第4話

 ミチルは目をまん丸にした。

 くしゃみが出そうになり、鼻のあたりを手で隠す。


 彼女にしてください!

 そういったのか⁉︎

 あのヒメコが⁉︎


「むしろ、俺なんかでいいの? 自慢できる特技とか、1個も持っていないよ」

「坂木くんがいいの!」


 即答される。

 その声は体のサイズと不釣り合いなくらい力強くて、気持ちが嘘じゃないってことは伝わってきた。


 でも、分からない。

 何が決め手で告白したのだろう。


 婚活パーティーじゃあるまいし、第一印象とフィーリングで選びました! なんてオチはあるまい。


 頭上で1羽のカラスが鳴いている。

 あほ〜! あほ〜! と冷やかされたような気がした。


 そうだ、冷やかされる。

 クラスメイト同士で付き合っている男女は、現在1組もいないから、笑いの恰好かっこうのターゲットにされるだろう。


 ミチルは、いい。

 いじられても笑って流せる方だ。


 果たしてヒメコを守れるだろうか。

 クラスの全員を敵に回しても……。


 ミチルが返事をしないのを、心が揺れていると解釈かいしゃくしたであろうヒメコは、まったく予想しない行動に出てきた。


 ちょんちょんとのどにタッチ。

 あっ、あっ、あ〜、と発声練習したあと、


「ごきげんよう、信者どもよ。メンバー限定配信あらため占いの館へようこそ」


 ミチルが聞き慣れているあいさつを披露ひろうしてきた。

 これには今年1番のびっくり。


「もしかして、イルミナ様の大ファンなの⁉︎」

「違う! そうじゃない!」


 首が外れそうな勢いでブンブン。


「じゃあ、イルミナ様本人なのか⁉︎」

「うん! うん! うん!」


 今度は縦にブンブンブン。

 愛犬みたいで、かわいいしかない。


 信じられない。

 いつもライブ配信を観ているVTuberが目の前に立っているなんて。

 しかも、ミチルと付き合いたいなんて、頭の理解が追いつかないにも程がある。


 イルミナ=イザナは、カリスマ性にあふれて、軽妙なトークを得意として、信者たちを導いているリーダー的存在なのだ。

 その中身がこんなに小さい女子高生なんて、ますます信じられない。


「これを見て!」


 ヒメコはスマホの画面を突きつけてきた。


 動画投稿サイトのユーザ管理画面。

 イルミナ=イザナ本人でなければアクセスできないページが表示されている。


 すごい。

 本当にチャンネル登録者数20万人を超えている。

 これが告白シーンじゃなければ、


『銀の盾をもらえるって本当?』


 とかマヌケな質問をしちゃいそう。


「いや、素直に驚いた。たしかに俺はイルミナ様の大ファンだ。でも、中の人は23歳くらいの女性かと思っていた。イルミナ様はハーフで、帰国子女で、東京の有名私大にせきを置いている、みたいな噂をネットで見かけたことがあるから」

「イルミナ=イザナは私なの!」


 自分の顔を指さすヒメコは、ちょっとだけ誇らしそう。


「少しだけ待っていて!」


 ミチルはカバンを地面に置き、ダッシュでその場を離れた。

 すぐに紙パックのジュースを抱えて戻ってくる。


「立ち話もなんだからさ」


 木製のベンチを手でポンポンした。

 するとヒメコは端っこに腰を下ろす。


「ジュースはどの味がいい?」


 フレーバーは4種類ある。

 イチゴと、バナナと、メロンと、ココアと。


「あ〜、う〜」


 ヒメコの目がイチゴとメロンを行ったり来たりしている。

 しばらく迷ってから、イチゴの方を手に取った。

 ミチルはココアにストローを突き立てる。


「これも持って帰りなよ。あげるから」

「えっ、いいの?」


 ミチルが置いたのはメロン味。


「イルミナ様への貢ぎ物。楽しい配信に対するお礼」

「うぅ……なんか恥ずかしいな。でも、私、この紙パックのシリーズが大好き」

「俺も」


 この日のココアは、人生のココアの中で、1番おいしかった。

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