第五話 ドランゲン城の悪魔

第5話 ドランゲン城の悪魔1



 しばらく前に、ワレスはみなしごをひろった。が、やはり自分は子どもを育てるような柄じゃない。

 手離してからは、ホッとした。その一方で、なぜか心がカラッポになった。自由きままな以前の生活に戻っただけなのに。


 ジェイムズから相談を受けたのは、そのころだ。


「ワレス。ロベールのことを覚えてるかい?」

「ロベール?」

「ほら、学生時代に寮長だった」

「ああ」


 たしか、どこかの領主の家柄だった。それも寮長になるということは名門だ。髪をなでつけたマジメそうな少年の顔つきを思いだす。


「どっか田舎の領主だろ?」

「うん。レマン湖ぞいに領地があるね」


 レマン湖はユイラ三大湖の一つだ。皇都の南西に位置している。運河を使って船旅なら片道で十日ほどだろうか。馬ならその三倍はかかる。


「たしか侯爵子息だったな。継嗣けいしの」

「そう。ラ・ヴァランタン侯爵家。そのロベールがついに父上から爵位を継ぐんだそうだ」

「ああ、そう」


 だからなんだというのか。

 愛人の邸宅でくつろいでいるところをジャマされる理由にはならないはずだ。


「それで?」

「ロベールから手紙を受けとってね。襲爵の儀式までに、ぜひ来てほしいと」

「ふうん。大変だな。行ってこいよ」

「いや、君にも来てほしいんだ」

「…………」


 やはりか。そんなことを言いだすんじゃないかと思っていた。


「なんために?」


 ワレスが眉間にしわをよせてやると、ジェイムズはうろたえた。


「そんなに険しい顔をしなくても」

「見てわからないか? おれはマルゴと戦駒チェリオを楽しんでるんだが?」


 マルゴはたくさんいる恋人のなかでも特別な存在の人だ。ワレスと同じ罪を悔いている。だから、彼女といるときは肩肘をはらなくてすむ。ありのままの姿をゆるされる数少ない恋人の一人だ。


「いいのよ。ワレス。お友達の大切なお願いじゃないの。行ってさしあげたら?」

「どうせ、くだらない頼みなんだよ。いつも、そうだ」

「それでも。大切なものはなくすまで気づかないのよ」

「……そうだね」


 マルゴはワレスとルーシサスの関係を知っている。おたがいにわかりあった同士だ。かるく抱きしめあって、キスをかわした。


「じゃあ、また来る」

「ええ。待っているわ」


 マルゴの屋敷を出たあと、ワレスは急いで旅支度だ。詳細な話は運河をくだる定期船のなかで聞いた。


「つまり、ヴァランタン家は古い家柄だから、襲爵にともなって昔からのしきたりがあるらしい。なんでも城の地下迷宮の奥から、爵位の証を持ってくるんだそうだ」

「なんだそれ。いまだにそんな古式ゆかしいことをしてる家があるのか」

「あるんだよ。とくに領主家はそうなんじゃないか? 山頂で一晩すごすとか、崖の上からとびこみをするとか、いろんな話を聞くね」


「だからって、なんで、おれたちが呼ばれないといけないんだ?」

「前に君がロベールに頼まれて、寮で起こった事件を解決したじゃないか。彼はそれを忘れてなかった。それで力になってほしいと」

「迷惑なやつだな。困ったときだけ助けを求められても」

「まあまあ」


 ジェイムズになだめられて船にゆられる。

 船旅とは言っても、以前、ルーラ湖をジョスリーヌの船でまわったような豪華なものではない。定期船は漁船に毛が生えたていどのものだ。運河だからさほど波はないが、けっこうゆれる。


「やっぱり、ジョスのアウロラ号みたいに風を切って走るってわけにはいかないな」

「そりゃあ、あれは最新式の上等な船だから。マストも高いし、いい風を受けるね」


 しかし、ジェイムズと肩をならべて、のんびり釣りをしながら進むのにはちょうどいい。


「なあ、ワレス」

「ああ。なんだ?」

「ドリスには会いに行かないのかい? 途中で通るだろ」

「ああ。もういいんだ。おれなんかといたって、あの子の益にならない」


 ジェイムズは何か言いかけた。が、途中で口を閉ざす。


 そうこうするうちに、十日。ようやく、目的地についた。

 湖岸に古城がそそりたっている。森にかこまれ、水面に映る姿は風情があった。水彩画にでもしようものなら、情緒は申しぶんない。


 ロベールの招待状を持っておとずれたワレスとジェイムズは、すんなりと城内に招きいれられる。


 灰色の石の城。

 ロベールが奥からかけつけてくる。よほど切羽詰まった事情らしい。


「よく来てくれた。ジェイムズ。ワレ……サ?」


 ロベールはワレスをひとめみて絶句した。


「何か?」

「君、誰? いや……うん、ワレサレスだね。その金髪。青い瞳。あまりにもすごい美青年になってるから、おどろいた」

「それはどうも」


 ロベールはやっぱり、大人になっても褐色の髪を七三にわけてなでつけている。まったく変わってないので、逆におどろいた。


「ワレサレス。なんだか、ふんいきが違うなぁ。前はこう、おとなしい感じが……」

「それはいいので、ご用はなんです? わざわざ遠方から呼びよせたんだから、それなりの理由なんでしょうね?」


 ロベールはうつむいた。

 急に顔色が青ざめる。


「じつは、わが家には悪魔が取り憑いている。私は悪魔に殺されるかもしれない」


 思っていたより重い内容だ。

 ワレスはジェイムズと顔を見あわせた。

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