第24話(冒険者たち⑤)13歳

 ヴィルマがわたしを見つめる。

 釈明を求めているのか。

 反撃を待っているのか。


 ヴィルマの氷の鞭に縛られた状態のまま、わたしは声を絞り出した。

「わたしは、イーダから力を受け取ったんだ。父と母とイーダの紋章を。無理矢理奪ったわけじゃない」


 ヴィルマは意外そうな表情をした。

「ふむ、紋章を移しただと? 前例がないわけではないが、にわかには信じ難いな。それに過去の調査官からは、そんな報告は聞いていない」

「調査官には、言っていない」

「なぜだ?」

「だって、魔法使いなら、自分の能力は他人にむやみに明かさない。魔力は祖先から受け継いだ財産だから」


 ヴィルマは一瞬、あっけに取られたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。

「ふふ、確かに、それが魔法使いのあり方だな。わたしでもそうするだろう。アイカ殿はまだ若いが、一人前の魔法使いという訳だ」


 ヴィルマが鞭をひねった。拘束を解いてくれるのかと思ったら、鞭はますます強く、わたしを縛り上げた。

「紋章による能力の移管か。相性のよい血族同士であれば万が一にも成功するかもしれない。だが、仮にそうだとしても、不可解なことが多すぎる」


 ヴィルマはなおも言う。

「何よりも、その有り得ない魔力だ。アイカ殿はどうやって魔力を磨いたのだ。魔法使いもいないこんな辺鄙な屋敷で」

「それは……」

「しかも四大属性持ちとはな。いくら紋章を受け継いだからといって、おいそれと制御できるはずがない」


 ヴィルマはふと周囲を見渡した。「いや、まさかな」とつぶやくと、再びわたしを見た。


「我々は魔法使いだ。だから、魔力と魔法で判断するしかない。アイカ殿が魔物じゃないとは言い切れない。憑依されている本人が気付いていない場合もある」

「じゃあ、どうしろっていうの」


「四肢を切るか」

 ヴィルマが言った。

 何でもないことのように。


「そこまで追い詰めれば、魔物が憑依していたら表に出るだろう。手足は後で元に戻す」


 そんなのまるで「魔女裁判」だ。

 はるかむかし、魔法使いが忌み嫌われていた時代。魔法を禁じていた国では、魔法使いかどうかを調べるため、火あぶりにしたり、水に沈めたりしたという。それと同じじゃないか。


 鞭の形状が変わった。わたしは両手両足を伸ばした姿勢で磔になった。激しくかぶりを振ったが、拘束のせいで悲鳴すら出ない。


「レオ、剣を使え」

「よし」


 かたわらにいたレオが即答した。場違いなほど快活な声と表情だ。


 レオが剣を鞘から抜く。


 いや、剣と呼ぶべきなのか。

 鋼の塊のようだ。


 魔剣、などではない。

 レオの剣は本当にただの鋼の塊だ。この男は鍛え上げた膂力で、誰よりも速く、誰よりも力強く、剣を振ることしか考えていない。技と呼べる要素は皆無だが、魔法がそれを支えている。


 レオの魔法は極めてシンプルだ。土属性によって、大地から身体強化を得る。彼が地に足をつけて戦うと効果が出るのだ。英雄譚に出てくる、陽光の下で午前中に力が増す騎士のように。


 わたしがさっき言った「手の内は明かさない」という姿勢は、魔法使いに特有の論理だ。同様に、「魔法で解決すれば問題ない」という乱暴なやり方も、魔法使いに特有の論理だった。


 レオが剣を構える。

「悪く思うなよ」


 嫌だ嫌だ嫌だ。

 わたしは激しく身をよじるが、氷の鞭に押さえつけられ、体がまったく動かない。


 レオの足元が震えた。大地がレオに共鳴している。

 レオが振りかぶった鋼の塊がうなりをあげて振り下ろされ、わたしの目の前でとまった。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


「まったく。聞く耳を持たない連中だな」


 アルマが言った。

 世界が動きを停止している。


「師匠!」


 わたしは拘束を解かれ、その場に座り込んだ。助かった。アルマが来てくれなければ、本当に手足を切られるところだった。背筋が寒くなる。


 アルマが苦笑する。

「まぁ、無茶な理屈に感じただろうが。魔法使いっていうのはこういうものだ。こいつらは骨の髄まで魔法使いなんだ」


 アルマがわたしを回復し、それから青い顔をしていたヨナスと執事のクラウスを屋敷に移した。


「さて、サーリネン辺境伯の若造どもか。いまのわたしにはなかなか厄介な相手だな」


 アルマが珍しく、全盛期の姿(といっても普段とあまり変わらないが)になると、メイスを手にして、時の流れを戻した。


 レオの剣が空を斬って地面にめり込む。レオとヴィルマが呆然としていたのは、ほんの刹那の瞬間だ。

 切りかえの素早さは歴戦の魔法使いの証だ。レオもヴィルマも、ただちに臨戦態勢をとった。


「なんだ、この小さいお姉ちゃんは」

 レオがいぶかしむ。

 一方のヴィルマは、突然笑い出した。

「あはは、面白い、面白いぞ。さっきから予期せぬことばかりだ。ここまで楽しませてくれるとはな」


 ヴィルマがアルマをにらみつける。

 そのヴィルマが二人に増えた。

 戯言ではない。ヴィルマが本当に二人に増えたのだ。


 二人のヴィルマが同時に喋った。

「思念体だからといって、魔法が効かぬ訳ではあるまい」


 次の瞬間、二人のヴィルマがアルマに向かって駆け出し、左右から同時に氷の矢を撃つ。


 アルマはそれを軽々と杖で防いだ。

 ヴィルマが続いて左右から氷の鞭を放った。二本の鞭を受けてアルマは捕らえられたかにみえたが、すんでのところでかわした。


 アルマがわたしをかばうように立ち、説明する。

「分身魔法だ。高位魔法使ハイランダーいがよく使う、難易度の高い技だな」


 レオがヴィルマに問うた。

「おいおい、ヴィルマ。どういうことだ?」

「ふふふ、わからんか、レオ」


 アルマが口を挟む。

「ヴィルマとやら。ずいぶん乱暴なご挨拶じゃないか」

「何を言うか。そちらこそ思念体のくせに。現世に介入するとは、ルール違反だろう」


 アルマが答える。

「お前たちの爺さんの辺境伯には、ずいぶん目をかけてやったのだがな。さっきから人の家の庭で騒ぎすぎだ」


 ヴィルマが分身を解除して構え直した。

「まさか、時の魔女が出てくるとはな。レオ、あれはアルマ・レインだ」

「はぁ? 冗談だろう」

「冗談じゃないさ。油断できる相手じゃない」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る