第2話 地味な理由と薔薇色の人生

 舞踏会終了後、ローズは舞踏館を出て王宮の庭園の中を歩いていた。


 夜空を照らす月明かりを頼りに、迷路のように入り組んだ道を進んでゆく。


 しばらくすると、開けた場所に出た。

 目の前には、さびれた見張り塔が建っている。


 昔は近衛騎士の詰め所として利用されていた建物は、今では使われなくなり、すっかり風化して廃墟同然。



 幽霊が出そうな塔の扉を一定のリズムでノックすると、中から「名と合言葉を」という声がした。


「ローズ・ハルモニアです。合言葉は『我が青薔薇の君に、心からの忠誠を』」

 

 告げた直後、数秒ののち、扉がゆっくりと開かれる。


 ローズは中に入ると、足下をランプで照らし、高い塔のらせん階段を登ってゆく。


 最上部に到達し、重たいかしの扉をノックすると、室内から「入っていいよ」という涼やかな返事があった。



 「失礼致します」と言って扉を開けると――中には、かのお方がいらっしゃった。



 ローズの主君。この国の第三王子ルーク殿下だ。

 

 サラサラと零れる銀糸の髪に、涼しげな整った顔立ち。

 

 長いまつげで覆われた瞳は、『奇跡』や『神の祝福』という花言葉を持つ青薔薇のような神秘的な色合い。



 ルーク殿下は端正な顔ににっこりとほほ笑みを浮かべると、「こんばんは、ローズ。定期報告、お疲れさま」といたわりの言葉を掛けてくださる。


「さて、報告書をもらおうか」


 ローズが手渡したのは、殿下の婚約者候補のご令嬢に関する素行報告書だ。



 ちなみに、先程ローズに嫌がらせをした令嬢の一人――ルーク殿下に想いを寄せる彼女も、爵位が高いため候補者リストに載っていたが……。


 今日の行動により評価はマイナス。


 自らの醜い行いで、せっかくのチャンスが台無しだ。



 殿下は報告書をめくりながら、ため息をつく。


「他者を見た目や身分によって差別しおとしめる人間は、王族の一員となる人間として不適格。このマイナス評価のご令嬢は、リストから外してくれ。以降、調査は不要だ」


「かしこまりました」


「いつも僕のためにご苦労さま。君は本当に優秀な【影】だ。今日は疲れだろう? 頑張ったご褒美にクッキーをあげよう」


「殿下、私は今年でもう十四。お菓子を欲しがる子供ではありませんわ」


「そうか。もうそんなに経つのか。ハルモニア伯爵に手を引かれて来た、あの小さな可愛い女の子が、今はもう立派なレディ。時の流れは早いね。僕も歳を取ったものだ」


「またそんなことを仰って。殿下は、まだ十六歳ではないですか」


 ローズは先程よりも気安い口調でルーク殿下と話す。



 何故、一国の王子とこんなにも砕けた会話が出来るのかというと――。


 ローズの生家ハルモニア伯爵家は代々、王族を秘密裏に守護し、命令を遂行する【影の宮廷護衛官】の一族だからだ。


 王族などの要人の身辺警護をする際、護衛官は主に二種類に分けられる。

 

 一種類目はハイ・プロファイル――騎士服や甲冑などを身にまとい、あえて目立つ形で要人を守る警護官だ。


 そして二種類目はロー・プロファイル。

 市民や貴族などの一般人を装い、目立たない形で要人を守る。『影の護衛官』や『覆面警護官』とも呼ばれる者達だ。


 ハルモニア家は、後者の護衛官一族。



 『敵を欺くには味方から』という言葉通り、ハルモニア一族をはじめとした影の護衛官ロー・プロファイルの存在を知っているのは、王族のみ。


 ローズも幼い頃から、あらゆる武術の訓練や教育がほどこされ、今では一人の『影』として、ひっそりとルーク殿下にお仕えしていた。


 

 現在は、ルーク様の結婚相手に相応しい令嬢を調査するという密命を受けている。

 


 表向きは地味ダサ残念令嬢。本当は、影の宮廷護衛官。


 それが、ローズ・ハルモニアの秘密だった。



「ローズ、君はいつまでその見た目でいるの? せっかく愛らしい顔が、髪に隠れて見えないのは少し寂しいものがあるよ。それに、その格好をしていると周囲から色々言われるだろう?」


「誰に何を言われても私は平気です。私は殿下の『影』。目立たない地味な容姿が丁度良い。それに、殿下にふさわしい心根の清い婚約者様を見つけるには、私の野暮ったい見た目は有効です」


「君自身が平気でも、僕は心配だ。君は一生、僕の影でいるつもりかい?」


「勿論です。殿下が私を不要だと仰らない限り、私はいつまでもお側におります」



 ルーク殿下は目を細めて嬉しそうに表情を緩めると「そうか――」と呟き、言葉を続けた。



「じゃあ、その一生の責任を僕が取らなきゃいけないね」


「……? それは、どういうことでしょう?」


「まだ分からなくて良いんだよ。……今はまだ、ね。君の心が花開くまで、僕はゆっくり待つさ」


「花開く……? 何のことでしょう。いつか分かる日が来るようになるのでしょうか」


「あぁ、きっとね。案外、その日は近いかもしれない」


 なぞなぞみたいな言葉に首をかしげるローズが、彼の真意を知るのはもう少し先のこと――。

 



 数年後。

 国民に沢山の祝福を贈られ、身も心も美しく成長した赤薔薇と、麗しの青薔薇が隣り合って咲き誇っている。



 『地味でダサくて残念』と馬鹿にしていた者達は、ようやく自らの愚かさと失言に気付いたが……時既に遅し。


 薔薇色の人生を歩むローズを見ながら、己の悲惨な人生を嘆くだけだった。

 

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