第26話 オーケストラデート? side 駆流

 指揮者が、静かに指揮棒を振り下ろす。


 最初の一音を聴いた瞬間、二人揃って鳥肌が立った。一つ一つの音の粒が綺麗に重なって、大きな曲を紡ぎ出していく。

 ゲームのオープニングで流れている曲だった。これからの冒険を予感させる、ゆったりとしていながらも壮大なもの。


 その後もよく知っている曲が続く。ゲームをやり込んでいる二人には知らない曲なんてものは存在しない。


 アップテンポの軽快な曲から、緊張感漂う重厚な曲へ。そしてプレイヤーを大きく包み込む優しい曲へと移っていく。


 春果も駆流も、ただただオーケストラの迫力に圧倒されるばかりだった。


 いつもゲームの中で聞いている音楽が、良い意味でここまで変わるものかと驚いた。

 もちろん若干アレンジが加えられていた部分もあったりしたが、それはそれでまた良い味を出していて、言葉にできないくらい感動した。そこには語彙力などありはしない。


 繊細な音だけでなく重厚な音までも伸び良く響かせる弦楽器に、それらに柔らかだったり、時には華やかな色を添える管楽器。そして決して大きく目立つわけではないが、オーケストラ全体を支える沢山の種類の打楽器。

 そのどれもがこのオーケストラには欠かせないものだ。たった一つの楽器が欠けてもこの演奏は成り立たない。


 サントラとはまた違って、直接頭の中に響いて心を震わせる、とても心地の良い音の洪水。


 二人はその音を一つでも多く心の中に書き留めておこうと、息をするのも忘れるくらい懸命に耳を傾けたのだった。



  ※※※



 休憩時間になって、席を外した春果を待ちつつ、駆流はパンフレットに目を落としていた。


(まさか、オーケストラがこんなにすごいものだったなんて……!)


 まだ頭の中に余韻が残っている。


 決してオーケストラを馬鹿にしていたわけではないが、ここまですごいものだとは思っていなかった。

 テレビでもたまに演奏会の様子を放送していたりするが、それとは迫力がまったく違っている。


 また、今回の曲すべてが駆流の知っているものだということも大きかった。

 やはり、オーケストラは何となく敷居が高くて、自分の知らないような難しい曲ばかりを演奏しているというイメージが強かったのだ。


 そのイメージが今日、一変した。


 チケットをくれた菜緒と、一緒に来てくれた春果に感謝する。一人ではグッズを買いに物販コーナーに足を運ぶのが精一杯で、きっとここまで来ることもなかったはずだ。


 コンサートが終わったら、春果と感想を存分に語り合いたいと思った。春果なら間違いなくこの感動をわかってくれるし、分かち合える。

 それが今から楽しみで仕方がなかった。


(そういえば……)


 そこで、ふと昨年の文化祭のことを思い出した。最終日に吹奏楽部の演奏を友人と少しだけ聴きに行った時のことだ。

 あの時、一番後ろの列には華奢な身体で懸命に管楽器を吹いている女の子がいた。一人だけ随分と小柄だな、と思ったのを今でも覚えている。


 思えば、あの子が春果だったのだろう。今ならわかる、きっと間違いない。

 一応後で確認してみよう、そう思った。


 それにしても、当時は名前どころか顔も知らなかったのに、今は秘密を共有する仲間になっているなんて。


(……運命ってわかんないもんだな)


 一人、くすりと笑む。


 そして、またあることを思い出した。

 初めて自分が腐男子だと春果に話した日のことだ。

 春果からの手紙で教室に呼び出されて、そこに行ったところまでは覚えている。

 しかしその後は、保健室で目を覚ますまでの記憶がない。


(何で呼び出されたんだっけ……?)


 腕を組み、首を傾げる。


 春果は確か「話をしていた」と言っていたはずだが、一体何の話をしていたのだろう。

 あれから春果はその日のことを一切口にしていない。自分に言えないような、何かまずいことでもあったのだろうか。

 記憶のない自分がもどかしい。


(ただ、世間話をしてただけだったのかな)


 春果に聞いてみようかとも一瞬だけ考えたが、改めて聞くのも今さらで何だか恥ずかしい気がして、それはやめておくことにした。




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