第40話(模擬戦⑥)16歳
【前回:ヘルミの強さの秘密は、魔力の制御だと気づいた】
わたしは加速魔法を駆使して、その後も試合を勝ち進んだ。目立つのは本意ではないが、やれるところまでやるしかない。
気がつくと、4人が勝ち残っていた。
わたしのほかに、ライラ皇女、その護衛のリンナ、そしてヘルミだ。実力から言っても順当な結果だろう。ここからは一戦たりとも気は抜けない。
教授が次の組み合わせを発表した。
「アイカとリンナ・ラハティ」
わたしとリンナ、そしてライラとヘルミがそれぞれ対戦することになった。
その組み合わせに、ライラが天を仰いで嘆くのが見えた。
わたしもライラと手合わせをしてやりたいと思っていた。そもそも今回の模擬戦はライラに誘われたから参加したのだ。
だが、こればかりは仕方がない。まさかオルガに教授を操作してもらう訳にもいかないだろう。ライラがうらめしそうな目でわたしとリンナを見比べた。
さて、わたしが対戦準備をしていると、ざわめきが起きた。先に闘技場に上がったリンナを見て、観客が反応している。
リンナがスクールカラーの紺色ではなく、銀色のローブを着て登場したためだ。言うまでもない。
遅れて闘技場に上がったわたしに、リンナが言った。
「アイカ、あなたは強い。ライラお嬢さまが目をかけるだけのことはある」
リンナが切長の目でわたしを見据える。彼女は長身で短髪なので、一見すると青年のようにも見える。
「それはどうも」
「あなたの素性は知らないが、只者でないことはよくわかった。だからこの勝負、手は抜かない」
「ええ、わたしも全力でいきます」
わたしは本心からそう言った。
リンナが片手剣を抜く。冷気が瞬時に剣を覆い、氷の剣と化した。
「では、その全力がどれほどのものか、見せてもらおう」
リンナがそう言って氷の剣を構えた。
わたしにはいくつかの選択肢があった。校内の模擬戦でわざわざ手の内をさらす必要はない。手を抜いてもよかったし、棄権をしてもよかった。
だが、リンナはあえて宮廷魔法師団の看板を背負ってまでも、わたしと真剣に戦う姿勢を示した。その気持ちに応えないのであれば、わざわざ魔法学校に入った意味はない。わたしは他人と関わるために、ここに来たのだから。
試合前のレオの言葉を思い返す。
相手の息の根をとめる覚悟はあるか——。そこまでの覚悟はないが、全力を出さずに負けるつもりはない。
リンナは強敵だ。
さすがは学生の身で宮廷魔法師団に名を連ねるだけのことはある。彼女の経験値はわたしよりもずっと高い。
リンナが片手剣を抜く。冷気が瞬時に剣を覆い、氷の剣と化した。
「では、その全力がどれほどのものか、見せてもらおう」
リンナがそう言って氷の剣を構えた。
こんな風に剣を構えられると、つい意識がそこに向く。それがリンナの駆け引きの巧さだ。
しかし、わたしは知っている。
リンナは3秒後に攻撃を仕掛けてくる。
剣ではない。雷撃だ。
雷撃は水属性の高等な魔法だ。誰もが使える技ではない。リンナは闘技場の足もとに、ひそかに水蒸気をたちこめさせている。剣にわたしの注意を向けながら、いきなり雷撃を放つのだ。わたしは雷撃を浴びて、強烈なダメージを受けることになる。
初見では防げない技だ。
そう、初見では。
だが、わたしにとっては初見ではない。
2回目だ。
1回目——。
わたしはリンナの雷撃を受けながらも、とっさに時間を巻き戻した。リンナが雷撃を放つ前に。
正直言って、ギリギリだった。
雷撃で意識を失う寸前に、かろうじて巻き戻しを発動できた。
わたしは闘技場に上がる前から魔力を練り上げていたのだ。そして息をとめてリンナの動きを見極めようとした。それが功を奏した。試合だからこそ、対応できたと言える。
何も準備をしていない状態で、例えば街中でふいに雷撃を受けていたら、巻き戻しは発動できなかっただろう。
巻き戻した後の2回目の世界で、わたしはリンナが雷撃を仕掛ける直前に加速した。
リンナの背後を取ると、後ろから羽交い締めにして、締め落とした。
リンナが崩れ落ちる。
すぐに回復術士が闘技場に上がってきた。
わたしはリンナが意識を取り戻したのを確認すると、闘技場を降りた。
観客席のレオを横目に見る。レオは先刻のような笑顔ではなく、真剣な表情でこちらを見ていた。
わたしはライラも見た。
ライラは青ざめていた。わたしの魔法を知るライラのことだ。おそらく気が付いたのだろう。いま目の前で何が起きたのかを。
観客の多くは、一瞬で試合が終わったことについて、呆気にとられた様子だった。そのうち拍手がまばらに起きた。
わたしが時間を巻き戻したことを、もしも観客が知ったら、「ずるい」と非難するだろうか。「こんなもの、勝負ではない」と、反発するだろうか。
でも、これがわたしの魔法だ。わたしが全力を出すとは、こういうことだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
座席に戻ったわたしは、その場に倒れこんだ。巻き戻しを発動したことで、魔力を使い切ってしまったのだ。
身動きができない。
「アイカ、大丈夫?」
キーラが心配そうにわたしをのぞきこむ。その声に返事をすることすら、できなかった。
キーラがわたしを抱き起こし、水筒の水を飲ませてくれた。
「まだまだだな」
もしも師匠がこの場にいたら、そう言って笑ったに違いない。
本当にその通りだ。わたしはまだまだ未熟だ。魔法を使うたびに倒れてしまっていては、実戦でとても役に立たない。これで時の魔女とは、片腹痛い。
とにかく魔力を回復しなければ。わたしは朦朧とする頭を振り、大きく深呼吸をした。
「オルガ」
わたしは小声で人形遣いを呼んだ。
「何だ?」
オルガは近くの席に座っていた。
「オルガ、お願い。魔力を少しちょうだい」
オルガは側に来ると、わたしの額に手を置いてささやく。
「時の魔女を満足させられるほどの魔力は、わたしにはないぞ」
オルガの手から魔力が流れこんできた。
「ありがとう。少しでも、助かる」
こればかりはキーラに頼むことははばかられた。キーラはわたしの魔法について何も知らないし、オルガに比べると魔力の容量がかなり小さいからだ。
何とか息を吹き返したわたしは、闘技場を見つめる。
ヘルミとライラの試合が始まろうとしていた。
歓声の中で、ヘルミとライラが向かい合う。
ヘルミは例によって袖なしのローブ姿で、両手に短剣を持っている。
対するライラは白いローブ姿で、威風堂々といった雰囲気だ。わたしはライラが左手に剣を持っていることに気づいた。今日の模擬戦で、ライラが武器を手にしたのはこれが初めてだ。
開始早々、距離を詰めようとしたヘルミが動きをとめた。
ライラの周りをキラキラとした粒子のようなものが覆っている。氷の粒だ。
おそらく、氷の表面が細かな針のようになっている。顔やむき出しの手足を傷つける効果があるに違いない。
ライラは氷の防御によって、超近接型の戦闘スタイルであるヘルミを容易に近づけさせない戦法だ。
火属性の魔法使いは火球を使って中長距離から攻撃することが多い。その分、近距離での攻防が不得手な場合がある。ヘルミが打ちまかした男子学生もそうだった。
ライラはちゃんと対策を考えていた。
いったん距離をとったヘルミに、ライラが火球を撃つ。
熱風が空気を切り裂いた。ライラの火球は威力も速さも他の学生とは段違いで、凄まじい。
ヘルミは右に左に動いて火球をよけるが、よけ続けるにも限度があるだろう。さて、どうするのか。
ヘルミの出した答えはシンプルだった。ヘルミは目を閉じると、真正面から再びライラに向かっていった。
ライラの氷の防御がヘルミを襲う。だが、ヘルミは両手の短剣を操り、構わず前へ進む。氷の粒がヘルミの両腕の肉を裂き、血が飛び散ってもヘルミの足は止まらない。
ヘルミがライラの懐に達する。
ライラが左手の剣を振るった。
まさにこのために、ライラが最後の砦として手にしていた剣だ。だが、ヘルミの短剣がそれを難なく受けとめ、宙に弾き飛ばした。
ヘルミがライラの喉元に短剣を突きつける。ライラが手を挙げて降参し、ヘルミの勝利が決まった。
「勝者、ヘルミ・ヴィルタネン」
教授の声が響いた。
ヘルミは頰やおでこや手足から血を流している。
信じられないことに、ヘルミは最後まで目を閉じていた。目を閉じたままライラの剣を防ぎ、ライラに短剣を突きつけたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます