩と呼ばれた人は、ポケットからティッシュを取り出すと僕に手渡した。


「これ使って。ホントごめんね。」

「い、いえ……大丈夫です……すみません……」


 僕はティッシュを受け取ると、中身を出して鼻に詰め込み、振り返る事無く足早に教室から離れた。

 背後からは明日菜を取り囲んでいたと思われる女子たちの声が弾んでいた。




 僕は俯いたまま下校していた。


(そりゃ……明日菜だもの……彼氏くらいいるって……)


 自分に言い聞かせ、納得させるように、何度も口の中で呟きつつ、明日菜に『幼馴染』と思って貰えているのに明日菜の事を何も知らなかった自分が腹立たしかった。


(知っていれば……分かっていれば……アドレスなんか……交換しなかった……)


 考えれば考えるほど自分の惨めさを痛感させられた。

 想えば想うほど鼻の奥を刺すような感覚に襲われた。

 悔めば悔やむほど頬を涙が伝っていった。


(やっぱり……社交辞令だよな……)


 トボトボと歩いていてふと顔を上げた時、いつの間にか家からは少し離れた小高い丘の上に辿り着いていた事に気付いた。

 住んでいる街並みを一望出来るその丘は、昔から落ち込んだ時によく来ていた場所だった。


(そう言えば前ここに来たのっていつだっけな?)


 ぼんやりと記憶を遡る。

 丘の上に置かれた石造りのベンチに腰を下ろす。

 冷えたベンチがお尻に冷たかった。

 前にいつ来たか思い出せないまま街並みを眺めていたが、急に体の重さを感じ、鞄を枕に体をベンチの上に横たえ、そのままウトウトしてしまっていた。




 寒さに体を震わせて目を覚ました。

 いつの間にか本格的に眠ってしまっていたようだ。

 辺りは既に陽が落ちて薄暗くなりつつあった。


(帰らないと……)


 何時だろうと思い、スマホを取り出して時間を確認しようと画面を見ると、不在着信とメールの着信を告げるアイコンが並んでいた。

 今までそんな事は一度も無かったので、初めはそのアイコンの意味が分からなかったが、アイコンをタップして一気に体温が上がった気がした。


 不在着信は母親が1件と明日菜から5件以上、メールは全て明日菜からだった。


(え?)


 僕は恐る恐る、古い未読メールから順番に開いていった。


 差出人:明日菜

 件名:明日菜だよ!

 本文:おばさんから奏汰くんが帰ってないって言われたけどどこ行ってるの?


 差出人:明日菜

 件名:明日菜だよ!

 本文:おーい!奏汰くーん!電話出られない感じかなぁ?


 差出人:明日菜

 件名:

 本文:奏汰くぅーん!電話かメールちょーだーい!


 差出人:明日菜

 件名:

 本文:何かあったの?おばさんも心配してるよ?


 差出人:明日菜

 件名:

 本文:メール読んだら電話ください!大丈夫?ほんと何かあった?心配だよぉ。


(明日菜が……僕を探してる?)


 連絡しなきゃ……と思うと同時に、放課後の事が頭に浮かんで指が動かなかった。


(明日菜には好きな人……彼氏が居る……)


 そう思うと、何故か明日菜に連絡をするのはいけない事のような気がしていた。

 だが一方で……


(僕なんかが明日菜の気を遣わせちゃいけない……)


 という思いがあって、取り敢えず無事だけを伝えておくことにした。


 宛先:明日菜

 件名:

 本文:心配掛けてごめんなさい。ちょっと寄り道してたら遅くなっただけなので何ともありません。


 送信して一つ溜息を吐いてから鞄を持って立ち上がった。

 と同時に、スマホが振動して電話の着信を伝えてきた。


 明日菜だった。


「も、もしもし……」

『奏汰くん?良かった!無事?何ともない?』

「あ……は、はい……だ、大丈夫……です……」


 電話の向こうから『はぁぁぁ』という大きな溜息が聞こえてきた。


「あ、あの……ご、ごめんなさい……もう帰るので……心配してくれなくても……その……だ、大丈夫です……」


 明日菜は無言だった。


「そ、それじゃ……」


 明日菜が何も言わなかったのでそのまま電話を切ろうとした時だった。


『待って。まだ切らないで。』

「え、えっ……?」

『今どこに居るの?』

「あ……え……っと……お、丘の上……です……」

『○○丘ね?展望台?寒くない?』

「え?あ……てて展望台です……さ、寒くは……ない……です……」

『じゃあ今から行くから風の当たらない所で待ってて。』

「え?いや……」

『待ってるのよ!いいわね?』

「あ……」


 明日菜の勢いに押されて言葉を失っている間に電話は切れていた。


(明日菜が……来る……?何故……?)


 心配して怒っていたのだろうか?

 いやいや、明日菜がそこまで僕に気を掛けるわけがない。

 じゃあ何故?


 答えが出ないまま、それでも明日菜が来ると言ったのだからこのままここを立ち去るわけにもいかず、ベンチから少し離れたブロック造りの小屋の影で待つことにした。




 20分程して、土を踏み締める足音と荒い息遣いが近付いてきた。

 僕は展望台に昇ってくる道の方に視線を移した。


 明日菜だ。


 明日菜は小脇に僕のブルゾンを抱えて展望台まで来て、辺りを少しだけ見渡してすぐ僕の姿を見付けたようで、小走りに僕の方へ近付いてきた。


「奏汰くん!ほら、これ着て!寒かったでしょ?」

「あ……ぅ……ご、ごめん……なさい……」


 僕がブルゾンを受け取って袖を通して着終わると同時に、明日菜の両手が僕の両肩を掴んできた。

 明日菜は安堵の表情で僕の目をじっと見ていた。

 僕の背が低い分、見下ろされているような格好だけど。


「良かった……何かあったのかと思って心配したよぉ……」


 いつもと同じ、気を遣ってくれる優しい明日菜がそこに居て、僕の心はチクチクと痛んだ。


「ご、ごごめん……なさ……」

「何かあったの?」


 詫びの言葉はもういい……と言わんばかりに明日菜は僕の言葉を遮って質問してきた。


「い、いえ……なななんでも……ないで……す……」


 展望台の照明に照らされた明日菜の顔は、安堵の表情から少し不機嫌そうな表情に変わっていた。


「何でもないのに奏汰くんは寄り道なんかしないでしょ?それとも私には話せないこと?」


 不機嫌そうな表情は、僕に問い掛けている間に寂しそうな表情に変わっていく。

 物凄い罪悪感と、ちっぽけなプライドが頭の中で争っている感覚だったが、そんなもの最初から勝負はついている。


「ほ、放課……後……」

「放課後?今日の?」

「う、うん……は、羽生せ、先輩……明日菜ちゃん……の……とこに……」

「羽生先輩?あぁ、生徒会室の鍵取りに来た時だね。」

「か、鍵……?」

「そう。ほら、羽生先輩って生徒会長でしょ?何か今日、生徒会室の鍵持って来るの忘れたらしくてね。私、書記で鍵持ってるから、私の鍵を借りに来てたのよ。それで?」

「あぅ……」


 だからと言って、明日菜が羽生先輩に好意を抱いていないとか、更には付き合っていないとかの証明にはならない。


「そ、その……ぼぼ僕が居ると……明日菜ちゃん……か、かかか彼氏に……」

「かれしぃ?誰が?ひょっとして羽生先輩?無い無い!」


 明日菜は驚いたような顔をして全力で否定してきた。


「え……」

「んっとね、羽生先輩は彼女が居るのよ。私は生徒会以外での先輩の事は知らないわ……ん?」

「あ……」


 完全否定してから、明日菜は少し意地悪そうな顔をして僕の顔を見てきた。


「ははぁ~ん……奏汰くん……ひょっとして『ヤキモチ』ってやつかなぁ?」

「えっっっ!!!???なっ!?ふぇっ!?」

「あははははっ!!図星だねっ!!」

「いいいいいやっ!そっそそそのっ……!?」


 明日菜は意地悪そうな顔のまま、僕の頭に手を乗せてポンポンと叩いた。

 そしてキョドってる僕の顔を斜め上から覗き込んで言った。


「私は誰とも付き合ってないよ。」


 それを聞いた瞬間、僕の頭の中でOFFになり掛けていたスイッチが入り、そしてまるで調光レバーを下げるようにその灯りを落ち着かせていった。




「あ、明日菜ちゃん!ぼ、僕……」


 明日菜は僕の顔を真顔になってじっと見ていた。

 僕はそのに負けないように明日菜の目をじっと見返していた。


「ぼっ僕は……あああ明日菜ちゃんのことが……好きだ……」


 長い沈黙が暗がりの中で続いた。

 明日菜は僕の言葉を身じろぎ一つせず待っていた。


「でっでもっ!あ、明日菜ちゃんと……僕じゃ……釣り合いが取れなくて……ぼ、僕が明日菜ちゃんの事を好きだって皆に知られたら……き、きっと明日菜ちゃんは……嫌な……思いをしてしまうと思うから……ヤ、ヤキモチは……多分……そうだと思うけど……もう……これ以上……好きにならないように……するから……ほ、本当に……ごめん……なさい……」


 一気に吐き出すように喋った僕は、全身の力が抜けて倒れそうだったのだが、少しフラついた時に明日菜は僕の体を抱き抱えるようにして支えてくれていた。


 そしてまた長い沈黙。


「ありがとう。」


 明日菜が僕の耳元で小さく呟いた。


「でも、これ以上好きになってくれないのはイヤだな。」

「え?」

「人が人を好きになるのに上限なんか作れる?作れる相手って大した好意じゃないんだと思うよ。」

「あいや……そそそういうつもりじゃ……ひょっ!?」


 明日菜の頬が僕の右頬に押し付けられた。


「分かってるよ。ただ……」

「た、ただ……?」

「私を好きになってくれてるのに卑屈になって欲しくないよ。」

「ひ、卑屈?」

「『釣り合いが取れない』とか『嫌な思いさせちゃう』とか。」

「い、いやだって……ぼ、僕はこんなちっさくて目が悪くて暗くて……明日菜ちゃんは……こんな僕とは全然違って……」


 明日菜は頬を離すと、肩に乗せた手に力を入れて僕の体をくるっと自分の方に向けた。

 そして再び両肩に手を乗せると、覗き込むように僕の目を見詰めてきた。


「目が悪いのも背が低いのも暗いのも、全部奏汰くんでしょ?その奏汰くんが私の事を好きになってくれたんじゃないの?私を好きになった奏汰くんは別の奏汰くんなの?」


 優しいが目力のある視線が僕の瞳を刺していた。


「僕は……僕しか居ない……」

「でしょ?だったらそのままの奏汰くんで居てよ。卑屈になんかなる事ないから。自分のことを嫌いにならないで。私は、真っ直ぐ私の事を好きって言ってくれるなら釣り合いなんて気にしないし嫌な思いもしないよ。ね?」


 僕の視界は涙でぼやけていた。

 恥も外聞も無かった。

 流れるままに涙を流した。

 明日菜はまた僕の頭をポンポンと叩いていた。


「帰ろっか。」


 夜の帳が降りた中、明日菜の笑顔だけが輝いていた。




 帰宅すると心配そうな顔をした母親に迎えられた。

 母親は僕の後ろに着いて来た明日菜の顔を見て安心していたようだ。

 母親は明日菜を家に送って行けと言ったが、明日菜はすぐ近くだから大丈夫と手を振りながら走って帰った。




 部屋に入り、明日菜の届けてくれたブルゾンを脱いでベッドの上に寝転がった。

 明日菜に言われた事が頭の中で渦巻いていた。


 『自分のことを嫌いにならないで』


 目が悪いのも、背が低いのも、暗いのも、コミュ障なのも……全て僕なのだ。

 自分を好きになれない人間が、他人を好きになるなんて出来っこないじゃないか。


 僕は自分の中で自分を認めていこうとする気概のようなものが湧いてくるのを感じつつ、ふと物足りない部分も感じて体を起こした。




 (明日菜の気持ち……聞けてないや……)




 何だか可笑しく思えて、ベッドにばたっと体を預けて声を上げて笑っていた。

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