第3話

「大我くんあの、虐待とかいじめを受けてるなら、警察か教師に相談した方がいいと思う」

「ハハ。やっぱそういう考えになるよな」

「え、違うの?」

「いや。どうなんだろうな。よくわかんねえや」

 そう言って、大我くんは肩を落とした。


 もしかしたら、まだ怪我をしてから日が浅いから、自分でも状況を理解できてないのかな。そうだったら、話そうとしないのも頷ける。


「そっか。ごめん、痛いと思うけど、一回冷やすね」

 タオルを足に当てると、大我くんは眉間に皺を寄せて、喉の奥から、とても低い呻き声を上げた。

 声を聞いただけで、かなり痛いのがわかった。


「幸夜、お前親は?」

 顔を顰めながら、大我くんは首を傾げる。


 私以外に人がいなかったから、変に思ったのかな。


「いたよ。でも誘拐されちゃった。私が二歳の時に」

「え? お前がされたんじゃなくてか?」

 本当に私だったら、どんなによかったんだろう。

 こんなことを思ったら罰当たりにも程があるけれど、私はそう考えずにはいられない。


「うん。私父子家庭で、お父さん小説家だったんだけど、何かタチの悪いファンに絡まれて、誘拐されちゃったみたいなんだよね」

 小説家の父は、いつも家で作業をしていたので、常に家にいた。

 そんな父が私が二歳になって間もないある日の朝、突然いなくなった。祖父母曰く、スマホも車も財布も家にあって、ただ父だけが消えていたそうだ。私は当時二歳だったので、その時のことはほとんど覚えていない。辛うじて覚えていることといえば、朝起きたら、寝室から父が消えていたことくらいだ。


「それってまさか、監禁とかされてるんじゃ」

その言葉を聞いて、思わず腕に鳥肌が立つ。


 私はタオルから手を離して、鳥肌を押さえつけるかのように腕をさすった。


「うん、その可能性も否めないよね。だから警察や探偵にも調査を依頼してる。まあ依頼の手続きをしたのは私じゃなくて私の祖父母だけどね」


「ごめん、まさかそんな話が帰ってくると思ってなくて」

 そう言って、大我くんは申し訳なさそうに顔を伏せた。


「いいよいいよ。こんな環境だなんて、想像もしないと思うし。それに、話さなくてもいいのに話したのは私だから」

 そう言って、私は作り笑いをした。

「そりゃそうかもしんねえけど……。な、何かお詫びさせて。怪我の手当の礼もしたいし」

「そう? そしたら、大我くん怪我治るまでここにいてよ。一人だと寂しいからさ」


 今日出会ったばかりの男の子にこんなことをいうなんてどうかしている。でもお父さんがいなくて寂しいのは本当だし。


「え、そんなことでいいのか?」

 眉間に皺を寄せて大我くんはいう。


 ああ、この子はきっと家に一人でいたことがないんだな。家に一人でいたことがないから、そんなことって言えるんだ。


 いいなあ、羨ましい。できることなら私も、一人で過ごしたくなかった。


 私の祖父母は高齢なので、施設で過ごしている。そのため、私はマンションに帰ると、必然的に一人になる。

 何ヶ月かに一回は祖父母が家に帰ってきてくれるけど、そういう日以外は友達が遊びにでも来ない限りは一人だ。私はそれが、すごく寂しい。

「うん、それで十分だよ。だから、ね?」

「わかった。よろしく、幸夜」

 頬を描きながら、大我くんは照れ臭そうに笑う。

 窓から差し込む夕日が、大我くんの蜂蜜色の髪を照らす。夕日が照らす大我くんの姿が、やけに綺麗に見えた。それはまるで、汚れを知らない天使のように。


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僕は君を不幸にした。いいえ、君は私を幸せにした。 鳴咲 ユーキ @yuuki-918

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