第25話 オーケストラデート?
駆流を置き去りにした翌日、春果は適当に言い訳を並べて駆流に頭を下げたのだが、駆流は春果を責めることも、それ以上追及することもなく、ただ「気にするな!」といつものように白い歯を見せた。
そのいつもと変わらない姿に春果は、
(おかしいって思われてないみたいでよかった)
と安堵したのである。
※※※
待ちに待ったオーケストラコンサート当日。
春果と駆流は入場開始時間よりも三時間ほど早く、会場の入り口で待ち合わせた。
もちろん物販コーナー目当てである。
今回のコンサートでは、チケットを持たない人もグッズを買える先行販売と、チケットを持っている人しか買えない一般販売とがあった。
春果たちはチケットを持っているので一般販売でも何ら問題ないのだが、
『やっぱりグッズは一分一秒でも早く欲しい! もし売り切れたら嫌だし、一般販売まで待ってられるか!』
そう熱心に訴えた駆流に春果も激しく同意し、二人は迷うことなく先行販売目指して待ち合わせることにしたのである。
「個数制限がなければ手分けして並べたんだけどな」
買い忘れがないように、と事前に用意していた買い物メモを確認しながら、駆流が残念そうに今日何度目かの溜息を漏らした。
「それは仕方ないよ。でもこの時間なら売り切れとかはないと思うし!」
そんな駆流を気遣って、春果は努めて明るく振舞う。
確かに担当を決めて並ぶことができれば、それほど時間は掛からずに物販コーナーから出られるだろう。しかし、開場まではまだまだ時間があるから急いで出る必要もない。
駆流もそのことはよくわかっているはずだ。
「ほら、自分の順番が来るのをワクワクして待ちながら列に並ぶのも物販コーナーの醍醐味だと思うの!」
「そっか、それもそうだな! よし、お互い頑張ろうな!」
春果の言葉に納得した駆流はぐっと拳を握り気合いを入れた後、満面の笑みを見せた。
そして。
「じゃ、また後で! 健闘を祈る!」
二人は揃ってそう言葉を交わすと、物販コーナーという名の戦場へと足を踏み入れたのだった。
※※※
「俺、こういう場所初めてなんだよ。東条は慣れてるんだろ?」
無事にゲットしたグッズの入ったバッグを大事そうに抱え、緊張した面持ちでホール内を見回しながら、駆流が小声で言う。
物販コーナーは早い時間に入ったおかげで当然というべきか特に売り切れもなく、揃ってお目当ての物をすべて買うことができた。
買い物が終わった後、二人はあらかじめ決めておいた場所で合流したが、その時の駆流はやはり腐男子というかオタク全開だった。
それは入場開始時間までずっと続いていたが、春果は駆流の傍にいられるだけで幸せだと思えたし、一緒に盛り上がってもいたので特に気にすることはなかった。
ただ、もしかしたら同じ学校の人がいるかもしれない、と心配した春果はできるだけ周りに気を配るようにはしていた。けれど、春果のわかる範囲ではそういった人は見当たらなかったので、そのうちそのことを考えることはなくなってしまっていた。
駆流の様子も周りを警戒しているようには見えなかった。
今回は即売会とは違ってオーケストラコンサートということで男性もそれなりに多いせいか、特に自分の素性について気に掛ける必要もなかったのだろう。
ホールに入って大人しくなった駆流の隣の席で、春果はパンフレットを開こうとしていた手を止めた。
「初めてじゃないけど、さすがに何度来ても緊張するよ。何となく神聖な感じがするの」
コンクールや演奏会でこれまで数え切れないくらい足を運んでいる春果ですら、今でもコンサートホールは特別なものだと思っている。
ホール内が静かだからというのもあるが、言葉通り神聖な気持ちになる場所なのだ。客席はもちろんだが、ステージの上はなおさらである。
「ああ、それは何だかわかるような気がする」
「でも、私もオーケストラは初めてなの。吹奏楽とはまた違うんだろうな、って思うと緊張するよ」
だから篠村くんと同じだね、と目を細めると、駆流は安心したように息を吐いた。
二人の席はどちらかといえば端に近い方ではあったが、神ゲーと崇めるゲームのオーケストラバージョンを生で聴くことができるのである。チケットだって抽選で、どれだけ聴きたいと願ってもチケットそのものが手に入らなかった人も沢山いるのだ。
もちろん春果も駆流にチケットをもらうまではその中の一人だったので、こんなに喜ばしいことはない。
しかも生でオーケストラの演奏を聴ける機会なんてなかなかない上に、隣には駆流がいる。
二人きりでコンサート、さすがにこれはデートだと言い張ってもいいだろう。
春果はそんなことを考えながら、
(菜緒さん、本当にありがとうございます……!!)
心の中でそっと両手を組み、菜緒に心から感謝した。
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