第31話 一緒にいたい

 あまり広くない軽自動車の車内では軽快な音楽が流れている。


 春果はその助手席で小さくなって座っていた。


「そんなに遠慮することないのに」


 運転席の奈緒が前を向いたままで微笑む。

 春果が帰ろうとしていたところにちょうど菜緒が帰宅し、車で家まで送ってもらうことになったのだ。


 最初は懸命に断った春果ではあったが、「それ、重いでしょ」と戦利品の詰まった紙袋を菜緒に指差された。

 正直、軽くはない。だが、頑張れば何とか持って帰れないこともない、と思っていた。


 それでも菜緒の有無を言わせない雰囲気に気圧され、春果はただ黙って頷くしかなかったのである。


「送ってもらうなんて何だか申し訳なくて……それでなくてもまた私の分の買い物までさせてしまったのに……」

「買い物のことは気にしないで。それに、今は私が春果ちゃんと二人きりで話したかっただけだからいいの」

「話……ですか?」


 春果は途端に、何か菜緒の気に障ることでもしてしまったのか、と不安になった。


 そういえば、部活で売り子ができなくて菜緒に頼んだことがある。もしかしてそれのことだろうか。駆流に「気にするな」と言われたから、菜緒には直接きちんと謝っていなかった。念のため、駆流に伝えてもらうようにはしていたが、きっとそのことだ。


 どうしよう、ちゃんと謝らないと、何でさっき夏コミのお礼と一緒に言えなかったのか、と春果が切り出すタイミングを見計らいながらソワソワしていると、


「うん。春果ちゃん、駆流のことどう思ってるのかなって」


 奈緒の口からとんでもない言葉が飛んできた。


「ど、どうって!?」


 裏返った声が狭い車内に響く。思わず運転中の菜緒を見たが、当然ながらその横顔は春果を見ることはしない。


 いきなり振られた話題にどう返答していいのか、と内心で戸惑う。


 ここははっきり駆流のことが好きだ、と答えた方がいいのだろうか。いや、いくら何でもそれは心の準備ができていないし、何より恥ずかしい。

 そもそも、奈緒は駆流に対する自分の気持ちを知っているのではないか。それともその気持ちを自分の口から確認したいのだろうか、などと考えた。


 心臓をバクバクさせながら、どうしようどうしよう、とひたすら菜緒の次の言葉を待っていると、


「いや、あいつホント鈍いし、腐男子だし、色々残念だしそろそろ愛想尽かされてるんじゃないかと思って」


 前を向いたまま菜緒がそう続けて、ちらりと一瞬だけ春果に視線を投げた。


(愛想……かぁ)


 思っていたよりも軽い問い掛けでよかった、と春果は安堵するが、弟とはいえ酷い言われようだ。

 でも、これならばきちんと答えられる。


「えっと、その、愛想を尽かす……とかは全然ないです。いつも楽しいし」

「それならいいんだけど……」


 どうやらまだ菜緒は納得していない様子だった。きっと社交辞令か何かだと思ったのだろう。

 だから、春果ははっきりと自分の思いを伝えなければ、と菜緒の方に顔を向ける。


 恥ずかしいし、今はストレートな言葉では言えないけれど。


「……これからも、ずっと一緒にいたい……と思ってます」


 両膝の上に乗せた手をぐっと握り、俯きがちにそれだけを発する。


 すると、


「そっか、そう言ってもらえて安心した。あいつのことホントによろしくね。鈍いし腐男子だし残念だけど!」


 奈緒はようやく安心したように大きく息を吐いた。


「は、はい」


 春果は緊張した面持ちで何度も頷くが、


(同じこと二回言った! しかもめちゃくちゃ強調してた!)


 内心では、そんなどうでもいいことに少しばかり気を取られていた。



  ※※※



 車は何事もなく、春果の家の前に止まる。


「ありがとうございました!」


 車から降りた春果は、菜緒に向けて丁寧にお辞儀をした。


「いいって、いいって」


 片手を振りながら、車の中の菜緒が快活に笑う。


「そういえば、あいつ春果ちゃんの家知ってるの?」

「多分知らないと思います」


 駆流の家の場所についてはたまたま聞いていたが、自分の家の場所は詳しく話したことはなかったな、とこれまでのことを思い返す。


「そっかぁ! じゃあ家に帰ったらあいつに『春果ちゃんの家教えてもらった』って自慢してやろうっと」


 ふふ、と口に手を当て、菜緒がいたずらっ子のような笑みを零す。


(菜緒さん楽しそうだな……)


 心の中で春果は苦笑した。

 菜緒の方が先に春果の家を知ったところで駆流が悔しがったりするとは到底思えないが、ここは黙っておいた方がよさそうだ、と大人しくしていることにする。


「でも、本当に助かりました」

「だから気にしないでって。私も貴重な話聞かせてもらったし」

「そ、それは……っ!」


 春果が顔を赤らめる。

 ほぼ告白に近いものを聞かせてしまったような気がしなくもない。今頃になってまた恥ずかしさがこみ上げてきた。


「じゃあね、春果ちゃん」


 嬉しそうにそれだけを言うと、菜緒は車のエンジンをかけそのまま颯爽と去っていった。




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